A-5話 書き置き


 アーサーとサラは地道に冒険者活動をして、ようやくペテス領から出ていく為の貯金が出来始めていた。


 この調子なら後一ヶ月程で、目標額が貯まるとサラは上機嫌。ここ最近ずっと不機嫌そうだったので、アーサーはホッと一息をついた。


 (サラの好感度が下がってる気がする。無理を言ってペテス領に来たのは失敗だったな。なるべく早くお金を貯めないと)


 アーサーはここでようやく、サラの好感度がよろしくない事に気が付いた。実は村を出る前から下がり続けていたのだが、それはアーサーには気付かない。


 (くそぅ。勇者の職業は魔王相手にしか役に立たないし、恩恵の限界突破だって自分のHPが三割以下にならないと発動しない。HP三割以下ってなんだよ。ステータスが見れないんなら分かる訳ないじゃん)


 勇者の職業は魔王特攻。

 恩恵の限界突破はHPが三割以下になると、全パラメーターが一つ上昇するというもの。

 平常時には全く役に立たない代物であり、いつもの冒険者の依頼はサラに頼りきりになっていた。


 勿論、アーサーも徐々に成長してきてはいるが、それでもサラには負ける。サラの恩恵は戦闘向きな事もあり、いつも魔物討伐数でらサラの方が上だった。


 (せめてステータスさえ見れればな。自分のレベルや能力値を把握出来ないのがこんなに辛いとは。体感でしか成長を実感出来ない)


 アーサーはステータスが見れないせいで、ゲーム時代にはなかったもう一つの恩恵、超成長には気付かない。


 これはレベルと能力値の上昇がかなり早くなるというシンプルな恩恵で、もし気付けていればもっと積極的に魔物を討伐していただろう。


 しかし、アーサーはゲーム時代の知識が邪魔をして、平常時は他の恩恵持ちには勝てないと思っていることで、死の危険を恐れて安全に安全に魔物を討伐している。


 もし、もう少し努力をしようと思って積極的に魔物を倒していれば、アーサーも自分の成長の早さに気付けたかもしれない。


 しかし現状では残念ながら、将来性はあるが現時点ではそこいらの新人冒険者と何も変わらなかった。





 その商会がオープンしたのは突然だった。

 冒険者ギルドの近くで工事しているなと思ったら、あっという間に改装が終わって開店した。


 『ルルイエ商会』

 アーサーは最初、この名前を見てもなんとも思わなかった。残念ながらアーサーはクトゥルフ神話を知らなかったのだ。


 そしてアーサーがこの商会が転生者が作った商会と気付いたのは、ギルドに居たベテランの冒険者がポイントカードの話をしてたからだ。


 そして最近ペテス領でも流行り出している、リバーシもその商会が売ってるときた。

 アーサーは居ても立っても居られなくなり、ギルドで査定待ちをしていたサラを置いて、『ルルイエ商会』に飛び込んで行った。



 店員に商会長に会わせて欲しいとお願いしたものの、隣国に居ると言われて会う事は出来なかった。


 それでも我慢が出来ず、伝言を伝えて欲しいとお願いしたのだが、全く取り合ってもらえず、営業妨害として衛兵に連れて行かれてしまった。


 「とりあえず今日一日は牢の中だ。期限内に罰金を払えなければ、強制労働だからな。あのお嬢さんに感謝しろよ。本当ならこんな軽い罰じゃないんだからな」


 衛兵にそう言われて、アーサーは地下のカビ臭い牢の中に放り込まれる。どうやらサラが頼み込んでくれたらしく、一日牢の中と罰金で済んだらしい。


 そこでアーサーは実はそこまでサラの好感度が下がってないと勘違いした。救いようのない馬鹿である。


 それはさておき。


 (くそっ! 何が営業妨害だ! ちょっとお願い事をしてただけじゃないか! 融通が効かないな!)


 アーサーは内心で悪態を吐きながら、地面に座り込む。興奮して周りが見えてなかったが、実際かなりの営業妨害だった。サラが頭を下げに来なかったら、もっとひどい罰もありえたのだが。


 「金貨一枚!?」


 一夜明けて、釈放された後に聞かされた罰金額に思わず大声をあげる。


 金貨一枚。日本円にして10万円。

 それはアーサーのほぼ全財産だった。ようやくここまで貯めたのだが、それを全て放出する事になる。


 しかしここで払わなければ強制労働。

 アーサーは渋々罰金を払って宿に戻った。

 

 「また一から貯め直しだよ」


 「それよりも私に何か言う事はないの?」


 宿に戻ってサラにお金が罰金でほとんどなくなった事を伝えた。サラが物凄い顔で睨んでくるので、アーサーは首を傾げる。


 罰金で無くなったのはあくまでもアーサーのお金で、サラのお金は無事だ。

 ここまで睨まれる意味が分からなかった。


 「そう。なら良いわ。依頼に行くわよ」


 「え? 牢の中でほとんど寝れなかったから、今日は休みたいんだけど…」


 「宿代を稼がないといけないでしょうが!!」


 サラに怒鳴られてアーサーは渋々準備する。結局サラが不機嫌な理由は分からなかった。



 そして牢に放り込まれてから二週間後。


 『同じ村の誼で今まで我慢してたけど、もう限界。私はあなたとはやっていけない。お金が貯まったから、ペテス領を離れます。さようなら』


 書き置きを残してサラが姿を消した。

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