第137話 情報不足


 「ボス。例の二人を見張ってた者からの報告です」


 「んあ?」


 訓練場でミスリルの棒を振り回しながら訓練してると、カタリーナが何故か焦った様子でやって来た。例の二人とは、勇者君と幼馴染ちゃんだ。実際幼馴染か知らないけど。


 もしかしてあの二人が死んじゃったとか? 死にそうなら、出来る範囲で助けてとは言っておいたんだけど。


 「女の方が男を置いて街から出ようとしてるみたいです」


 「はい?」


 一体全体どういうことだってばよ。

 仲睦まじくやってたんじゃないの? 報告ではあんまり会話がないって聞いてたけども。お互い照れ屋さんなのかなと思ってたけど、そうじゃなかったとか?


 それとも勇者特有のラッキースケベでもあったか? それでちょっと痴話喧嘩をしちゃったとか。あれは勇者ならやっても許されると思ってたけど。


 実際それを現実の一般人がやったら、捕まりますからね。なんで勇者がやると大抵許されるんだろ。やはり顔か。イケメン死すべし。慈悲はない。


 まあ、俺の的外れな予想はさておいて。


 「何があったの?」


 「分かりません。まだ同じ宿に泊まってはいますが、女の方、サラでしたか? サラが乗り合い馬車を一人分予約したそうで」


 ふむ。どういうこっちゃ。

 そこまでやるって事はガチだろう。

 勇者君の気を引きたくて、かまってちゃんがよくやる行動ではなさそうだ。後から、『なんで追いかけてこないのよ!』って理不尽にキレるやつね。


 今回のサラはちゃんと計画的に離れようとしてらっしゃる。


 「うむ。どうしようかね。俺はてっきり無条件に主人公にベタ惚れする系幼馴染チョロインだと思ってたんだけど、そうじゃなかったってことか?」


 「どうでしょう。惚れてはいたものの、それを凌駕するほどの許せない事があったとか」


 「なるほど。一体何をやらかしたんだ。チョロインが許せないって相当だぞ」


 「まだサラがチョロいのかは確定してませんが」


 「確かに」


 すまんな。俺の知識では幼馴染はツンデレかチョロインって相場は決まってるんだ。

 もしくは合体したツンデレチョロイン。あ、ヤンデレってパターンもあるか。


 「どうなさいますか? もし、恋愛関係でないならボスの言っていた、寝取りやら寝取られとやらではないと思いますが。確保も容易でしょう」


 「うーん」


 どうだろうね。まだ情報が少ないからなんとも。勿論せっかく見つけた恩恵持ちだから確保したいって気持ちはある。


 でもなぁ。

 一旦距離を置いてから、時間が経って再会するとまたってパターンがあるじゃない?

 元カレ元カノに惹かれるみたいなやつ。


 サラを確保して『クトゥルフ』の人員にしました。何かの拍子に勇者君と再会しました。トゥンク。


 これをやられるのは嫌なんだよね。寝取られみたいなもんでしょ。AVでよく見た。

 契約で俺に逆らえないように、裏切れないはしてるけど、気持ちまではどうしようもないからね。だから、なるべく高待遇で働きやすい職場にしようと思ってるんだ。やってる事に薄暗い事はあるけどさ。


 いや、サラを『クトゥルフ』の構成員にしてもそういう関係になる気はないけども。

 一回身内に入れた人間を取られるってのは、嫌でやんす。恩恵持ちなら少なからず関わる機会は多いだろうし、愛着だって湧くだろう。


 「なんとかしてもう少し情報が欲しいなぁ」


 「接触させますか?」


 そうねぇ。先輩冒険者みたいなムーブで近付くのが一番良いんだろうけど。

 残念ながらペテス領にまだ冒険者は置いてないので、昔からいたベテラン冒険者みたいな立ち位置を用意出来ない。


 「アンジェリカが早めに商会を用意した方が良いと言っていたのはこの事では?」


 「あーなるほど」


 早めに用意すれば、サラが出て行く前に確保出来るよって事? そういう事なんだったら、確保するのが正解な気がするなぁ。


 「仮にサラが勇者君に愛想を尽かしたとして。原因は俺達じゃない? あの衛兵に連れて行かれた馬鹿みたいな行動のせいで、愛想を尽かしたとか」


 それが原因なら俺達が商会を出店したせいになるよね。いや、悪気があってやった訳じゃないからあれだけど。狙ってないけど、一種のマッチポンプみたいじゃない? 


 「それならわざわざ衛兵に頭を下げて減刑をお願いしないでしょう」


 「なるほど」


 じゃあ俺達のせいじゃないね。

 あの牢に放り込まれて、釈放されてから何かあったんだ。そういう事にしよう。


 「なら、とりあえず確保するか。で、事情を聞いてみよう」


 「どこで確保しますか? 既に乗り合い馬車は予約してるので街から出た後にしますか?」


 「うん? 追跡出来るの?」


 「はい。尾行していた者が念の為サラと同じ乗り合い馬車を予約しています」


 優秀かよ。しっかり人材が育ってるようでなによりです。その方が良いかな? 街で急に消えたってなったら、勇者君が何するか分からん。でも乗り合い馬車に乗ったって分かれば、自らの意思で出て行ったって理解するだろう、多分。追いかけてくるかもしれんが。


 「しかし意味が無かったかもしれませんね。予約してから気付いたそうですが、目的地はフレリア王国デッカー領です」


 「あ、そうなの?」


 最近、ペテス・デッカー間で馬車が結構出てるとは思ってたけど。多分盗賊被害が無くなったから気軽に行けるようになったんだと思われ。俺に感謝しろ。


 てっきり帝国方面に行くのかと。

 勇者君達はどこから来たのか知らないけど、出来るだけ離れたいって事だったのかな?


 「じゃあデッカー領まで来てもらうか。尾行してた奴も万が一の護衛として一緒に行ってもらおう。出来れば仲良くなってくれるとなお良しって事で」


 「かしこまりました。早速手配しておきます」


 それにしても、本当に勇者君は何をやらかしたんだろうね。

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