第4話 素敵な上司の元でなら頑張れそうです!
アーヴァインに声を掛けたのは背の低い老婆でした。黒のワンピースにフリル付きのエプロンを重ねた姿はどこからどう見ても侍女ですが、お仕事をするには年を重ねすぎているのでは、と心配になってしまいそうなほど高齢に見えます。
しわの刻まれた顔には柔和な笑みが浮かんでおり、マナもなんとなくほっとしてしまいます。
「うん。リカルドが例の予言を打ち破るために召喚の儀式を行ったらしくてね。この子――マナが召喚されたんだ」
「紆余曲折あって雇用することになったんだが、なぜかアーヴァインがノリノリで契約を詰めていたところだ」
「陛下は仮にもヴァレイシス王国の国王陛下ですよ。雇用契約を結ぶのに年端も行かぬ少女を膝の上に乗せるのですか?」
「怒るなイレーヌ。少女というが、人間だぞ」
「人間だとしても、年頃の女の子にすることではありませんよ。リカルド、あなたも陛下を甘やかすばかりでなく、宰相としてきちんと諫めなければなりません」
笑顔なのに妙な圧を感じる老婆――イレーヌの言葉にリカルドはばつが悪そうに視線を逸らしました。
「陛下? その少女を下ろしてさしあげてくださいな。あまり強引だと嫌われてしまいますよ?」
「ふむ。イレーヌがそう言うならば、仕方ないな」
カウチソファのような玉座の横に座らされたマナに、イレーヌは優雅な礼をしました。
「申し遅れました。私は陛下の侍女長をしております、人狼のイレーヌと申します」
「日向マナです! お世話になります!」
「元気のいい子ですね。侍女を志望するとのことでしたが、詳しい説明は?」
「雇用条件は聞きました!」
「……予言や陛下のことは?」
「…………?」
何を訊ねられているか分からずにマナが黙ると、イレーヌは事情を察しました。
「リカルド?」
「ま、待てイレーヌ! これから説明しようと——」
枯れ木のような細い腕がぶれて、早口で言い訳をしていたリカルドの身体が冗談みたいに吹き飛びました。
「勝手に召喚しておいて碌な説明もなしとは……女性の扱いについて学びなおしなさい」
壁に激突したリカルドが熟れたトマトみたいになりましたが、吸血鬼だけあってすぐさま再生、バツが悪そうに頬を掻いていました。
とてつもなくバイオレンスなはずの光景ですが、当の本人にダメージがないのでどうにも
「さて、それでは上司でもある私が説明しましょう。部屋の案内や支給する服のサイズ合わせもあるので、ついてきてくださいな」
「は、はいっ」
「服なら心配しなくていい。仕立て屋を手配して、良いドレスを仕立てる」
「陛下、ドレスを着た侍女などおりません」
ぴしゃりと言い切ったイレーヌに連れられ、マナはアーヴァイン達の元を離れました。何が何だか分からず心の中は不安でいっぱいでした。
「おそらく何が何だか分からず混乱されているでしょう?」
「は、ひゃい!」
「緊張しなくても大丈夫ですよ。とって食べたりはしませんし、させませんからね」
柔和な笑みを浮かべたイレーヌに内心を読まれてぎくりとしましたが、イレーヌは特に気にした様子もありません。
「人狼なので魔術はからきしですが、その隷属契約もいざとなれば無理やり破棄させますから安心してください」
「ありがとうございます」
「でも、せっかくだから可愛くて元気な若い子と一緒に働きたいですけどねぇ」
にっこりと微笑みかけられ、マナの心に優しさがじんわりと染みていくようでした。
(は、働きたいって……私を雇用してくれるって……!)
吸血鬼だとか人狼だとか言われて戸惑っていたマナでしたが、200社以上落ち続けたこころの傷に、イレーヌの笑みが染み込んでいきました。
(……とりあえずお試しで働いてみようかなぁ)
こうしてマナはややエキセントリックな方法で就職先が決まることになりました。
***
一方、玉座の間に残されたアーヴァインとリカルドは、同時に大きな溜息を吐いていました。
「どうしたアーヴァイン。溜息なんて珍しい」
「いやぁ、マナがいなくなっちゃって寂しいから。リカルドは?」
「……お前のその態度だよ。ここ2000年は見なかった笑顔まで見せて。あの人間がそんなに気に入ったか?」
納得いかなそうなリカルドの質問にアーヴァインが柔らかく微笑んだ。
「あの子の魂……アルカのものだ」
「なるほど。それなら一応は納得ではある……それで、どうするつもりだ?」
「どうもしないよ。私はアルカを傷つけるつもりなんてない」
「”予言”はどうするんだ!」
「怒るなよ、リカルド。もう散々話し合っただろう?」
リカルドは射殺すような視線を向けたが、アーヴァインはあくまでも穏やかな笑みを浮かべたままだった。
「『吸血鬼を統べる者に大いなる変革が訪れ、世界に大いなる災厄が訪れるであろう』か……」
「何で他人事みたいな言い方しているんだ! お前の命が掛かっているんだぞ!?」
「それは吸血鬼側の解釈だろう? ヴァチカンは『大いなる変革』を私の死だとは思っていないようだぞ?」
「だから他人事みたいに言うんじゃない!」
リカルドはこめかみに青筋を浮かべました。
「『絶食を我慢できなくなったお前が人間界に大侵攻を掛けるかもしれない』なんて理由で暗殺者が送られてきているんだぞ!?」
「彼らが討伐した程度の吸血鬼ならば、100年も血を我慢すると理性が飛ぶからしょうがないね」
「そもそも波の吸血鬼は2000年も我慢する前に滅ぶだろ。俺だって危ない」
「馬鹿言うな。リカルドなら平気さ」
「……いや、そもそもやる気はないが。とにかく、だ。お前が滅べばヴァレイシス王国は大混乱に陥るだろう。吸血鬼を目の
「一応、そういうことが起きないように停戦協定まで結んだんだがね」
「紀元前から生き続け、世界を滅ぼしうる力を持ったお前だから人間も停戦を守っているんだ。お前が消えれば——」
「私の幼馴染が吸血鬼を守ってくれるだろう?」
「……馬鹿が」
ぶすくれた表情でそっぽを向くリカルドでしたが、その頬はほのかに赤みを帯びていました。
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