第4話 兄たちとの新しい生活

 新しい家には、敷地内にメイド用の別棟があって、実際にメイドさんが三人もいた。彼女たちが、全部の家事をやってくれた。


 最初にこの新しい家に来た時に、僕が「あっちの家は?」とカルロスたちに尋ねると、メイドたちが使う用だと、カルロスが言っていた。その時は、ただ「ふーん」としか思わなかったが、いざ外国人っぽいメイドさんたちが働いている姿を見ると、まるで映画の中の世界みたいで、とても凄いことのように思えた。


「ねえねえ、アンドルー兄ちゃん。アンドルー兄ちゃんたちが住んでいた家にも、メイドさんっていたんでしょ。何人いたの?」

「さあ、何人だろう。そういうことは、あんまりちゃんと考えたことないな。たぶん、十人くらいじゃないか。そんなには、いなかったかな。」


 僕が学校から帰ってくると、いつもアンドルーがリビングのソファーで、一人で本を読んでいた。メイドさんもいて出迎えてくれはしたが、あまり話はしてくれなかった。


「十人? ここよりも大きい家なの?」

「そうだよ。お城みたいに大きい屋敷だよ。」

「お城? 嘘だあ。そんな家、この近くで見たことないもん。」


 今のこの家も、僕にとっては十分にお屋敷だ。庭だって、結構な広さがある。これ以上に大きいお城みたいな屋敷があるなんて、僕には全く想像が付かなかった。だから、アンドルーが嘘を言っているのではないかと、僕は思った。


「じゃあ、今度行ってみる?」

「うん、行く。明日、学校が終わってから、行ってもいい?」

「明日は無理だな。新幹線に乗って行かないといけないからさ。魔法で飛んでいけば、もうちょっと早く行けるかも知れないけどな。」


 僕には、アンドルーの話のどこまでが本当なのかが、分からなかった。でも、魔法とか言い出すし、絶対に僕を揶揄からかっているのだと心の中で思いながら、その話に付き合った。


「ええ、遠いの? じゃあ、魔法で。」

「遙人も連れて行くような魔法は、俺一人じゃ使えないんだよ。親父か、ラウロに頼まないと。」

「じゃあ、ラウロに頼んで!」

「ラウロは気まぐれだからな。疲れることだし。なかなか、そういう頼みは聞いてくれないんだよな。」


 アンドルーは真面目な顔をして、なおも話を続ける。僕は聞いていて、どういう設定なんだろうと思った。なんだか、アンドルーの話し振りが苦し紛れに見えたので、僕は言った。


「冗談だよ。魔法なんてあるわけないじゃん。僕も、もうすぐ六年生だよ。魔法なんて、信じてないよ。」


 アンドルーは、僕のことを子供だと思って揶揄ってくるが、僕のほうからそれを終わらせた。ここ数週間、アンドルーと話していて、アンドルーが優しい人だということは分かっていた。いつも勉強を教えてくれるし、話し相手にもなってくれる。他の家族は、みんな夕方を過ぎないと帰って来ない。帰って来ても、すぐに自分の部屋に行ってしまうから、兄が八人増えたといっても、近所のお兄さんが増えたくらいにしか、僕は感じていなかった。


「遙人、ご飯の前に、お風呂に入っちゃおうか。みんなが帰ってきてからだと、順番待ちが大変だから。」

「先にお風呂に入ると、達也兄ちゃんがヤキモチ焼くからな。一昨日、アンドルー兄ちゃんと先にお風呂に入った時、すごい文句を言われたし。やめとく。」


「わかった。じゃあ、達也が遅くなる時だけ、俺と一緒に入ることにしようか。」

「いいけど、そんなの分かるの?」

「分かるよ。魔法使いだからな。」


 そう言って、アンドルーは笑った。アンドルーは、父親のルーカス・ロックハートと同じ金髪で、背もとても高くて体格が大きい。瞳の色も緑だし、日本人の母の血が入っているとは全く思えない、外国人の見た目をしている。達也も背は百七十八センチあるが、達也と一歳しか違わないはずなのに、アンドルーの方がだいぶ大人に見えた。


 もしかしたら、髪の毛のセットの仕方の印象も、加わっているのかもしれない。達也の見た目は普通にお兄さんだが、アンドルーは小学生の僕からすると、若いおじさんという感じだ。


 もう一人のラウロは、髪の色も瞳の色もグレーっぽい。体も、アンドルーやカルロスほどは大きくなく細身で、おじさんっぽくは見えない。たった一歳や二歳の違いで、これ程までに印象が違うのが、僕にはとても不思議だった。


「アンドルー兄ちゃんは、お母さんのこと覚えてるの?」

「千春ママは、カルロスが七歳の時まで、一緒に屋敷で住んでいたはずだから、少しは覚えてる。」

「なんだ、少しだけか。」


「遙人は、千春ママの話が聞きたかったのか?」

「お兄ちゃんたちは、お母さんと一緒に過ごしたことがあるのかなと、思っただけ。」

「俺は、これから弟の遙人とたくさんの時間を過ごせるから、それで十分だけどな。」


 アンドルーはそう言うと、隣に座る僕を両腕で強く抱き寄せて、膝の上に座らせた。アンドルーが顔をくっ付けてくるから、僕は逃げようとしたが、腕は太いし全く敵わなかった。


「もお、離してよ。」


 しばらく抵抗してみたが、アンドルーは離してくれなかった。そこに、中学三年生の湊が「ただいま。」とスリッパの音を立てながら帰ってきた。湊は、ソファーにいる僕たちを見ると、言った。


「お子様かッ!」


 そのままキッチンに弁当箱を置いて、湊は出て行こうとする。アンドルーは、そんな湊を振り返ると、声を掛けた。


「湊も抱きしめられたいのか?」

「そんなわけない!」


 湊は、ふっと息を吐いて足を留めたが、馬鹿馬鹿しいといった表情をして出て行った。中学三年生の湊は、高校受験の真っ最中だ。来年は、一つ下の諒も高校受験があり、智樹と蓮も高校三年生になるから大学受験がある。


 今年、高校を卒業する孝介は、大学には行かず就職することに決めたらしい。まだ、今の生活や互いの存在に馴れていないのか、それ以外にも何か悩みがあるのか、なんだかみんな浮かない顔をしているように見えた。


「かわいそうに。まあ、弟は遙人だけだから、俺たちには関係ないことだが。」


「湊兄ちゃんは、かわいそうなの?」

「遙人にとっては、いちおう兄弟だったな。湊だけじゃなく、みんな相談相手が欲しいみたいだな。まあ、朝倉さんでも誰でも、さっさと相談すればいいと思うが……。俺も、相談されれば聞いてやらないこともない。」


 アンドルーは、みんなの事情を把握しているような言い方だった。僕は、どうして知っているのだろうと思いながら、アンドルーを見た。


「湊兄ちゃんたちは、何を悩んでるの?」

「主に、金銭的なことだろうな。あとは、今の生活は一時的なものなのか継続可能なものなのか、それが分からなくて不安になっている。――そんなところだな。」


「ふーん、よく分からないけど、それってアンドルー兄ちゃんが話を聞いてあげたら、解決するの?」

「彼らは、俺に話して解決するような問題ではないと思っているだろうけど、どうだろうな。」


 大人の余裕というか、僕にはアンドルーが不思議な言い方をしているように感じられた。本当は全部答えを分かっていて、知らない振りをしているような感じだ。


「かわいそうだと思うんだったら、解決してあげてよ。」

「そうだな。遙人が、俺たちのお願いを聞いてくれたら、俺たちも遙人がお願いするんだったら、聞いてやってもいいかな。」


 アンドルーが、なんだか頭が混乱するような言い回しをしてくる。僕は、ややこしくて頭がこんがらがった。要するに、アンドルーのお願いを、僕が聞けばいいということなのだろう。

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