第16話 新しい住人

 結局、あれはいったい何だったんだろうという気持ちは残ったが、それも学校に行って友達と遊んでいると、すぐに忘れてしまった。そんな、ある日のことだった。


 ロックハート家の兄弟三人が、父に話があると言って、リビングに集まっていた。日曜日の昼過ぎで、まだ梅雨の前だから外はさわやかに晴れ渡っていた。昼ご飯の時にいなかったカルロス、アンドルー、ラウロの三人が、見知らぬ人を一人連れて帰って来て、父と五人でダイニングテーブルに座っている。


 孝介はご飯を食べ終えると、すぐに自分の部屋に戻ってしまったが、僕と達也はご飯を食べ終わった後、リビングのソファーでテレビを見ていた。そんな僕たちのことは一切気にせず、アンドルーが話を始める。


「初めに紹介します。従兄弟のタフです。年齢は、二十五歳です。」

「はじめまして、タフ・ロックハートです。」

「話というのは、この俺たちの従兄弟のタフも、この家に住まわせて欲しいということです。駄目なら、メイドたちが住んでいる離れの方でもいいんですが、できればこっちで住むことを許可して欲しいんです。」


 アンドルーの言葉に対して驚いたのは父ではなく、むしろ傍で話を聞いていた僕たちの方だった。父は、どんな事であろうとあまり重大とは捉えず、事なかれ主義な返事しかしない大人の代表みたいな人だ。すぐに適当なことを口走ってしまうので、こういう時に強く断ることなんて絶対に出来ない。


「空いている部屋はまだあるし、メイドさん達だって、君たちのお父さんが雇ってくれているわけだから、駄目ってことはないよ。大所帯だから、みんなと上手くやってくれれば、それで構わないけど。」


 父の答えは、やはり……予想した通りのものだった。アンドルーたち三人と一緒に入ってきた時に、その従兄弟をちらっとは見たが、どんな人なのか分からなかった。今はこちらに背を向けて座っているため、僕の位置からはその後ろ姿しか見えない。だけど、アンドルーたちよりも年上だからか、みんなとは何か違う雰囲気があった。


 大きい家だし、一人一部屋で使っているわけではないから、父が言ったように余っている部屋はある。十人で住んでいたのが十一人になるだけと思えば、何かが変わるというものでもないのかも知れない。大体、十人で住み始めてからも、まだ一年経っていない。


 別に、一人増えるのが嫌なわけではないが、僕は達也と目を合わせた。その顔を見る限り、達也も彼らの話に口を挟むつもりはなさそうだった。


「ありがとうございます。それじゃあ、来週中には準備をして引っ越してくるので、よろしくお願いします。」


 この時、今までは全く気にしていなかったが、ふと僕は疑問に思ったことがあった。それを、あとでアンドルーたちに聞いてみようと思った。引っ越してくるのは来週ということで、従兄弟のタフは一先ず帰っていった。


「ねえ、アンドルー兄ちゃん。アンドルー兄ちゃんたちって、どうしてこの家で一緒に住みたいと思ったの? アンドルー兄ちゃんたちのお父さんは、お金持ちで家もお城みたいなんでしょう?」


 ラウロは、タフを送って来ると言って、一緒に出て行った。アンドルーとカルロスは、リビングに残っていたので、その後姿に僕は話し掛けた。アンドルーもカルロスも、一瞬きょとんとした顔をする。


「そうだな……それは、血の繋がった兄弟なのに、ずっと遙人と別々に暮らして育ってきたから、この機会に遙人と一緒に住みたいと思ったからだよ。それ以外の理由なんてないよ。」

「本当に? ラウロ兄ちゃんも、カルロス兄ちゃんも、あんまり家にいないよ。」


 アンドルーは家にいることが多いが、カルロスとラウロはそんなことはない。正直、一緒に住む意味があるのかなと思ってしまう。


 カルロスは、まだ外は明るいというのに缶ビールを冷蔵庫から取ってきて、飲もうとしていた。僕のほうをカルロスは見ると、アンドルーの脇に立つ僕の側の椅子を引いて座った。


「遙人と一緒に住みたいからっていうのは、本当のことだ。そうじゃなかったら、普通は一人暮らしとかするだろ。ただ、俺もラウロもいろいろやる事があるからさ、なかなか家にいられなくて、そこが悩みどころではあるな。その代わりに、アンドルーがなるべくいるようにしてるだろ。」


 言いながら、カルロスは缶ビールを一旦テーブルに置いて、僕を引っ張って膝の上に座らせた。カルロスの帰りはいつも遅いから、そっくりな二人が揃って同じ部屋にいることはあまり無い。これが、赤ちゃんや小さな子供だったら可愛いくらいで済んでいるかも知れないが、大きい二人が揃うと部屋が狭く感じるくらいの存在感だった。


 後ろがカルロスで、僕の前面に座っているのがアンドルーだ。見慣れない光景だからか、何故だか落ち着かない気持ちになって、僕は戸惑った。


「アンドルー兄ちゃんがいつも家にいる理由って、そういうことなの?」

「そうだよ。」


 僕が聞くと、カルロスが答える。そして、カルロスは僕に顔を寄せてきた。アンドルーが、僕を抱きしめてきたりすることはよくあるが、カルロスとはそういう事はしていないから、僕は緊張した。


「じゃあ、さっきの従兄弟の人は?」

「タフが、どうしてこの家に住むかってこと?」

「そう。お兄ちゃんたちとは、違う理由だよね?」


 カルロスは、ビールを片手で開けて、テーブルの上で缶のタブを繰り返し指で弾きながら、天井を見て考える顔をしている。アンドルーは、会話には入ってこなかった。


「そういえば、その理由は考えてなかったな。まあ、理由はそのうち分かるんじゃないか。」

「理由を聞き忘れたってこと?」

「大きな理由があるんだよ。でも、本当のことは、今はまだ秘密だな。」


 カルロスは、なんだかよく分からない言い方をする。つまり、詳しい理由は把握していないということなのか、従兄弟のタフの事については教えてくれなかった。


 僕たちのやり取りを見ていた達也が、おつまみになりそうなお菓子の袋をキッチンから持って来て、カルロスの前に置いた。それから、達也は僕の脇を抱えるように手を伸ばしてきて、カルロスから僕を引き離した。


「遙人を、酒のつまみにはしないでください。」


 カルロスに向かって、達也が言い放つ。達也は、不満げだった。僕が、他の人と仲良くすることが、やっぱり嫌なのかもしれない。


「冷たっ! 社会人には癒しが必要なんだけどなぁ。」


 そんな達也に、カルロスも不平を漏らした。恐らく、達也もカルロスとはほとんど話したことがないと思うが、達也はカルロスにきっぱりと言う。


「それとこれとは、話が別です。」


 達也はそう言うと、そのまま僕をソファーの方へと連れて行った。お菓子の袋を開ける音がして、硬いものを食べる音と、缶をテーブルに置く音が聞こえてくる。


「そういえば、達也は急に背が伸びたんじゃないの? それについては、どう思ってんの?」


 カルロスが、文句を言うのではなく、達也に別の話題を急に振ってきた。達也自身のことについての話だった。


「まあ、そうだけど……。大学生になって、また急に伸びたことには驚いてるけど、別になんとも。」

「ふーん。」


 そこから、話を広げるでもなく、カルロスはただ聞いただけのようだった。缶ビールを飲み終えると、カルロスは階段を上がって行った。達也もやる事があるようで、自分の部屋に戻って行った。


「アンドルー兄ちゃん、ゲームやろう。」


 父は、いつの間にかいなくなっていたし、残された僕とアンドルーはゲームで遊んだ。嫌な気配は出なくなっていたし、家にいても不安はなくなっていた。

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