第13話 カルロスとアンドルーの見分け方

「アンドルーさん、ありがとうございました。」


 玄関で靴を脱ぐ前に、諒がアンドルーにお礼を言って頭を下げる。帰ってくる途中は、まだカールもアンドルーも、どことなく重い空気を漂わせていた。だから、諒が気を使って、一生懸命に他愛ないことを喋っていたくらいだ。


「ねえ、アンドルー兄ちゃんが何かやったの? 全然、見てなかったんだけど。」


 アンドルーの体が大きいために、その後ろから見ていた僕は、ほとんどアンドルーのお尻と背中しか見えなかった。だから、何が起こって――奴らがあんなに大騒ぎしていたのか、僕には不思議に思えてならなかった。


 アンドルーが何もしていなければ、カールが何かしたのか、それとも別の生き物が何か出たのか、とにかく異様な光景だった。僕よりも、三十センチくらい高い諒の目線の位置からだと、何か見えていたかどうか分からないが、諒もアンドルーの大きい背中の後ろに立っていたのは同じだから、全ては見えていなかったはずである。


「お兄ちゃんは、魔法使いだって言っただろ。何かしたかも知れないし、何もしてないかも知れない。」

「それじゃあ、説明になってないよ。何があったの? 諒兄ちゃんもそう思うでしょ?」


 アンドルーが冗談めかして言うので、僕は口を尖らせた。そんな僕の両脇をおもむろに持ち、アンドルーが僕をひょいと投げ上げ、水平まで肘を上げた片腕に乗せて、小さな子供にでもするように抱きかかえた。


「ほらな、こんな事だって軽々と出来るんだぞ。」

「すげぇ!」


 自慢げに言うアンドルーに、諒も驚きの声を上げた。三十三キロある僕の体重を、軽々と投げ上げ腕に乗せていられる事が、本当に凄いのかどうかは分からないが、それでさっきの説明になっているとは思えなかった。それに、ここは玄関で天井が高いから良いが、部屋でやっていたら天井で頭を打っていたかもしれない上に、投げ上げられて怖かった僕はおしっこをチビりそうになった。だから、僕はすぐにアンドルーの頭に掴まった。


「じゃあ、アンドルー兄ちゃんが何かしたってこと?」

「アンドルーが、何をしたって?」


 ちょうど帰って来たところらしいカルロスが、すっと話に入ってきた。声がした方を見ると、アンドルーと同じ背格好のカルロスが立っていて、靴を脱ごうとしていた。


「あれ、カルロス兄ちゃん、珍しいね。今日は早いんだ。」

「今日は、ちょっと疲れたから帰ってきた。」


「さっき、アンドルー兄ちゃんが四人組を追い払ったんだけど、その時の状況が不思議で、急に相手が痛がりだしたんだけど、アンドルー兄ちゃんが何かしたのかどうか、教えてくれなくて。」


「四人組を、アンドルーが追い払ったって? 相手が痛がってたってことは、アンドルーが殴るか蹴るかしたんじゃないのか。」


 カルロスも、ラウロと同じで夜遅くにならないと家にいないことが多いから、一緒に住んではいても、僕はちゃんと話したことがなかった。とはいえ、見た目がアンドルーとそっくりだから、多少の違和感はあるものの、アンドルーと話すみたいな感覚で接しやすかった。カルロス側も、いつも僕を見ると、顔に笑顔を作ってくる。


「そうなのかな。でも、アンドルー兄ちゃんは魔法使いだからとか言って誤魔化すんだよ。」

「そりゃあ、暴力を振るったなんて自慢げに言う奴はいないだろ。アンドルーは、遙人に悪く思われたくないんじゃないのか?」


「そういうことなの?」


 アンドルーは、僕を下ろしながら困ったように笑うだけで、何も答えない。カルロスは、僕の話に付き合いながらスリッパを出して履くと、僕の頭に手を置いて、「ただいま。」と言った。


「おかえりなさい。」

「遙人、せっかく早く帰って来たから、たまには兄ちゃんと風呂にでも入ろうか?」

「いいよ。」


 カルロスが、こんな風に僕に言ってくるのは、初めてだった。当然、これまでほとんど接していないから、仲が良いとかでもない。でも、赤の他人ではないし、アンドルーとは何度もお風呂に入っているから、僕は一緒に入ることにした。


「じゃあ、俺は部屋に荷物を置いてくるから、遙人も準備しておいで。」

「アンドルー兄ちゃんも一緒に入ろう。」


 僕は、アンドルーにも声を掛けた。そして、二階の自分の部屋に、僕は着替えを取りに行った。カルロスも三階に行って、下りてくる。


 カルロスは、さっきアンドルーがやったみたいに、僕の両脇を抱えるとお尻の下に手を置いて、背中を抱き寄せた。アンドルーみたいに片腕に座らせるように乗せたのとは違うが、僕を抱きかかえたまま階段を下りて、風呂場まで連れて行った。休みの日も、カルロスが家にいるのをあまり見かけないから、こういうのは珍しい。


「もお、なにすんの。」

「さっき、アンドルーだってやってただろ。兄ちゃんは、ダメなのか?」

「ダメじゃないけど、僕ももうすぐ六年生だよ。」

「どうりで、結構重たいと思った。」


 カルロスは、そう言って僕に笑い掛ける。僕たちは、脱衣所で服を脱いで、浴室に入った。お風呂は、いつもちょうど良い時間帯に、メイドさんがお湯を入れて準備をしてくれている。カルロスが、僕の頭と体を洗ってくれた。僕は、先に洗い終わってしまったので、体を流すと湯船のほうに行った。後から、カルロスとアンドルーもやって来る。


「あれ、どっちがカルロス兄ちゃんで、どっちがアンドルー兄ちゃん? 洋服を脱ぐと、そっくりだから、どっちがどっちか分からない。」


 目を離している間に、分からなくなってしまって、僕は言った。分からないと、名前を呼ぶ時に困ってしまう。


「チンコが大きい方が、カルロス兄ちゃんだよ。」

「どっちも同じで、大きいよ。」


 カルロスが言うので見比べてみたが、形も大きさも違いがあるようには見えなかった。カルロスとアンドルーがお湯に浸かって足を伸ばすと、二人とも体が大きいから一気に湯船が狭くなった。


「冗談だよ。遙人、今日は兄ちゃんのところにおいで。」


 僕は言われて、カルロスの足の間に座った。カルロスは自分のことを「兄ちゃん」と言い、アンドルーは自分のことを言う時に、いつも「お兄ちゃん」と言っている。その違いには気付いたが、見た目は本当にそっくりだから、見た目では全く見分けがつかなそうだった。


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