第192話 実態


 「クロエはさ、スラムで何が起きてるか知ってる?」


 「スラムで…?」


 「そう。スラムで。これが今までで一番重要な質問だから。よーく考えて答える事だね。嘘はダメだけど」


 さて。色々聞きたい事はあるけど、本日の本題はこれだ。なんか勇者の事とか、魔法の事とか、知ってそうだったけど、まずはこれ。


 これの返答次第ではクロエの今後の『クトゥルフ』での扱いが決まる。


 「知ってるも、何もほぼ治外法権よ…。あそこだけはどうしようもないのよ。私が領主に就任する前から、それこそお爺様の代にもあったし…。これでも私の代で少しは縮小したのよ?」


 「ふむ?」


 ほんとに疲れたという風な様子でため息を吐いてるクロエ。昔はもっとスラムが広かったらしい。少し縮小しただけでも褒めて欲しいぐらいみたいだ。そんな愚痴を聞いてると。


 「それに…いや、ちょっと待って。あなた達はライラルト教会の事はどう思ってるの?」


 「クズ」


 「ちょっと!」


 まさかクロエから教会の事を聞いてくるとは思わなかった。条件反射で貶す言葉が出てしまっても仕方ないよね。俺の中ではクズという言葉でも生易しいくらいだ。


 何故かクロエが焦ってキョロキョロしてるけど。


 「防音の魔道具を使ってるから、外に声は聞こえないぞ?」


 「そういう問題じゃないわ! 神に魔道具なんて意味ないでしょ!! 神罰が下ったらどうするの!」


 「お、おう…」


 凄い剣幕で怒られてしまった。どうやらクロエは本気で神罰を信じてるらしい。情報を知ってる身からすると笑っちゃうけど。


 「私の親友がね…。神罰で消されたのよ。常々教会に不信感を抱いてる子だったわ。でもある日、屋敷ごと消滅したのよ。何か教会のルールに抵触したんでしょうね…」


 「ふむ」


 落ち着いたクロエになんでそんなに神罰を恐れているのかを教えてもらう。親友を消されて、本気で神罰を信じてるらしい。


 「で、私の代になって、スラムを少しずつ縮小してたのよ。でもある日、教会が横槍を入れてきてね。手を出し辛くなっちゃったの。一応スラムの組織の一つ『海蛇』から情報をもらってるけど、四つの組織が鎬を削ってる事ぐらいしか、今は知らないわ」


 「なんで教会が横槍を?」


 「知らないわよ。まあ、弱者を救済して信者を集めるのがあそこの仕事だからね。領主側がスラムで炊き出しなんてやられるのは、信者を集めるのに邪魔なんじゃないかしら?」


 「ふむふむ」


 「まあ、教会の聖職者が真面目に神に仕えてるとは思わないし、弱者救済なんてやってるとは思わないけどね。あんな下品な神殿を領主に建てさせて、肥え太った聖職者共は贅沢三昧。罰してやりたいけど、向こうは神罰に守られてるの。どうしようもないわ」


 「ほほー」


 「ねぇ、ちゃんと聞いてる?」


 「もちろん」


 「だから、教会を馬鹿にするような事は言ってはいけないの。何が神の怒りに触れて神罰を落とされるか分からないんだから」


 「さっき肥え太った聖職者とか言ってたじゃん」


 「それはそれ、これはこれよ」


 まあ、話を統括するとクロエは教会にビビってるって事か。神を本気で信じてる世界なら、神罰も恐れるもんなのかな。


 俺が神罰って聞いたら、まず最初にマッチポンプを疑ったけどね。まあ、疑うだけで確証がなかったから手を出してなかったから、大きい事は言えないね。


 「まあ、神罰は気にしなくて良いよ」


 「は?」


 もうこっちは神罰の事は知ってるし、恐れる必要はない。まだ『スティグマ』とやらを見た事がないから、対処出来るかは分からないけど、人が襲ってくるのはやりようはいくらでもある。


 スラムの縮小に教会が横槍を入れたのは『聖域』がやってる実験を邪魔されたくなかったからだろう。『スティグマ』を低コストで作ってる非人道的な実験を見られたら、領主は介入せざるを得ない。


 そこから教会の事が芋蔓式にバレちゃうかもしれないからねぇ。拷問で簡単に情報を吐いちゃうくらいだから。


 「教会の秘密部隊『スティグマ』ってのが、教会に邪魔な奴を消してる。それが神罰の正体だ」


 「は? え…? どういう事?」


 「だから、神罰は神様がドーンってやってるんじゃなくて、教会の肥え太った聖職者の指示で、人間……まあ、人間がやってるんだ」


 あれを人間って言うのは、ちょっと無理があるけど。人間と魔物のキメラだよね。裏社会を牛耳ってイキろうとしてる俺より、よっぽど外道な奴らである。


 「な、なんでそんな事を知ってるの?」


 「ここのスラムに『聖域』って名前の教会の裏組織みたいなのがある。そいつらに情報を聞いた」


 「教会の裏組織?」


 「『海蛇』から情報を聞いてるんじゃないの?」


 「そんなの聞いてないわ」


 ふむん。『海蛇』が情報を渡してないだけか、教会が関与してるのを知らないだけか。『聖域』の名前で教会が関わってそうなのは分かりそうなもんだけど。


 クロエは情報が信じられなくて、少し呆然としてるな。エスピノーザは空気だ。全然話に参加してこない。


 一応話を聞いて一喜一憂はしてるけどね。出来そうな見た目に反して脳筋な奴なのかもしれんな。

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