第201話 見学


 ☆★☆★☆★



 「どーもー。お邪魔しまーすー。『ルルイエ商会』ですがー」


 「………おう」


 「領主のクロエ様からの紹介で来ました。お忙しい所すみませんが、見学させて下さい。あ、こちらつまらないものですが」


 来やがったな。ちょっと前にクロエの嬢ちゃんから、知り合いに造船の風景を見せて欲しいとお願いがあった。


 この造船所はこの港で1番の技術力を持った工房だという自負がある。曾祖父さんの代から、必死に技術を継承、昇華させてきた。一子相伝の技術もあるし、そう簡単に部外者に見せるなんてのは言語道断だ。


 しかし、珍しくクロエの嬢ちゃんが珍しく切羽詰まった様子でお願いしてきたもんだから、その勢いに押されて思わず了承しちまった。


 あのクロエの嬢ちゃんが必死にお願いするもんだから、どんな奴が来るのかと思っていたが。


 来たのは最近この街に商会を構えた若ボンじゃねぇか。男か女か分からねぇような見た目。それにまだ成人もしてない子供も連れてやがる。


 後ろに連れてる人間は多少何かの物作りの経験はありそうだが、どう見ても素人だ。なんだって、こんな奴らを嬢ちゃんは紹介したんだ。


 「…………邪魔だけはすんなよ」


 「ええ、それはもちろん。基本的な造船光景を見せて頂ければそれで満足です。近寄ったらいけない場所なんかも予め教えて頂けると助かります。こんな立派な造船工房なのです。機密の技術の一つや二つあるでしょうし」


 そう言って、自分の名前が入った高級そうな紙を渡してきやがった。名刺というものらしい。自己紹介に便利ですよと商会で作ってるみたいだ。


 これは良いな。自分の商会のアピールになるし、貴族連中はこういうのが好きだろう。自分だけの名刺を作るのがステータスと考えるような連中だ。一度流行れば爆発的に人気になるだろうよ。


 どうやら商会長のレイモンドとやら、中々のやり手らしい。この名刺はうちの工房にも作って欲しいと思えるぐらいだ。


 それに土産として持って来られた魔道具。ただ風を起こすだけの魔道具かと思っていたが、ただの風じゃねぇ。冷たい風だ。どういう仕組みになってるかは分からねぇが、工房で働くのにこれほど心強い味方はねぇ。


 工房はとにかく暑いからな。これをいくつか配置するだけで、作業効率はぐんと上がるはずだ。レイモンドが持ってきた魔道具は一つだけ。気に入ったのなら、うちの商会で買っていけって事だろう。


 中々抜け目のねぇ奴だ。


 「はえー。すげぇな。この時代にここまで均一的な材料を揃えるのは並大抵の努力じゃないだろうに」


 「ある程度分業化されてるのが凄い。大体の職人は、弟子や見習いに雑用だけやらせて、根幹部分は親方がやるもの。でもここは、ほとんどの人間が同じように作れるようにシステム化されてる」


 「流石に機密部分は親方達が作るんだろうが…」


 「ここの工房の凄い所は同じような船を安定して作れるシステムを構築した上で、新しい技術を常に模索して、昇華していってるところ」


 「ふーむ。流石この港で1番の工房だな」


 『ルルイエ商会』の連中が各々見学を始めたもんだから、ここの責任者である俺は商会長であるレイモンドと、連れてる子供についてきた。


 他の奴らも色んな所を見てるが、驚くほどに礼儀正しい。職人達の邪魔をしないように、それでいて気になる事はしっかり聞いて、手に持ってる紙にメモしたりしてやがる。


 正直、乗り気じゃなかった今回の訪問。最初に適当に応対しちまったのは、悪い事をしたかもな。もしかしたらこいつらは、真剣に学びに来てたのかもしれん。


 「どう?」


 「大満足。もう色々な案が浮かんでる。早く帰って模型で試作品を作ってみたい」


 だが、俺が一番驚いたのは商会長のレイモンドが連れてる嬢ちゃんだ。最初はレイモンドが子供のわがままに付き合ってるだけかと思ってたんだが。


 この嬢ちゃんだけは見てるところが違う。軽く見ただけで、うちの工房の仕組みを理解しやがった。


 この仕組みはうちの親父が始めた事だ。なんでもかんでも親方がやってたら、いつまで経っても弟子は成長しねぇし、自分で船の研究する時間がとれねぇ。


 それで任せられるところは任せて、重要な部分だけ自分が手掛ける。この仕組みにしてから、うちの工房はこのディエルで有名になったんだ。


 それを軽く見ただけで見抜きやがるとは…。この嬢ちゃんは一体何者だ? もしかして見た目通りの年齢じゃねぇのか?


 エルフなんかはたまに背丈が成長しないまま成人を迎える奴もいると聞くが…。


 「親方さん。今日はありがとうございます。お陰でうちの者達の良い刺激になったそうです」


 「ああ。それは良いんだが…」


 一通り見て回った『ルルイエ商会』一行は、大満足の表情で工房見学を終えようとしていた。


 「こちら謝礼金になります。本日はお忙しいところ見学させて頂いてありがとうございました」


 そう言ってレイモンドが袋一杯に金貨が詰め込まれた袋を渡してくる。一日の見学料としてはあまりにも多すぎる額だ。


 まあ、金の事はいい。船は高いもんだからな。これぐらいの金を見る事は珍しい事じゃねぇ。


 それよりも。


 「どうだ? この後予定がねぇなら、事務所でお茶でも一杯飲んでいかねぇか? そっちの嬢ちゃんも、長い間むさ苦しいところにいて疲れてるだろう」


 もう少しこいつらと話をしてみたい。特にこの嬢ちゃん。もしかしたら、話を聞いて良い知見を得られるかもしれねぇ。


 俺は年甲斐もなく少しワクワクしていた。

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