第156話 処遇


 ☆★☆★☆★



 「姉御!」


 「? どうしました?」


 レイモンド様が留守にしてる間に秘密基地を任されたので、いつものように執務室で書類作業をこなしてると、情報部の人間が慌ててやってきました。


 それにしても姉御と呼ばれるのは未だに慣れませんね。ずっとそう呼ばれ続けても違和感があります。アンジェリカの事をそう呼ぶ人もいますし、変えてくれないでしょうか?


 まあ、それはさておき、今はこっちです。

 どうやら、ボスが急に大量の人を寄越したとの事。しかもまだ契約もしていないとか。


 「転送箱での連絡もなしですか」


 「はい。ボスはどうやら先を急ぐとの事で。夜に鑑定しに戻ってくるようです」


 「分かりました。向かいましょう」


 そんなに急ぐ旅でもないでしょうに。

 レイモンド様はせっかちですね。まあ、早く港街に行きたいとずっと仰ってたので、少しでも先に進みたい気持ちは分かりますが。


 「これは…」


 「立ってるのも辛い奴がいるらしいです」


 運ばれてきた場所に向かうと、生きてるのが不思議なくらいの集団がいました。子供はまだなんとかなってますが、大人はまずいですね。スラムで残飯漁りをしてる者達の方がまだマシなのではないでしょうか?


 大人の中にはその場にへたり込んでる者もちらほら見受けられます。


 「食堂で流動食を用意してもらって来て下さい」


 「了解です」


 餓死寸前なのでしょう。とにかく何かを食べさせねばなりません。しかし、いきなり固形物を食べさせるのは良くないと、レイモンド様は言ってた事があります。胃に優しい食べ物の方が良いですね。


 どこかの街のスラムの住人でしょうか? ここまで酷いのはまだ見たことがありません。


 正直これだけ衰弱していて内輪揉めをしてないのが不思議で仕方ありませんね。これだけ極限状態に追い込まれているのに、見る限りでは皆の結束は固そうです。


 飢えは人を狂わせます。

 私はそこまで苦しんだ事はありませんが、ペテス領のスラムでもそういう光景は見かけました。


 「代表者はいますか?」


 「お、俺が一番話してました」


 私が声を掛けると、おずおずと一人の男が前に出てきました。他の者よりはマシに見えますが、この男もギリギリの様子。


 「ボスに…。ここに連れて来られた男性に何か言われましたか?」


 「お前達を誘拐するって言われまして…。荷物をまとめてここに運ばれまして…」


 軽く話を聞くと、どうやらレイモンド様達の馬車に襲いかかって、返り討ちにされたみたいですね。そこから事情を聞いて、村の全員をここに連れて来たと。


 「教会ですか…」


 面倒なところが噛んでますね。

 レイモンド様も現状は極力関わらないようにしてた勢力になります。エルフの私からすると神罰なんて眉唾物ですが、仕組みがはっきりしていない以上は手を出すべきではない。


 そう決めて軽い情報収集だけにしておいたはずです。


 「まあ、見捨てられなかったという事でしょうか」


 それでもボスが手を出したという事は、そういう事でしょう。教会が粉をかけてる場所を横から攫ってどうなるか、今の所分かりませんが。


 この者達を見たらレイモンド様が見捨てられないのは分かります。孤児0を本気で目指してる人ですからね。この者達は孤児ではありませんし、大人もたくさんいますが似たようなものでしょう。


 甘い面も苛烈な面もあります。時には目的の為に一般人に被害を出した事もあります。

 レイモンド様がやってる事は側から見れば偽善でしょうし、理解出来ない人もいるでしょう。


 そんなところが良いんですが。


 「姉御。とりあえず準備出来ました」


 「ありがとうございます。では、皆を食堂に案内しましょう。まだまだ聞きたい事はありますが、とにかく食べてからです」


 「め、飯を頂けるんですか!?」


 男から話を聞いてるうちに、流動食の用意が出来たようです。話の途中ではありますが、先に食べさせた方がいいでしょう。


 男や、他の皆も食事を用意したと言ったら驚いています。レイモンド様は本当に何も説明せずにこちらへ寄越したのですね。


 「私達の主人はあなた達を保護すると決めたようです」


 「俺達は襲っちまったってのに…。まさかそんな…」


 「恩を感じるならこれからしっかりと働いてください。そんな貧相な体では話になりませんよ。まずはしっかり食べて、元の体調に戻す事からですね」


 「あ、ありがとうございます!」


 皆は泣いて喜んでますね。

 これならレイモンド様の事も簡単には裏切らないでしょう。もちろん、後で契約を交わしますが、気持ちの面はどうしようもありませんからね。


 レイモンド様も狙った訳じゃないでしょうが、忠実な従業員を手に入れました。

 まだまだ人手不足ではありますが、これで幾分か解消されるでしょう。教育を済ますまでは手間がかかりますけどね。


 「姉御。あいつらの寝床も用意しておきますね」


 「ええ。お願いします。私はあの者達が落ち着いたら契約をして回ります」


 人員名簿にも書き留めておきたいところですが、それはボスが帰って来て鑑定してからの方が良いでしょう。


 それにしても150人を契約して回るのは苦労しますね。レイモンド様と私しか闇属性を操れないので仕方のないことではありますが。

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