4章 新しく出会う人々

第68話 肝試し1

「準備が出来ておりますので、こちらへどうぞ。スタート地点へとご案内いたします。」


 外に出ると、渡り廊下の屋根を左に見て、屋敷の正面に近いほうの林の前でメイドさんは止まった。今日は、細い月だった。


「それでは、説明させていただきます。このスタート地点から、あちらにございます馬小屋まで歩いて行ってもらいます。そこがゴールになります。簡単でしょう?」


 メイドさんは、そうやって簡単に説明すると、みんなを見てニコッと笑った。そして、持っていた袋から懐中電灯を取り出し、一つずつ渡して回った。


「車が通れるくらいの道幅がございますし、一本道なので迷うことはないと思います。頑張ってくださいね! お一人ずつ、五分あけての出発になります。」

「俺は、最後尾で見て回るから、最後に出発するよ。」


 順番は、じゃんけんで決めた。カルロスは、一番最後である。それに反対する者は誰もいなかった。先ずは、孝介が出発して行った。それから五分が経ち、メイドさんに言われて湊が行く。その後は、諒、達也、蓮、智樹と続いた。僕が出発する時が近づく。


「ギャーーーーッ!」


 その時になって、 遠くから叫び声が聞こえた。時計に視線を落としていたメイドさんも、その声に振り向く。


「楽しんでいただけているようですね。」


 僕は、カルロスを振り返った。いつもカルロスには、もう自分は小学六年生だと言っているが、僕は弱気になっていた。懐中電灯は持たされているが、夜の林へと足を踏み入れるのだ。


「お時間になりました。どうぞ、出発してください。頑張ってくださいね!」


 カルロスが、僕に向かって小さく手を振る。僕は仕方なく、みんなが歩いて行った方へと歩き出した。言っていた通りに、車が通れるくらいの幅があって、その左右に木々が続いている。


 動物が棲んでいるのかどうか分からないが、木々の間は真っ暗だった。そうやって、右の方を懐中電灯で照らしていたら、進んでいる方向で何か大きなものが素早く通り過ぎた。気配がしたとかではない。確実に、何かが通り過ぎた……と思う。


 僕は、早くカルロスが来ないかと思って、後ろを見た。まだ、一分も経っていないくらいだ。その場で四分待つかどうか迷ったが、足を進めた。道は、緩く左にカーブしている。不意に、右の林の草むらから、腰の曲がったお婆さんがカサカサと音を立てて出てきた。お婆さんは、僕の前方で立ち止まり、こっちを見た。


「あんた、何してるだ?」

「こんばんは。肝試しで、向こうの馬小屋まで行くところです。」


 お婆さんこそ、こんな時間に林の中で何をしていたんだろうと思ったが、僕は挨拶をして返事をした。この林は、ロックハート家の敷地内のはずだから、お婆さんだけどロックハート家の使用人なのかもしれないし、ルーカスの母親ということも考えられた。


「肝試しだって? そんなバカなことして、ここがどういう所か知らんのか? 恐ろしいお化けが、出るんだってぇ。」

「でも、メイドさんたちが……。」


「メイドだぁ? あんな性悪どもに騙されて、ここに足を踏み入れたんか? っ馬鹿なことして、ああ……今の時間は……後戻りしたら呪われるんだで、ここはそういう場所だで、もう戻ることも出来やしねぇ。悪い奴に見つからねぇように、静かに用心して進むこったな。」


 お婆さんは、懐から時計を出して、そんな事を言う。そうして、ウケケケッ……と怪しげに笑いながら、左の林の方へと消えて行った。僕は、足が重くなるのを感じた。ヒューという風とも分からない音が、右からも左からも聞こえてくる。少し先に、人が立っているのが見えた。僕は、嫌だなと思った。すると、向こうも懐中電灯でこちらを照らしてきた。


「遙人っ。」


 僕の名前を呼んだのは、蓮だった。僕に向かって片手を上げている。僕は、そのまま歩いて近付いた。


「蓮兄ちゃん、どうしたの?」

「ん? 遙人は大丈夫かなと思って、待ってたんだよ。智樹には会わなかった?」

「会わなかった。」


 蓮の後に智樹が出発して、その後に僕だから、確かにおかしい。蓮が、周りを見回している。蓮と智樹は、大学受験を控えた高校三年生だから、たまに一緒に勉強したりしている。僕の背中に手を回して、蓮が僕を軽く抱くようにする。


「まあ、いま心配しても仕方ないか。先に、進もうか。」


 蓮はそう言うと、僕と手を繋いだ。僕を引っ張って、歩き出す。


「怖くなかった?」

「怖かった。さっき、お婆さんにも変なこと言われたし。」

「ああ、それなら俺も言われた。そういう演出なんだろうな。」

「あれって、演出なの?」

「そうだろうな。言ってることも可笑しいし、みんなに言って怖がらせようとしてるんじゃないかな。」


 蓮は、肝試しと聞いた時から興味が無さそうだったし、怖がっている様子もなく、冷静にそう言う。僕が来るまでの数分の間、この場所に一人で待っていて平気なくらいだから、こういうことに動じる性格ではないのだろう。


「そういえば、僕が出発する前だったんだけど、叫び声がしなかった?」

「ああ、あれな。湊だろうな。変な方向から声が聞こえてた気がしたけど、大丈夫だろ。前にも後ろにも、誰かいるだろうから。」

「何があったんだろう?」

「さあ、諒たちは叫び声なんて上げてないから、それ程のことでもないだろうけど、この先で分かるだろうな。湊は怖がりだから、大袈裟なんだよ。怖いんだったら、諒に揶揄われても、来なきゃいいのに。」


 蓮は、湊のことを言っているが、僕は自分も同じだと思った。でも、肝試しと言っても夜道を歩くくらいで、お化け屋敷よりも怖くないだろうと嘗めていた部分もある


「遙人は、肝試しをしてみたかったんだろ? そういう年頃だもんな。」

「うんん。暇だったから、遊べるところはないのって聞いたら、カルロス兄ちゃんが肝試しくらいなら出来るって言って、小便ちびるとかって揶揄ってくるから……。」

「カルロスさんも、人が悪いなぁ。嫌なら、断らないと駄目だよ。」

「うん。」


 少し言い難そうな口調になって、蓮は言う。足元を照らしていた懐中電灯の光が、林の方を向いた。蓮が、何かに気付いて照らしたのだ。すぐ側で、男の人が木と向かい合うようにして項垂れて立っていた。僕は、驚いてビクッとなった。蓮は、進む方向を右へとズラして、男から距離を取りながら進んでいる。通り過ぎた後も、蓮は男の方を見続けていた。


「蓮兄ちゃん。」


 僕は、前を見ていて、蓮に声を掛けた。道の先で、今度は右側に数人が輪になって集まっていたからだ。それも左に避けて、蓮と僕は静かに進んだ。彼らは、ただそこにいるだけで、何かをしてくるわけではなかった。だけど、人が下を向いて輪になって黙っているだけで、気味が悪いものだった。


「心理的な恐怖心を狙ってやってきてるな。これは、子供には良くないと、俺は思う。ああいうのに近付いてはいけないという意味では、人生勉強にもなるだろうけど。外国人だったら、むしろ何をやっているのか不安だからこそ、確認するために声を掛けに行くっていう事もありそうか。遙人は、どっちが良いと思う?」

「うーん、分からない。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る