閑話 酒飲み会


 「この炭酸ってのは凄いっすね」


 「ああ。酒の美味しさが何倍にもなる」


 アハムと一緒に久々に秘密基地に帰って来た。デッカー領のスラムがようやく落ち着いたからな。スラムだけでも利益が出るように整えるのは苦労した。


 宿、食堂、酒場、娼館。

 『クトゥルフ』からも幾人か人を入れて、やっと安定して利益が出るようになったのだ。


 だが、ここでの経験は役に立つ。

 スラムといっても大体はどこも一緒だ。

 稼ぎ方を知らない奴らの集まり。幼い頃から親や保護者に捨てられて、仕方なくゴロツキをやってるような奴らの集まりなのだ。


 ペテス領でレーヴァンとして活動してる時もそうだった。あの時から、ボスの知恵が加わって更に効率的に吸収、職の斡旋が出来るようになっている。


 同じような流れを他領でもやれば良い。

 今は人が育ってないから手を出せてないが、それも時間の問題だ。


 中には何故スラムで燻ってるのか分からないような実力者もいるかもしれない。俺やアハム、チャールズで相手出来ないような奴なら、ボスや姉御、ローザの嬢ちゃんに出張ってもらえば良い。


 「この蒸留酒か? 酒精がキツいが、酒好きにはたまらないだろうな」


 「俺はストレートで飲まずに炭酸って割るのが好みっすね」


 まあ、デッカー領の事はさておきだ。

 ボスからは褒美としてお酒をもらった。


 まだ量産には至ってないみたいだが、これが量産出来たら間違いなく売れるだろう。

 貴族なんかは間違いなく放っておかないはず。


 「これはエールとは少し違うな?」


 「ビールって言うらしいっすよ。ボスは酵母が違うとか言ってたっすけど、俺には詳しい事は分かんないっす」


 「まあ、美味けりゃなんでも良い」


 「でもこれが美味しいのは冷えてるからじゃないっすか? エリザベスちゃんが冷蔵の魔道具を作ってくれたお陰っすね。金持ち連中は魔法使いを使って、食材の保存とかしてるらしいっすけど、この魔道具があればそんな面倒はいらないっす」


 「違いない」


 酒を冷やすとこんなに美味くなるとは思いもしなかった。まず冷やすという発想がなかったな。『クトゥルフ』には魔法を使える奴が当たり前のようにいるが、普通は貴族と一部の上澄み冒険者しか使えないのだ。


 こんな贅沢はエリザベスの魔道具があってこそだな。


 「や、やっと抜け出せたぞ…」


 その後もアハムと酒を飲み交わしてると、ぐったりとしたチャールズがやってきた。

 帰ってきて早々ローザに捕まってたからな。


 「お疲れ様っす」


 「マーヴィン! 俺を犠牲にして逃げやがったな!」


 「ああ。帰って来たらローザに捕まるのは分かってたからな」


 俺は笑いながら怒っているチャールズにグラスを渡して酒を注いでやる。

 俺は帰ってきて早々チャールズを盾にして逃げたからな。ここは労わってやらないといけない。


 「どうだったんだ?」


 「ダメだダメだ。いつの間にかローザもレベル300に到達していたらしい。全く歯が立たなかったぜ。ローザには鍛錬が足りないんじゃないかって、強制的に訓練させられたぜ」


 以前なら何回かやれば一本取れていたのだが、全く勝てなくなっていたらしい。

 流石にレベルが100以上離れたらキツいか。


 「レベル差はどうしようもないっすよね」


 「ああ。もう技術でどうこうなる次元の話じゃない。それに技術の方もローザはメキメキ伸びてきてるしな。美味っ! この酒美味っ!!」


 とうとう技術でどうにもならない領域まできたって事か。ボス達はレベル上限をなんとかする方法を探してくれてるらしいが、今のままじゃもう勝てないってこったな。


 「あ、そうだ。食堂からつまみをもらってきたんだ。酒にも合うだろうってボスが言ってたぜ」


 「なんだこれは?」


 「大豆っすか?」


 家畜の餌と呼ばれていた大豆。こっちでは呼び方が違うが、ボスが大豆大豆と言っているからいつしか定着した。


 「枝豆らしい。大豆を早めに収穫したとか云々言ってたな。それを茹でて塩をかけるだけでつまみにはピッタリらしい」


 ふむ。確かにピッタリだ。

 特にビールと良く合う。ボスの前世知識はすげぇな。次から次へと新しいモノが出てくる。失敗も結構あるらしいが、これを酒場で出すだけで一儲けできるだろう。


 「いやー! 訓練は辛かったが、この酒があるなら全然良いな!」


 チャールズは嬉しそうに酒をガブガブ飲んでいる。間違いなく明日は二日酔いになるだろうが、当分は休みの予定だ。今日くらい潰れても構わないだろう。


 「あ、明日はマーヴィンの番だぞ。ローザにちゃんと言っておいたからな」


 「なんだと?」


 俺も今日は飲むかと新しくグラスに酒を注いでいると、チャールズが聞き捨てならない事を言った。


 「当たり前だろ。俺を犠牲にしたんだ。明日はしっかり絞られてこい」


 「てめぇ!」


 なんて事だ。

 明日に訓練の予定なんて入れられたら、今日は潰れられねぇじゃねぇか。

 これがチャールズを盾にした報いとでも言うのか。


 「大変っすねぇ」


 アハムは良いよな。

 情報部の人間って事で、ローザの訓練からのらりくらりと避けてるんだ。

 俺も職業は将軍なんだが。そこまで戦いに特化してるって訳じゃないんだぞ?


 はぁ。仕方ねぇ。

 腹を括るしかねぇか。

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