第139話 サラの旅立ち


 ☆★☆★☆★


 「では出発します」


 御者さんの合図で馬車が出発する。

 立派な城壁を抜けて、ペテス領がどんどん離れていく。


 まさかこんなにすぐに帝国を出て他国に行くなんて思いもしなかった。

 でも、仕方なかった。帝国内ならアーサーが追いかけてくるかもしれない。でも少しお高めの隣国行きの馬車なら、アーサーもそんなすぐには追いかけてこれないはず。


 本当はもう村に帰ろうと思ってたんだけどね。どうしてもアーサーの顔を見たくなくて。実家なら歩いても行ける距離だし、アーサーが帰ってくるかもしれない。


 だからやっぱり仕方なかったんだ。

 どうしてアーサーはあんな変わっちゃったんだろう。





 アーサーと私は同じ村で育った。

 アーサーの両親が流行り病で亡くなってからは仲の良かった私の両親がアーサーを引き取って、仲良く暮らしていたと思う。


 けど、ある時アーサーが高熱で倒れた。

 3日ぐらい目が覚めなくて、小さな村の中で少しパニックになったくらいだ。


 村には子供が私とアーサーしか居なくて、とても可愛がってもらっていた。

 それだけにアーサーが目覚めなくてみんなで心配して、あまりないお金を出し合って、薬を買いに行くかどうか悩んでた。


 悩んでる間にアーサーはあっさり目覚めた。その後もなんともなかったみたいに、元気な姿を見せて村のみんなは安心していた。


 私もあの時は本当に安心した。小さい頃からずっと一緒で、アーサーが居なくなるなんて考えられない。あの時はそう思ってたんだ。



 アーサーは体調が治ってから、冒険者になる為に自警団の人に剣を習い始めた。

 前までも将来はそんな事が出来たら良いなとは言っていんだけど、その急な変化に少し驚いた。でも、私も一緒にやらないかと誘ってくれたのは嬉しかったから、一緒に訓練をした。


 何故か私に斧を勧めてきたけど。

 私もアーサーと同じで剣が良かったとあの時は思ってた。でも今では斧がしっくりきてるし、手放そうとは思わない。



 アーサーに違和感を持ち始めたのは15歳になる前ぐらいだった。

 何か上の空で考えてる事が多くなって、その時は決まって気持ち悪い顔をしている。


 アーサーはかなり整ってる容姿をしてると思う。それは村を出て街に来てからも思ってた。でも、どうしてもあの鼻を膨らませてる顔は受け入れられない。何度か注意したけど、結局最後まで治る事は無かった。


 そして私の事を露骨にいやらしい目で見るようにもなった。最初はそういう風に見てくれて嬉しいなんて思ってたんだけど、すぐに冷めてしまった。


 一度違和感を持ち始めると、なんでもアーサーを疑った目で見るようになって。

 大好きだったあの笑顔も、最後は見るだけで嫌な気持ちになるほどだった。


 村を出る前に急に森を探索し始めた時も、村長の体調が悪いと薬草を探してるって言ってたけど、それは嘘だって分かってた。

 あの人は筋肉ムキムキでずっと元気だったから。


 それでも何も言わなかったのは、いつかちゃんと理由を説明してくれると思ってたから。どうしても森に行かないといけない理由があるんじゃないかと思ってたから。


 結局何も言ってくれなかったけどね。

 私があの時ちゃんと聞いてたら、何か変わったのかな。



 成人して村のみんなに見送られつつ、向かったのは帝国のペテス領。近い事もあって、あそこの噂は小さな村にも届いている。

 ペテス領の近くにある森の奥は一流冒険者でも簡単に勝てない魔物がいっぱいいるって。


 私は何度も帝国に行こうってアーサーを説得しようとした。でも結局押し切られてペテス領に向かった。向かってしまったのだ。


 ペテス領に着いた時のアーサーの顔は今でも覚えている。何か絶望したような、それでいて予想外の事が起こったような。

 とにかく悲壮感が漂う顔で、何か予定が狂ったように焦っていた。


 初めて来る街だったはずなのにね。

 アーサーはどこかペテスの街を知ってる風に歩いて冒険者ギルドに向かって、冒険者登録をした。


 宿を相部屋で取ろうとしてる時はびっくりしたな。前までのアーサーなら全然了承したんだけど。あの時はいやらしい視線の件もあって身の危険を感じた。今でもあの選択は正解だと思ってる。


 冒険者として活動をし始めててからは苦労の連続だった。森の浅い所はなんとか倒せる魔物ばかりだけど、いつ勝てない魔物が襲ってくるか分からないから神経を擦り減らす日々。


 村で訓練してなかったらもっと悲惨だっただろう。アーサーはへっぴり腰で、全然戦えないし、解体だって何度も嘔吐して、結局まともに出来た事はなかった。


 今考えると私は我慢した方じゃないかな?

 同じ村で一緒に育ったし、どうしても昔のアーサーを忘れられなくて。

 いつか前みたいに戻ってくれるんじゃないか。心のどこかでそう思ってたのかもしれない。


 「はぁ」


 「どしたい嬢ちゃん。元気ねぇな」


 「あ、すみません」


 これまでの事を考えていると、思わずため息が出て、隣に座っていた顔が怖い冒険者のお兄さんに少し心配されてしまった。


 なんでもないですと謝りつつ、また憂鬱な気持ちになりながら考える。



 とにかく、私は我慢した方だと思う。

 でも、その我慢には限界がある。

 あの件で私は決意した。アーサーから離れると。


 どれだけ馬鹿でも、アーサーがあんなに人の事を考えないなんて思いもしなかった。

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