第14話 今日から六年生

 四月に入ると、高校を卒業した孝介だけではなく、カルロスも大学を卒業して会社勤めをし始めた。朝、二人ともスーツを着て出かけていった。父は、スーツの仕事ではないみたいだし、なんだか見慣れない光景に僕は感じた。


 あと一週間で春休みも終わってしまう。普通なら、もっと遊びたいと思ったり、春休みが早く過ぎてしまうことを残念に思ったりするところだ。しかしながら、最近の僕は学校が早く始まって欲しいと思うようになっていた。


 春休みが終わる前には、ラウロが探してくれたアスレチックが楽しめるという、山のほうにあるアドベンチャーパークに行って、それはそれで体を動かして楽しかったし気晴らしになった。しかし、家に帰って来ると、やっぱり憂鬱な気分になった。


 学校が始まると、クラス替えで離ればなれになってしまった友達もいた。ただ、カールとはまた同じクラスだった。知らない子が半分以上いて、少し変な緊張感がある中、やはり仲が良い子が一人でもいると安心できる。今年は、小学校最後の年だから修学旅行もあるし、早めにクラスの子と仲良くなりたいところだった。


 とはいえ、何かきっかけがないと仲良くなるのって難しい。共同作業とか一緒に遊ぶとか、共通の出来事や話題があって、互いに積極的に話すことをすれば、仲良くなりやすいことは分かっていても、それがなかなか上手くいかない。


 たまたま近くにいて、いつの間にか仲良くなっていることもある。そういう場合は自然にというか、何も意識しなくて済むような、不思議な空気があるように感じる。だからといって、その後も続くとは限らず、その場だけになってしまうこともあるから、友達作りって難しい。そんな事を考え始めると、面倒な気がしてきてしまって、カールと仲良くしていればいいかと思ったりもするが、そうやって頑張らないでいるうちに新しい友達ができることもある。


 周りの子を見ると、いろんな子がいるが、カールみたいな見た目が外国人の子はいない。始業式が終わると、一部の女子がカールに集まってきた。だけど、カールはクールに答えるだけだった。表情も、ほとんど変えない。


「カールは女子にモテて、嬉しくないの?」

「あの子たちは、僕の見た目が珍しくて、声を掛けてきているだけじゃないかな。」


 女の子に、ちょっかいを出したがる男子もいる中、カールにはそういったところが全く見られない。僕は去年、五年生の時に転校してきたから、それどころでは無くて、あまりそういうことに興味がいかなかったが、五年生の時からクラスの中にはすでに性的なことに強く興味を持ち始めている子はいた。早い子では四年生の時から、徐々に精通を体験する子が出始めるからかもしれない。


「でも、カッコイイって噂だよ。」

「遙人も、俺のことをカッコイイって思ってる?」

「うん、思うよ。」


 僕が頷いて答えると、カールは嬉しそうに笑った。そんなカールを遠巻きに見て、こそこそと何か話している女子もいた。


「そうか、ありがとう。そういえば、遙人はあのお兄さんのことは、どう思っているの?」

「あのお兄さん? どのお兄さんのこと?」

「俺みたいに、見た目が外国人の兄弟がいるだろ。」

「アンドルー兄ちゃんたちのこと? 好きだよ。みんな優しいし。そういえばさ、カールの親って、背は高くないの? なんか、外国人の人って背が高そうなイメージがあるけど、カールは僕たちと同じくらいだよね。」


 テレビでも、外国人の子たちは日本人の同じ年頃の子供たちと比べて、成長が早かったり大人っぽかったりする映像を見るし、いつも体の大きなアンドルーを見ているから、僕はそういうイメージを持っていた。カールは、少し考え込んでから、「俺の親は、背は普通かな。」と答えた。


「遙人は、背が高いほうが好きなの?」

「好きっていうか、外国人の人は成長が早かったり、背が高いイメージがあったからさ。でも、背が高いと良いよね。」


「外国人って言っても、親からの遺伝だから、背が高い人もいれば、背が低い人もいると思うよ。でも、確かに背が高い人のほうが、取り沙汰されているかもしれないね。」


 親からの遺伝という意味では、僕もこれから背が伸びていく可能性はあるのかなと、思った。父も背は低くないし、兄の達也も百七十八センチある。


 今日は始業式だけだから、午前中のうちに学校は終わってしまうが、同級生がたくさんいてわちゃわちゃした騒がしさが、嫌なことを一時忘れさせてくれていた。家に帰るのは憂鬱だったが、それでも学校に行っている時間があるだけ、少しはマシな気がした。

 とりあえず、家に着くと急いで玄関のドアを開けて、中に入った。リビングには誰もおらず、僕はランドセルを置くために自分の部屋に行った。


「おかえり。」

「あれ、達也兄ちゃん、いたの?」


 部屋のドアを開けると、ドアの横の机で達也がパソコンをしていた。僕は、ほっとして部屋に足を踏み入れた。


「バイトは辞めたからな。遙人と一緒にいられる時間を、増やそうと思ってさ。」

「ほんとに?」

「本当は、別の理由もあるんだけど、今までよりは一緒にいられる時間はあるかな。」

「やったー。」


 達也は、高校を卒業して大学生になってからアルバイトを始めた。始めて二年間くらいはずっと、父が必ず休みの日曜日だけだった。達也が大学に入学したのは、僕の母が病気で死んで間もない頃だったというのがあって、僕もまだ小学三年生だったし、達也は大学の授業が終わるとすぐに家に帰って来ていた。土曜日や祝日もほとんど家にいて、家事をしたり僕を連れてスーパーに買い物に行ったり、僕と遊んだりしていた。


 そんな達也が、日曜日以外のアルバイトを始めたのは、今の家に引っ越すことが決まった頃だった。大学の友人に誘われたとかで、初めは日曜日と土曜日だけだったが、すぐに平日の夜も働き始めて、僕と顔を合わせる時間も少なくなった。


 その時には、メイドさんがご飯を作ってくれていたし、不自由なことは無かった。だけど、今まで達也とはずっと一緒にいたから、僕は寂しい気持ちになっていた。もしかしたら、達也は弟たちの学費のこととか、いろいろ考えてアルバイトを増やしたのかも知れない。けれども、僕はもう少し一緒にいられたらと、心の中では思っていた。


 そして、ここのところは――あの毎晩やって来る嫌な気配に、僕は悩まされていた。だから、僕はなるべく達也かアンドルーのそばに、いたい気持ちだった。そういうタイミングで、達也と一緒にいられる時間が増えるというのは、とてもありがたくて嬉しかった。


 その後も、あの気配の正体が分からないまま、毎日が過ぎた。それが三週間ほど続いた時、僕はあることに気付いてしまった。嫌な気配が窓の外にやって来る時間が、少しずつ早くなっているのだ。

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