春紫苑

芥山幸子

折ったり、摘んだり

風に誘われて揺れた夏草が頬をかすめる。胸いっぱいにその香りを吸い込みながら、穏やかな初夏の日を見上げていた。

ものすごく大切な人がいた気がする。いや、あの人がすごく大切だった気がする。

今はもうはっきり分からない事だ。


夢から醒めて、青い空からいつもの天井に景色が切り替わる。


君だけでよかった。最初から君だけがずっと僕の心を掴んでいた。この気持ちを奪ったまま走り続け、そこには追いつけないほどの溝があった。君と僕との隔たりは人生や距離だけじゃない。


「別れよう」


あの日に戻った気になって言った。お互いの時間を使い合って、思い出ができて。心に残り続けるなら。それが空白になってただの穴が空くのなら。それを知っていたなら僕は君を手放せたのにな。

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春紫苑 芥山幸子 @pecori_

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