第9章 侵食

第199話 会談


 ☆★☆★☆★



 「本日はお時間頂きありがとうございます。ディエル侯爵に神のご加護があらんことを」


 「ライラルト教会の大司教様からのお話となれば時間を作らない訳にはいきませんわ」


 ディエル領が実質『クトゥルフ』に取り込まれてから数日。クロエは特に変わらない日々を過ごしていた。


 変わった点があるとすれば、夜になれば転移装置を使って秘密基地に行き『ルルイエ商会』と情報交換をして連携を取っている事ぐらい。


 後は、食堂で食べられる目新しい料理に少し心を奪われたくらいだ。


 そんなこんなでいつも通り執務してると、要注意人物からのアポがあった。それがディエル領に滞在している、ライラルト教会の大司教である。


 レイモンドからの話を聞いた事で、教会への不信感はMAX。それに以前この領に来て挨拶に来た時から邪な視線を向けて来て、正直気持ち悪いと思っていたのだ。


 以前は何が神罰に該当するか分からなかったから、なるべくそういう思考にならないように気を付けていたが、話を聞いた今は違う。


 今の所レイモンド達より怖いもんはねぇとばかりに、表面上は笑顔で応対しつつ、心の中で大司教に罵詈雑言を浴びせながら、会談に臨んだ。


 少しばかり世間話をした後。


 「申し訳ありません。いつまでま大司教様とお話していたいのですが、少し執務が押してまして…。本題の方に入って頂いてもよろしいでしょうか? (訳:お前と一緒の空間に居るだけで身の毛がよだつ。さっさと本題を話して帰りやがれ豚野郎)」


 「おぉ! 申し訳ありませぬ。美人と話をしていると、つい時間を忘れてしまいますな」


 内心で呪詛を吐きまくってる事に気付きもしない大司教は、心底申し訳なさそうな表情をしているクロエにころっと騙されて本題に入る。


 「どうやら、世界中を旅して布教活動をしている聖職者がこのディエルの近くに来ているようでな。それがそれなりの地位の者で、お忍びでディエルに訪問したいと言っているのだ」


 「まぁ! そんな方が我が領に?」


 「うむ。しかしお忍びという事で歓待等は一切不要という事でな」


 「それは残念です…。ご挨拶だけでもダメでしょうか…?」


 「申し訳ないが、中々気難しい方々でな」


 「かしこまりました…。もし何か力になれる事があれば是非お声がけください」


 「うむ。ディエル侯爵の心遣いありがたく受け取っておこうぞ」


 本題が終わり、大司教はまだ名残惜しそうにしていたが、それから少しして帰って行った。


 クロエはすぐに部屋の窓を全開にして、換気じゃいとばかりに、風魔法で空気を入れ替える。


 「前も思ったけど、大司教の匂いって鼻に付くのよね。クスリの匂いが体に染み付いてるんでしょう。今は表立って裁けないのが腹立だしくて仕方ないわ」


 クロエは独り言をぶつぶつ呟いて、空気を入れ替えた後、執務室に戻って行く。


 「あら? 来てたのね」


 「お邪魔してまーす」


 執務ではエスピノーザとメイドが二人、そしてレイモンドとアリーナが紅茶を飲みながら談笑して待っていた。


 「教会の大司教を生で見れるチャンスを逃がす訳にはいかないよね。普段は教会に引きこもってるらしいし。欲の塊みたいな奴だったな」


 「あなたの予想通り、教会の人間が何人かやってくるそうよ」


 クロエもメイドに頼んで紅茶を入れてもらいつつ、先程の会談の内容を伝える。


 「『スティグマ』だろうなぁ」


 「でしょうね。私に会わせたくないのか、歓待も挨拶も不要って言われたわ」


 「そのうち、スラム付近で炊き出しでもさせてくれって言ってくるぞ。その隙にやって来た『スティグマ』は調査を開始するはずだ」


 「どうするの?」


 「どうするもこうするも。始末する予定だよ。勝てたらの話だけど。『スティグマ』が何人来るか分からないけど、戦力は削っておくに越した事はないからね」


 レイモンドはそう言って、紅茶をグイッと飲み干して席を立つ。アリーナも用意されたお茶菓子を口の中に詰め込んで席を立った。


 「もう帰るの?」


 「うん。大司教は見れたし、概ね予想通りの動きだったってのは分かったからね。それにこの後はクロエに紹介してもらった造船所を見に行く予定だから」


 「あんまり手荒な真似はしないでね」


 「人聞きの悪い事を言わないでくれい。俺ほど穏健な奴は他にいないぜ?」


 レイモンドは肩を竦めてやれやれと言いながら、ため息を吐く。中々に腹が立つ仕草だ。


 「拷問して脅して無理やり契約させたくせに良く言うわね」


 「記憶にございません」

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