第11話 湊と諒、それに孝介

 この日、九時半になる前から、またあの嫌な気配が窓の外にやって来た。その時、僕はまだリビングにいて、孝介や湊、諒の三人とテレビを見ていた。春休み中だから、明日の朝起きられなくて困るということはない。だから、僕も絶対に早く寝ないといけないわけではなかった。


 僕は、その気配がリビングの窓の外に現れると、テレビどころではなくなった。そのせいで、自分の部屋にも一人で行けなくなってしまった。一緒にいる三人は全く気が付いていない様子で、普通にテレビを見ている。本当に気付かないのかと思って、僕はみんなの顔色を窺った。


「どうかしたのかよ?」

 すぐ隣に座っている諒が、僕に聞いてくる。諒に、窓の外を気にしている様子は無かった。他の二人にも、そんな様子は無く、二人は諒の声を聞いて、僕の方を見ただけだった。僕が窓のほうを見ると、諒もそっちを見た。


「カーテンに何かあるのか?」

「カーテンじゃなくて。」


「虫か?」

 諒の言葉に、湊が過敏に反応してカーテンの方を見る。近藤家の三人の中で、諒は一番年下だが、一番気が強い。というか気が短くて、一つ上の湊とは年が近いからか、よく些細なことで言い合いをしている。湊に対して、諒が「ガタガタうるせぇ!」と言っているのを、割と頻繁に耳にすることがある。


「虫じゃなくて、なんか……こっちを見てる気がして。」

「誰かの視線を、感じる気がするってやつか? それで、俺たちの顔を見てたの? そんなの気のせいだよ。電磁波だの磁場だのって話もあるけど、ストーカーとか犯罪者でもなければ平気だよ。」


 そう言って諒は、僕の頭をぽんぽんと叩いた。湊が、ほっとしたように息をつく。


「虫だったら、バカみたいに大騒ぎする奴が出てたところだけどな。」

「お前はなんで、いつもそういう余計な事を言うんだよ!」


 湊は、そう言いながら足を伸ばして、諒を蹴った。すると諒は、湊よりも強い力で黙って蹴り返して、湊にガンを飛ばした。だけど、二人ともソファーからは立ち上がらない――。湊がやり返さないからか、諒もそれ以上は何もしなかった。


「遙人、そろそろ寝る時間だろ。おいで。」


 いつの間にか、アンドルーが一階に下りて来ていて、僕を呼んだ。諒たちには、あの嫌な気配のことが分からないみたいだし、僕はアンドルーのところに駆け寄った。


 僕を先に行かせて、後ろからアンドルーが階段を上がってくる。僕は、気になって聞いた。


「アンドルー兄ちゃん。もしカーテンを開けてみたら、何がいるんだと思う?」


 答えを聞くために、二階に着いたところで僕が立ち止まると、アンドルーが僕の肩に腕を回して部屋へと連れて行く。向かったのは、アンドルーの部屋だった。部屋のドアを開けながら、アンドルーが言う。


「良くないものだから、見ないほうがいい。見るだけでも関わりを持つことになるから、それが相手にとっては付け入る隙にもなる。そうなると、もしかしたら奴が部屋に入って来られるようになるかもしれない。そうなったら嫌だろ?」


 僕は、頷いた。前にアンドルーが言っていた通り、今までのところあの気配は部屋の中には入ってきていない。


 とりあえず、眠ってしまえばいつも朝になっているし、嫌な気配のせいで怖い夢を見るわけでもない。僕は、大丈夫なはず……と自分に言い聞かせた。アンドルーの腕枕で眠るのは二回目だが、その太い腕に頭を任せて眠りについた。


 朝起きると、僕の隣で寝ていたのは達也だった。自分が寝ぼけているのか、これは夢の中なのか、僕は少し混乱した。部屋の中を見回すと、自分の部屋の自分のベッドで達也と一緒に寝ている状況だった。ここ数日は、毎日そうして寝ていたが、昨日の夜はアンドルーの部屋の広いベッドで寝たはずだ。


 達也に聞くと、寝ている僕をアンドルーが抱きかかえて部屋に運んで来たのだと言う。なんだか変な話だと思ったが、達也が帰ってきた時に、僕がいないことに気付いて心配したのかな……とも考えられた。昔から、達也は過剰に心配するところがあるから、そういう想像は簡単にできた。


 春休み、授業は無くても部活があるから、中学生や高校生は朝から学校に行っている。帰ってくるのは夕方だ。


 ちょうど中学校と高校を卒業したタイミングの湊と孝介は、家でだらだらしている。就職を控えた孝介はアルバイトも辞めたらしく、今日からは家にいる。といっても、四月になるとすぐに入社式があって働き始めるから、孝介が家にいるのは明日までのことらしい。それぞれに、兄弟たちが学校に行っている間は部屋を一人で使えるから、自分の部屋にいたり、食べる物を取りに一階に下りてきたり、自由に過ごしていた。


 十時を過ぎた頃に、カールが遊びに誘うために家に来たので、僕は家を出た。ちょっと離れたところに大きい公園があるので行ってみると、他の友達もいた。


 みんなで、鬼ごっこをして遊んだ。遊具の周りを行ったり来たり、登ったり下りたりしていると、すぐに時間が経ってお腹が空いてきた。だから、お昼ご飯を食べた後に、また集まる約束をして、一度解散した。


「お兄ちゃんたちは、春休みなのに遊びに行かないの?」



 孝介と湊、アンドルーと一緒に、メイドさんが作ってくれたご飯を食べながら、僕は孝介たちに聞いた。この家に引っ越してくる前の僕は、週末の休みは達也と二人でスーパーに食材を買いに行ったりしていた。今は、買い物も含めて家事全般は三人いるメイドさんたちがやってくれるから、普段の週末でさえ時間が余るようになっている。


 それが、二週間も連続で休みともなれば、大雨の後のダムの水ように時間がたっぷりとあるから、僕は退屈になってしまう。孝介と湊の二人はというと、小学生の僕とは違うみたいだった。


「俺は、たまの休みだから、今日はゆっくりしたい。また、すぐに新しい仕事が始まるしさ。」

「俺は、遊びに行くようなお金もないし、べつにいいかな。友達と連絡を取って、卒業した中学校に顔を出しに行くとかしてもいいけど、なんかそういう気分じゃないんだよな。」


 僕はご飯を食べ終わると、約束通りに公園に向かった。自然と、また鬼ごっこが始まり、走り回った。


 疲れてきて休憩タイムに入った時に、みんなで一つのベンチに集まると、春休み中の過ごし方の話になった。もうどこかに出かけたとか、これから出かける予定があるとか、お互いに報告し合った。三時頃になると、用事があるからと言って二人が帰って行ったため、残った僕たち三人も解散することにした。


 僕とカールは公園を出て、虫を見たり道草をしながら、適当に歩いて暇潰しをしていた。すると、部活帰りの諒とばったり出くわした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る