人は生まれてきた以上、生きる義務がある

春風秋雄

俺は衝動的に電車に乗った

娘の七海と会うのは久しぶりだ。結婚してすぐの正月に旦那さんの亮太君と新年の挨拶にうちに来てくれた時以来だから、3年ぶりになるのか。七海が大学進学で家を出て東京へ行ってからこの方、俺の方から七海に会いに行ったことはない。そんな俺が今、七海の嫁ぎ先の家へ向かって電車に揺られている。

七海が住んでいる家の最寄り駅である桜台に着き、スマホの地図案内にあらかじめ入力していた住所を呼び出し、ルート案内をスタートさせた。徒歩7分と出ている。ルート案内の通りに道を進んでいると、本当に7分で目的地に着いた。築10数年と言っていたが、まだ綺麗な家だ。俺は呼び鈴を鳴らした。インターフォンから七海の声がした。

「はーい。・・・あれ?お父さん?」

モニターで俺の顔を確認したのだろう。七海が驚いた声を出した。

しばらくして、ドアが開いた。

「お父さん、どうしたの?」

「やあ、来ちゃった」

「来ちゃったじゃないわよ。来るなら来るって言ってよ」

久しぶりに父親の顔を見たというのに、娘の顔は、とても歓迎している表情ではなかった。


俺の名前は森原崇。現在53歳だ。茨城県の笠間市に住んでいる。日本三大稲荷の笠間稲荷神社がある街だ。俺は大学を卒業してからずっと高校教師をしていた。しかし、事情があって1年前に退職した。現在は、無職だ。ひとり娘の七海は大学を卒業して2年後に大学の同級生だった宇野亮太君と結婚した。それから半年もしないうちに、七海が結婚するのを待っていたかのように、妻の久美子が離婚を切り出した。俺としては寝耳に水だった。別れたい理由は何だと聞くと、久美子は俺のこういうところが気に食わないということを、延々と数えきれないくらい並べ立てた。俺はそれを聞いていて、うんざりして、離婚に抗う気力がなくなった。久美子も中学校の教諭をしているので、離婚しても経済的に困ることはなかった。住んでいた家は、久美子の両親がかなりの額を援助してくれていたこともあるが、七海が里帰りする家がないと困ると久美子に言われ、俺は賃貸マンションを借りて家を出た。確かに、娘が里帰りする場所は父親のところではなく、母親のいる場所だろう。

離婚を機に、俺は仕事への意欲がまったくわかなくなった。何でもないミスはするし、ちょっとしたことで生徒に当たることもあった。このままじゃあ、生徒に申し訳ないと思い教師を辞める決心をした。

娘も妻もいなくなり、仕事までなくなって、俺は自分がこれからどう生きて行けば良いのかわからなくなった。教員を退職した際の退職手当は、自己都合退職のため、大した額ではない。貯金と退職手当で生活を切り詰めて暮らしていたが、さすがに1年経つと心もとなくなってきた。そろそろ働かなくてはと思うのだが、どんな仕事につけば良いのかわからない。そして、何より働く意欲が湧いてこなかった。そんなとき、家から持ち出したアルバムを開いて七海の小さい頃の写真を見ていたら、無性に七海に会いたくなった。そして、衝動的に電車に乗ってしまったというわけだ。


とりあえず七海は俺を家にあげてくれた。リビングに座っていると、

その日は休日だったので、旦那さんの亮太君も、亮太君のお母さん、つまり七海の姑の美穂さんも在宅していたようで、二人が挨拶にきた。

「お義父さん、ご無沙汰しています」

「森原さん、遠くからようこそ」

美穂さんの旦那さんは10年ほど前に他界されているとのことだ。旦那さんがいなくなってから、美穂さんは女手ひとつで亮太君を養って大学まで行かせた。美穂さんは教員経験はないが、教員免許をもっていることから、塾の講師をしていたが、旦那さんの生命保険金がおりたのを機に、小さいながらも自分で塾を経営している。外で働いているからか、見た目は年齢よりもずっと若い。俺より2つ下だと聞いていたから51歳のはずだが、どう見ても40代半ばにしか見えない。そして、とても綺麗な女性だ。

「それでお父さん、今日はどうしたの?」

「いや、ちょっと七海に会いたくなって来てみたんだ」

美穂さんは、ジッと俺の顔を見ていた。

「お義父さんは、もうお仕事につかれたのですか?」

「いや、まだだ。そろそろ仕事探しをしようかと思っている。仕事を始めたら忙しくなるので、東京までくる機会を作れなくなるだろうから、今のうちにと思ってね」

俺たちの会話を聞いていた美穂さんが唐突に言った。

「森原さん、今日はうちに泊っていってください。もうすぐ夕飯の準備をしますから」

「お義母さん、別に泊めなくてもいいですよ。うちは3人とも、明日は仕事なんですから、夕飯食べてからでも父は十分帰れますので、そこまでして頂かなくても大丈夫ですよ。ねえ、お父さん。」

七海は俺を泊めたくないようだ。たしか20時台の電車に乗れば今日中に笠間に帰れたはずだ。

「ああ、そうだね。せっかくだから夕飯はご一緒させて頂きますけど、私はそのあと帰りますからお気遣い無用ですよ」

「大丈夫です。私の仕事は夕方からなので、それまで私が森原さんのお相手をしますから、七海さんは心配しなくていいですよ」

七海も美穂さんにそこまで言われては、それ以上何も言わなかった。


夕食時にしろ、食後にリビングでお茶を飲んでいる時にしろ、七海は俺がいることで美穂さんと亮太君に気を使っているのが、ひしひしと伝わってきた。やっぱり来るべきではなかったと少し後悔した。しかし、美穂さんはことのほか俺に対して親近感をもって接してくれた。教師時代のことを色々聞かれた。俺は数学を受け持っていたが、物理も化学も、理系の学科は得意だった。逆に国語と社会はどちらかと言えば苦手な分野だった。美穂さんは俺とは逆に文系の科目は得意だが、理系の科目は苦手で、塾ではもっぱら雇っている講師にそういう科目は任せているといっていた。

お客さんだからといって、俺を一番風呂に入れてくれた。風呂からあがると、美穂さんの旦那さんが使っていた2階の部屋に布団を敷いてくれていた。部屋には旦那さんが残した本や趣味で作っていたと思われる、飛行機や船などのプラモデルがそのまま飾ってあった。


翌朝、俺が起きてリビングへ下りていくと、七海も亮太君もすでに出勤で家を出た後だった。

「おはようございます。すみません。寝坊しましたかね」

台所で洗い物をしている美穂さんに声をかけると、美穂さんは振り向いて笑顔で挨拶してくれた。

「おはようございます。良く寝むれました?」

「ええ、おかげさまで」

「あの二人は仕事場が遠いので、いつも7時過ぎには家を出るんです。今コーヒーを入れますね」

「ありがとうございます」

テーブルを見ると、俺の分のハムエッグとサラダが置いてある。美穂さんは食パンをトースターに入れてタイマーをセットした。朝食を食べるのは久しぶりだ。離婚してからは面倒なので朝食は抜いていた。

「笠間に帰るのに、終電は何時なんですか?」

「たしか桜台を20時半くらいのが終電だったと思います。でも、今日は朝食を食べたらもう帰りますので」

「今日は何か予定があるのですか?」

「特に予定があるわけじゃないですけど」

「だったら、今日は私に付き合ってくださいな」

俺に断る理由はなかった。


朝食のあと、俺は美穂さんの運転で買い物に付き合った。まず行ったのは本屋さんだった。参考書のコーナーで、美穂さんは俺に意見を求めた。

「学校では受験用にどのような参考書を推薦しているのですか?」

「学校として推薦することはないですが、僕のところに相談に来た生徒にはこれを薦めています」

俺が指さした本を美穂さんは捲ってみて、なるほどと頷いた。

美穂さんは大学受験用、高校受験用、中学受験用と、参考書を買いあさった。結構な量になり、一人で持つには重い。半分ずつ二人で持って車に運んだ。

次に行ったところは文房具店だった。買うものは決まっているようで、美穂さんは店員にメモを渡し品物を揃えさせた。模造紙やボールペン、ホワイトボードマーカー、鉛筆など、ここでも大量の買い物をした。

文房具店を出て時計を見ると昼だったので、ランチにすることにした。美穂さんは俺の意見も聞かず、ラーメン屋に入った。

「ここの豚骨ラーメンが美味しいのよ」

勧められるまま俺は美穂さんと同じ豚骨ラーメンを注文した。

「ねえ森原さん、今日一日でいいので、塾を手伝ってくれない?」

「僕がですか?」

「ちょうど理系を担当している講師が今日休んでいるのよ」

「でも、塾を手伝っていると最終電車に間に合わなくなってしまいますよね?笠間に帰れなくなっちゃいますよ」

「じゃあ、今日も泊まればいいじゃない」

「と言われても、泊まる準備は何もしてきてないですから、今日だって昨日と同じものを着ているんですよ。さすがに3日も同じものを着るのは辛いですよ」

「着替えがあればいいのね?だったら、今から買いに行きましょう」

ラーメンを食べ終えると、美穂さんは俺をショッピングセンターへ連れて行った。俺は下着だけ買えば良いと思っていたのに、美穂さんはパジャマや歯ブラシ、整髪料とヘアーブラシ、髭剃り用のカミソリなど、ひと揃い買った。とりあえずお金は美穂さんが出したので、後から立て替えてもらった分を返さなければいけない。ちょっとした出費になってしまった。そう思っていたら、美穂さんは最後に紳士服コーナーへ行って、ブレザーとカッターシャツを選びだした。

「宇野さん、僕、それほどお金を持ってきてないですから、そこまでは…」

「お金は心配しなくていいですよ。今日のアルバイト代ということで。それより、講師をやる以上は、ちゃんとした格好をしてもらわないと塾の信用にかかわりますから」

そう言われてしまうと、断るわけにはいかなかった。


美穂さんはそれから夕飯用の食材を買って、一旦家に帰った。そして俺に風呂に入って髭を剃って、新しい下着に着替えるように言った。言われるまま俺は風呂に入り、買って来たカミソリで髭を剃り、新しい下着に着替え、買ったばかりのカッターシャツに袖を通した。

風呂から出ると、美穂さんは夕飯の支度をしていた。どうやら今日はクリームシチューにするようだ。

「塾へ行くのに、ここを何時に出るのですか?」

「子供たちが6時半には来るので、準備の時間を考えてここを5時半には出ます」

「じゃあ、それまでに夕飯を食べて出るということですか?」

「さすがにそんな時間に食べられないでしょ?おにぎりを2つばかり持って行って、子供たちが来る前に食べて、あとは帰ってからゆっくり食べるようにしていますよ」

「帰ってくるのは何時なんですか?」

「塾が終わるのが9時半なので、家に戻るのは10時くらいですね」

「じゃあ、いつもそんな時間に夕飯を食べているのですか?」

「そうよ。だから、ちょっと気を許すと太ってしまうので、出来るだけ運動はするようにしているんだけどね」

亮太君は、お父さんがいなくなってからは、独りで夕飯を食べていたのだろうか。亮太君は高校生になっていたのだろうが、それでも寂しい思いをしたのではないかと思った。


学校の教室と塾の教室は異なるとは言え、久しぶりに目の前に生徒がいる現場に俺は緊張した。美穂さんは子供たちに俺のことを今日だけのアシスタント講師だと紹介した。

最初は何をすれば良いのかわからなかったが、生徒からここを教えて欲しいと言われて、ホワイトボードを使って解説していると、他の子供たちも真剣に聞いていた。それから次から次へと、質問が飛び交い、俺は徐々に教師時代に戻って熱弁を振るうようになった。

9時半にすべての子供たちが教室を出ると、俺はくたくただった。しかし、久しぶりに充実感はあった。

「塾の講師はどうでした?」

「意外に疲れる仕事ですね。でも久しぶりに充実した時間を過ごせました」

「それはよかった。だったら、本格的にうちの塾の講師になりませんか?」

「ここの講師にですか?」

「今お願いしている講師が来月で辞めるんです。そうすると、また理数系に強い講師を探さなければならないので」

「でも、ここの講師をするということは、僕は引っ越してこなければいけないということですよね?」

「笠間からは通えないですから、こっちに拠点を移してもらうことになりますよね」

「・・・」

「笠間に執着があるのですか?」

「笠間には何の未練もないです。家も妻に譲りましたし。でも引っ越すとなると、お金のことを含めて色々大変だなと思って」

「だったら、ある程度の荷物だけ持ってきて、とりあえずうちを仮住まいにすればいいじゃないですか」

「いやいや、それは七海が嫌がるでしょう」

「あら、あの家は私の家ですよ。もし亮太夫婦が嫌がるのであれば、あの子たちが家を出れば良い話です」

そんなことになったら、七海は二度と口をきいてくれないだろう。何よりも、七海夫婦が出て行ったら、あの家に美穂さんと二人きりで住むことになるではないかと思ったが、それは口に出さなかった。


家に帰ると、七海が俺の顔を見て驚いた。

「お父さん、帰ったんじゃなかったの?」

「私が頼んで、塾を手伝ってもらったの」

「お義父さん、塾の講師はどうでした?」

亮太君が聞いてきた。

「久しぶりに子供たちに接して楽しかったよ」

「それで、森原さんには本格的にうちの塾の講師をしてもらうことにしたから」

「お父さん、本気なの?」

「うん、まあ、塾の講師もいいかなと思って。そろそろ仕事を探さなければと思っていたところだし」

「じゃあ、こっちに引っ越してくるの?」

七海があきらかに嫌そうに聞いた。俺が言い淀んでいると、美穂さんがすかさず言った。

「それで、しばらくは当面の荷物だけ持ってきてもらって、ここに同居してもらうことにしました」

「ええー!お父さんがここに住むの?」

「七海さんは嫌なの?」

美穂さんがキツイ目で七海を見た。

「嫌ってことはないですけど」

「だったら決まりね。明日私の車で荷物を取りに行きましょう」

部屋の中を何とも言えない空気が流れた。俺はやっぱり断った方が良かったのだろうか。しかし、今日の経験で、塾の講師をやってみたいという気持ちが湧いてきたのは確かだ。この年で他の塾が雇ってくれるとも思えない。七海が何と言おうと、ここは押し切るしかないと思った。


翌日美穂さんの車で笠間まで荷物を取りに行った。片道2時間のドライブだ。

塾の仕組みや時間割などを説明したあとに、美穂さんがいきなり聞いてきた。

「森原さんは、どうして離婚されたのですか?」

「妻からいきなり離婚を切り出されました」

「森原さんが浮気でもしたのですか?」

「とんでもない。僕は浮気なんかしたことないですよ」

「じゃあ、どうして?」

「まあ、僕が悪いのでしょうね」

俺はそう言いながら、久美子が並べ立てた気に食わないことのうち、覚えているものを列挙した。

「そんなのは、どこの家庭の奥さんも抱えている不満ですよ。私も主人が生きているときは、同じような不満を抱えていました」

「そうなんですか?」

「そうですよ。ですから、先ほど言われた離婚の理由に関して言えば森原さんに責任があるとは思えません。もし責任があるとすれば、もっと早く奥さんと話し合う機会を作らなかったということでしょうか」

なるほど、久美子と話し合う時間を作らなかったことは確かだ。結局のところ、それが原因なのだろう。


笠間で荷物を積んで、帰りの道のりで俺は美穂さんに聞いた。

「宇野さんは、再婚は考えなかったのですか?」

「亮太は高校生で気難しい年頃でしたし、大学生になったころには塾の方が忙しくて、出会いもないし、考えなくなりましたね」

「寂しくはなかったですか?」

「そりゃあ、寂しいと思うことは度々ありましたよ。特に亮太が結婚して、母親としての責任が終わったと思ったときは、私はこれから何のために生きていくのだろうって思うこともありました。だから、余計に塾の経営にのめり込んでいったのでしょうね。森原さんも離婚してからは寂しかったのではないですか?」

「寂しいというのか、むなしいというのか、七海もいなくなって、妻もいなくなって、魂の抜け殻みたいになっていましたね。それで仕事まで辞めてしまったから、本当に何のために生きているのだろうって思いました」

「そうでしょうね。でもね森原さん、人間はこの世に生まれてきた以上は、生きていく義務があるのです」

「生きていく義務ですか?」

「そう。神様がもういいよっていってくれて、寿命が尽きるまでは嫌でも、辛くても、生きていく義務があるのですよ。だから、その義務をまっとうするのに、楽しい人生にするか、辛い人生にするかは自分次第です。そのために仕事でもいいし、趣味でもいいし、そして恋でもいい。自分が楽しいと思えることで、人生を楽しくしていくしかないんです」

美穂さんは、一昨日俺がいきなり訪ねてきたときから、俺の心の内を何か感じ取っていたのかもしれない。

「なるほどね。だったら宇野さんも仕事以外でも楽しいことを見つけた方がいいですよ」

「そうね。私も、もう一度恋でもしてみようかしら」

美穂さんは、そう言ってカラカラと笑った。


笠間から荷物を持ってきて、本格的に俺は新しい生活に突入した。七海は毎日俺と顔を合わせるたびに「早くアパートを見つけてね」と言ってきた。

塾の仕事は楽しかった。やっと慣れてきた頃に、前任の講師が辞めて、理数系の科目は俺一人で面倒見ることになった。その分やりがいもあった。9時半に生徒が帰ったあとに、美穂さんと指導方針で意見を戦わせることもあった。家に帰ってからも、二人で夜遅くまで試験問題を作成することも頻繁になってきた。必然的に俺と美穂さんの朝起きる時間が遅くなってきた。俺たちが起きると、七海夫婦はもう家にいないといった感じで、七海と顔を合わせる時間が減って来た。そうやって頑張っている俺たちの姿を見て、七海も俺に対して何も言わなくなってきた。


ある日、俺は布団に入り、もうそろそろ寝ようかと思っていたところに美穂さんが部屋に来た。ある生徒の指導方針に関しての相談だった。俺は布団の上に座って美穂さんが持ってきた、その子の答案用紙や資料に目を通していた。ふと見ると、美穂さんは布団の横に座りながらウトウトとしている。よほど疲れているのだろう。俺は美穂さんをそっと抱くようにして、ゆっくりと俺の布団に寝かせた。枕に美穂さんの頭を置いたところで、美穂さんが目を開けた。

「あ、ごめんなさい。私寝ていました?」

「大丈夫ですよ。そのまま寝て下さい」

俺がそう言うと、美穂さんはジッと俺の目を見つめながら言った。

「以前、私が、もう一度恋でもしてみようかしらって言ったのを覚えています?」

「ええ、覚えていますよ」

「私、すでに恋をしているようです」

俺はたまらず美穂さんを強く抱きしめた。


それから2か月ほどした頃、美穂さんと話し合って、俺たちの関係を七海夫婦に告げることにした。

二人を前に、美穂さんが説明すると、二人とも驚いた。

「二人は結婚するということですか?」

七海が勢い込んで聞いた。

「まあ、そういうことになるだろうな」

俺がそう言うと、七海は血相を変えた。

「信じられない。そんなの嫌です。私は反対です」

すると七海に同調して亮太君も口を出した。

「僕も、さすがにそれはどうかと思うよ。僕たちのそれぞれの親が結婚するなんて」

それを聞いて美穂さんがムッとして言った。

「だったら、あなた達が離婚しなさい。あなたたち二人が赤の他人になれば何の問題もないということでしょ?」

それを聞いて亮太君も七海もあっけにとられた。

「あなた達の結婚に関して、私は何も言いませんでした。それは、結婚は親のためにするものではないから。二人で決めたことであれば私が口出しすることじゃないと思ったからです。もし私が反対したら、二人は結婚をやめていたのですか?」

二人は何も答えられなかった。

「私たちの結婚も同じです。すでに成人している、あなた方、子供たちのためにするんじゃありません。崇さんと二人で決めて、自分たちの幸せのためにするんです」

美穂さんに言われて、二人は黙り込んでしまった。

おずおずと七海が質問した。

「結婚したあとは、ここで暮らすのですよね?」

「当然です。ここは私の家です」

二人は顔を見合わせた。そうとう嫌そうだ。

「そして、あなた達にはここを出て行ってもらいます」

亮太君の顔色が変わった。

「ちょっと待ってよ母さん、何も俺たちを追い出さなくても・・・」

「私たちだって、新婚気分を味わいたいもの」

「そうかもしれないけど・・・」

「あなた達には、大崎にマンションを買ってあげたから、そこに住みなさい。今より通勤は楽になるはずです」

「うそ?」

「本当ですか?」

二人して表情が一変した。それから美穂さんは購入したマンションのカタログを二人に見せてあげた。


それまで、俺たちは子供たちに悟られないように、朝二人が出勤してから、どちらかの部屋に行くようにしていた。しかし、その日の夜、美穂さんは、堂々と枕を持って俺の部屋にきた。美穂さんは俺の布団に入って言った。

「これから20年なのか30年になるのかわからないけど、神様がもういいよって言うまで、楽しい人生にしましょうね」

俺は何度も頷きながら、美穂さんを抱きしめた。

あの日、七海に会いに、ここまで来て本当に良かったと思った。


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