第1話 空腹
「お腹空いた」
俺は何処にでもいるスラムのガキだ。
まだ12歳と成人もしておらず、15歳の成人からなれる冒険者という職に就くことも出来ない。
俺が7歳の頃、俺を産んだ母親が亡くなった。
母親は娼婦の仕事をしていたらしく、客との間に出来た子が俺みたいだった。
父親が誰かは分からない。俺も興味はない。食べさせてくれるか、そうでないか。それだけだ。
その点、母親はお世辞にも良き母とは言えなかったがご飯は毎日一食は出してくれた。
満腹にはならなかったが、それでもご飯を食べれるだけ幸せだと気付いたのは、流行病で母親が亡くなってからだった。
「お腹すいた」
母が亡くなってからというもの、俺はあっという間に住んでいた場所を追い出され、流れるようにスラムに居着いた。
俺と同じように親のいない子供もたくさんいた。
そして、幼い奴からどんどん死んでいく。
最初の頃は仲良くしてた奴が死んで悲しんだものだが、人間ってのは慣れる生き物だ。
感覚が麻痺してきたのか、もう知り合いが死んでもなんとも思わなくなってしまった。
それよりも自分の事で精一杯だからだ。今日生きれても、明日には死んでるかもしれない。
そんなギリギリの生活が何年も続いた。
「お腹空いた」
スラムに居着いて数年が経った。
今日も今日とて、裏通りの安い酒場の残飯を漁る。ここの店主はスラムへの施しのつもりなのか、小汚いガキがゴミ箱を漁っていても、見て見ぬふりをしてくれる。
場所によっては、店の前を通るだけで殺されるなんて事もある。そのせいもあって、ここはスラムの人間からすると大人気の場所なのだ。
しかし、今日は出遅れたのか、どれだけゴミ箱を漁っても食べ物が見当たらなかった。
「お腹空いた」
昨日も少ししか残飯が無かったので、空腹は極限状態。頭はフラフラとして、正常時なら絶対行かない所までも足を伸ばしてしまった。そして。
「ガキがっ! ここはお前みたいな奴が来ても良い場所じゃないんだよ!!」
気付いたら食べ物の匂いに誘われて、屈強な用心棒がいる酒場に来てしまっていた。
ここはスラムの闇組織が運営していると言われてるならず者が集まる酒場。
空腹でぼーっとしていたせいで、こんな所まで流れてきてしまっていた。
「こっちこい!! 二度と馬鹿しねぇようにヤキを入れてやる!」
「ううっ」
二人の男に囲まれてボコボコに殴られる。
そして俺は途中で意識を失った。
「いたたた。なんでこんなに体が痛いんだ? ってか今何時?」
そうねだいたいねーつって。
俺は寝起きのせいなのか、少しフラフラしながらも起き上がる。
「ん? んんん? どういう事?」
起き上がってびっくりした。なんか体中が痛いし、視線が低い。そしてめちゃくちゃ空腹。
「いやいや、やべぇって。腕とか曲がったらダメな方に曲がってるじゃん! あ、だめだめ。意識したら余計痛くなってきた」
なにこれ?? どういう状況? 夢か?
「待て待て焦るな。まだ慌てる時間じゃない」
俺はとりあえず、体を刺激しないようにそーっとその場に座り、ゆっくりと記憶を掘り出していく。
「いた! いたたたたたっ!! 待って待って! これ絶対ダメなやつ!」
記憶を思い出そうとした瞬間、今までの記憶が洪水の様に頭の中に流れてくる。
それは俺の前世の記憶と今世の少年の記憶。
脳に配慮は一切しませんとばかりに、かなりの勢いで流れてくる。
「あかっ、あかーん! 頭が割れちゃうー!」
俺は恥も外聞もなく泣き叫ぶ。こんな痛み体験した事ない。一体なんなんだこれは。
「うるせぇぞ!! またヤキを入れられたいのか!!」
「ひえっ!」
なんか筋肉ゴリゴリの強面お兄さんが、こっちに向かってドシドシと足音を鳴らしながらやってくる。前世のヤクザなんて比較にならんぐらい怖いんだが!? 会った事ないから実際には分からないけど。
でも、ちょっと今それどころじゃなくてですね…
「痛い痛い痛い痛い! 死ぬ死ぬー!」
頭が痛すぎる。本当にやばいって。いつになったら収まるんだよこれ!
「言っても分かんねぇみたいだなぁ!!」
「うぐっ! げほっ! げほっ!」
ボキって音鳴ったよ! 絶対折れた! 肋骨の何番かは知らんが折れちゃいましたよー!!
でも全然痛くない! 何故なら頭の方が痛くて、体の痛みを全く感じないから!
「次は殺すからな! このクソガキが!」
折れた後も一通り俺をボコボコにして満足したのか、男は去っていった。
何回もボキボキ鳴ってたけど、俺の体大丈夫かこれ? 骨粗鬆症じゃないよね? 痛みを感じれてないから、どれくらいやばいのかが分からん。
とりあえずまた暴力を振るわれたらたまらないので、蹲って静かに頭痛が収まるのを待つ。
それからどれくらい経ったかは分からない。
しかし、頭痛が治った瞬間、俺は気を失った。
「おはよう世界」
体が動きません。全身折れてるんじゃないのかね、これは。
頭痛が治ったら次は体だ。めちゃくちゃ痛い。
なんでこんな事になったんだ。とりあえず動けないので蹲ったまま、気を失ってる間に勝手に整理されていた記憶を探る。
「あれぇ? 俺、転生してるじゃん」
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