第5話 初出勤は緊張するものです!
「おねーちゃん……ついに疲れすぎて……!」
「まって梨々花。嘘みたいに聞こえるかもしれないけど本当のことなの!」
「うんうん、そうだね。大丈夫だよ。梨々花がすぐに高校生になっておねーちゃんの食費を稼げるくらいバイトするから」
色々あって深夜まで吸血鬼たちの元で過ごしたマナですが、朝になって梨々花に就職先が決まったことや、その経緯を話しました。
もちろん吸血鬼が、なんて話せるわけもないのでかなり曖昧な説明になってしまいましたが、結果として可哀想なものを見る目を向けられ、マナも自分の記憶に自信が持てなくなってしまいました。
(いや……うーん。確かに吸血鬼とか人狼とか荒唐無稽すぎるよね……夢だったのかなぁ)
自分が疲れている自覚もあり、もしあれが夢で現実でいまだに就職が決まっていなかったら……と、マナはいやな想像をして胃の辺りに鈍い痛みが走りましたが、梨々花はそんなこと気づかずに姉を心配し続けます。
「あのね、おねーちゃん。男なんて皆オオカミなんだよ? 特に理由もないのに送り迎えを申し出るとか、もう下心の塊でしかないでしょ!」
全国トップクラスの学力だけあって小学生とは思えない危機管理能力と知識です。
「おねーちゃん、本当に疲れてるんだよ。今日はゆっくり休もう?」
「えっ、でももうすぐお迎えが——」
「来ないって。万が一来ても梨々花が追い払ってあげる! 大きな声で『ロリコンです』って言えば一発で——」
ふんす、と鼻息も荒くした梨々花がマナを自室に押し込もうとしたその時です。
――ピンポーン。
軽快なインターホンの電子音が響きました。
「あっ、出なきゃ」
「待っておねーちゃん!」
二人でもつれあいながら玄関の戸を開けます。
そこに立っていたのはアーヴァインでした。昨日出会ったときとは違い、カジュアルな私服を身にまとっていましたが、モデルのお忍びに見えてしまうほど似合っていました。
「あっ、アーヴァインさん。おはようございます」
「おはよう、マナ。えっと、そっちの子は?」
「妹の梨々花です。あなたがおねーちゃんの上司……さん、ですか?」
「そうです。アーヴァインと言います。よろしくお願いします」
にっこりと微笑んだアーヴァインに探るような視線を向けた梨々花ですが、挨拶もそこそこにマナを引っ張り込んでひそひそし始めました。
「おねーちゃん! あれ、どう考えてもSSSクラスのウルトラ優良物件だよ!」
「ウルトラ……えっ?」
「上から下までアルマーニで腕時計はロレックス! しかも成金に見えない感じでざっくり着こなすイケメンで外国の人なのに日本語も達者で、偉そうな雰囲気もなし! 絶対に離しちゃだめだよ!?」
「えっ、ええええ……?」
「送り迎えで良い感じにマチガイを起こしてもらえれば就職難をぶっ飛ばして永久就職できるから!」
「えっと、梨々花、まだ小学生だったよね?」
「今どきの小学生なら常識よ!」
梨々花の頭がよく、私立に通っていることは知っているものの、色々と心配になってしまうマナです。どれほど疲れていても、どれほど妹が耳年増だとしても、おねーちゃんは心配になるものなのです。
「私のクラスにぶっ飛んだ天才金持ちイケメンが四人いるから色々詳しくなっちゃうの! 週末ハワイで待ち合わせ、とかフツーにやるような連中なんだから!」
「そ、そうなんだ」
「そうよ! 女子はもう血に飢えた狼かってくらいがっついてて話しかけただの班が一緒になっただのとピーチクパーチクうるさいんだから!」
「えっと、梨々花は興味ないの?」
「ない! というか邪魔! 私はおねーちゃんを養うためにたくさん勉強しないといけないの!」
「……梨々花……!」
「だいたい、生まれてからずっとちやほやされるのが普通だったからって自分に興味を持たないだけで『ふーん、おもしれー女』とか何様って感じ……じゃない。今は私の話は良いの!」
「少女漫画とかで主人公やれそうだねぇ。梨々花の方が先に永久就職しちゃいそう……」
「逆ハーなんてノーセンキュー! そんなことより今はアーヴァインさんをどうやってオトすかよ!」
「オトさないしオトせないよ!?」
「大丈夫。おねーちゃんは愛嬌あるし美人だし癒し系だから! デキる男の人ほど癒しを求めるって言うし!」
勢い込む梨々花とは対照的にマナのテンションは直滑降です。
何しろ、雇用主との恋愛ともなれば破局イコール退職なので、当然といえば当然です。
思い出したくもない数の面接を受け、落とされてお祈りメールやお祈り封筒、果てはお祈り絵葉書までもらった身としては、安定した長期雇用が理想でした。
(恋愛とかは後回し! しっかり仕事してやる気をアピールしないと! 人は印象が9割って言うし!)
そう考えたところで、せっかく迎えに来てくれた雇用主を玄関先で待たせていることに気づきました。
「梨々花、おねいちゃん行ってくるね! アーヴァインさん、お待たせしましたっ!」
「いや、構わないよ。妹さんとも仲が良さそうで微笑ましいね」
「おねーちゃん! ふぁいと~!」
梨々花の声援を背に、マナは玄関を出ました。
もちろん何をどうファイトするのかはマナと梨々花で大きな相違があるのですが、初出勤なので頭の中から余計な思考を追い出しました。
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