第7話 春休みの計画

 春休みまで数日に迫ると、校庭の周囲で黄色いタンポポを、ちらほら見かけるようになる。小学校では、春休みを待ち望む声が生徒たちから聞こえ始めていた。僕も、春休みを楽しみにしていた。


 結局のところ、春休みといっても子供は親の都合に振り回されるしかない。とはいえ、みんな春休みを有意義に過ごす計画を、妄想しているみたいだった。


 僕の場合は、転校して来て数ヶ月が経つが、習い事をしている子が多いために、あまり学校以外では友達と遊べていない。そんな状況が続いていたので、春休みを機会に友達とも遊べたらと考えていた。今のところ、友達の家に行ってゲームをするとか、自転車で駄菓子を買いに行くとか、そんな遊びを数回しただけだ。


 前に住んでいたところでは、児童館が近くにあったから友達と行ったし、自分の家に友達を呼んだこともあった。だけど、今の家に友達を呼ぶのは、なんだか躊躇われた。


「春休みも、習い事ってあるの?」

「あるよ。でも、家族と出かける時は休むけど。」


 僕が聞くと、小平祐馬が答えた。他のみんなも頷いている。詳しく話を聞いてみると、母親と一緒に祖父母のところに遊びに行くとか、逆に親戚が泊まりに来てどこかに遊びに行くとか、他にも春休み期間にやっている体験プログラムに参加するとか、すでにいろいろ予定が決まっているようなことを、みんな言っている。春休みは二週間しかないから、案外すぐに終わってしまう。それで、早めに予定を決めているのかなと、僕は思った。


「じゃあ、春休みの間はみんな会えなさそうだね。」


 僕は、その場の雰囲気から、そう言った。春休み明けにはクラス替えがあるから、みんなとは別々のクラスになってしまうかもしれない。クラス替えということは、初めて同じクラスになる子もいたりして、人間関係が少しリセットされる。そう考えれば、みんな同じスタートラインになるわけで、それはそれで良いのかなと、僕は思うことにした。


 寂しいけれど、仕方がない。授業が終わった後は、いつものようにカールと僕は帰り道を歩いた。

「みんな、親に可愛がられてるんだな。遙人は、春休みどうするんだ?」

「決まってない。カールは?」

「俺もだ、決まってない。一緒に、どこか行こうか?」


 カールが、僕に言う。休みになると、どこかに連れて行ってもらえるというのは、確かに親に可愛がられている子だと、僕も思う。だけど、そうではない子も多くいるはずだ。自分は恵まれていないなんて考え始めると、やってられない気分になる。ただ、僕にはカールという友達がいるだけ、まだマシだと思えた。


「どこかって言っても、子供だけじゃ行ける範囲が限られるしなぁ。」


「お兄さんの誰かに、保護者を頼めばいいんじゃないの?」

 いつも、家の近くまで一緒に登下校していることもあり、カールだけは僕の家の場所を知っている。いつも別れる坂の下からでも僕の家は見えるから、僕が大きい家に住んでいることも当然知っていて、そこから家族の話をしたこともあった。


「頼めなくはないんだけど。」

「俺も一緒に行って、頼もうか?」


 九人いる兄たちは、全員僕よりも年上で、中学生以上だ。誰になら頼めるかなと、僕は考えた。


 カールが、一緒に行って頼むと言うが、いま家にいる可能性がある兄は、アンドルーと運が良ければ大学生の兄たちなら、いるかもしれない。でも、カルロスとラウロはいつも夜遅くにならないと帰ってこないから、いないだろうと思った。それに、達也たち大学生は忙しそうに見えるから、保護者を頼むのは難しそうだった。


 それでも、とりあえず二人で家に行ってみることにした。カールが、僕の家に来るのは初めてのことだ。


 普通の家庭であれば、友達としてカールを連れて行ったら、見た目が外国人だから親が驚くかも知れないが、アンドルーやメイドさんたちだったら、驚くことはなさそうである。だけど、まだ住み慣れたとは言えない他人の家みたいな感覚が……僕の中にはあって、友達を家に入れるのは、なんだか緊張した。


「ただいま。」

 いつものように玄関を入って、リビングのほうへと行くと、アンドルーが待ち構えていたかのように、こっちを向いて立っていた。キッチンにいるメイドさんも、こちらを向いて真っ直ぐに立っている。


「お邪魔します。」


 僕の後ろからカールが挨拶をすると、アンドルーは固い表情になった。予想外の反応に、僕のほうが驚いてしまった。


「どうしたの? 何かあったの?」

 どことなく不穏な空気を感じて僕が聞くと、アンドルーは「いや、何でもない。部屋に戻ろうと思っていただけだ。」と答えた。アンドルーが、室内側からドアを開けようとしていたところ、リビングのドアが急に開いて驚いた――ということだろうか。とりあえず、僕は友達を連れてきたことを伝えた。


「友達のカールだよ。今日は遊びに来たというか、春休みの計画のことで話そうと思って来たんだ。」

「遙人君のクラスメイトの、カール・スミスです。よろしくお願いします。」


 僕が、カールを指差しながら言うと、カールが一歩前に出て挨拶をした。ちゃんとした挨拶みたいに、頭を下げるカールを見て驚いたのか、アンドルーも慌てて頭を下げる。

「遙人の兄のアンドルーです。よろしくお願いします。」


「お茶をお出しします。」

 メイドの凛花さんが、すっと横から声を掛けてきた。それに反応して、アンドルーが僕とカールに、奥へと入るように勧める。


 凛花さんは、お茶を出すと言っていたが、実際にテーブルに運んできたのは紅茶だった。ポットとカップ、それにジャムを置いていった。大き目のマグカップには、すでに半分くらいまで紅茶が入っている。


 それを見て、僕がどうするんだろうと思っていたら、アンドルーがマグカップの紅茶にポットのお湯を注いで、僕の前に差し出した。もう一つのカップには少な目にお湯を注いで、アンドルーは自分の前に置いた。カールには、「お好みでどうぞ。」とアンドルーが勧める。


 カールは、少しだけ自分のカップにお湯を注いだ。アンドルーよりも少ない量だった。アンドルーとカールは、ティースプーンでジャムを取り、それを口に含んでから紅茶を飲んだ。

「えっ、なんで? ジャムって、そのまんま舐めるの?」


 二人の行動が、不思議な光景に見えて、僕は聞いた。見た目は金髪の外国人な二人が、慣れた感じでジャムを舐めて、紅茶を飲んでいる。だけど、僕にはそれが正しい飲み方なのか、分からなかった。


「この紅茶は、砂糖が入っていなくて苦めだから、こうやってジャムを口に含みながら飲むと美味しく飲めるんだよ。遙人も、やってごらん。」

 アンドルーが、遙人に優しく微笑みかけながら教えてくれる。真似してみると、確かに甘くて美味しい。


「このジャム、何かは分からないけど美味しい。」

 恐らく、僕が初めて食べるジャムだ。その味にちょっと感動していると、アンドルーが「アプリコットのジャムだな。」と言った。アプリコットというのは、あんずのことらしい。


「カールも、こういうのに慣れてるの?」

「親が、こうやって紅茶を飲んでるから、それで見慣れてるんだよ。」


 カールはそう答えて、微笑んだ。カールとアンドルーの仕草が、とてもよく似ているので、まるで親子みたいに見えた。髪の色も、アンドルーのほうが少し暗い色だが、二人とも金髪だし、目の色も二人とも緑色で同じだ。


「悪いが、俺は部屋に戻らせてもらう。」


 アンドルーは急に立ち上がると、頭を押さえながら、そう言った。部屋に戻ろうとしていたと、アンドルーはさっき言っていたし、何か用事があるのかも知れない。でも、少し体調が悪そうな様子にも見えた。アンドルーは、そのまま歩いて行こうとするが、ピタッと立ち止まった。その時、カールが僕の名前を呼んだ。

「遙人。」

 カールの方を見ると、目配せをしてくる。春休みのことを頼むために、カールは今日ここに来たのだ。


「アンドルー兄ちゃん。春休みなんだけど、遊びに連れて行って欲しいんだ。僕たちの保護者として。」

「わかった。いいよ。」

「カールも一緒だけど、大丈夫?」

「ああ、問題ない。」


 アンドルーは、僕が話し始めると、考える時間を持たず、食い気味に返事をした。適当に返事をしているんじゃないかと思うくらいだったが、口とは裏腹に顔は優しく微笑んで快諾してくれた。そして、虫でも払ように小さく頭を振ると、足早にリビングを出て、階段を上がって行った。その足音が、聞こえた。

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