第2話 諦めなければ就活もきっとうまく行きます!
千葉県
妹の梨々花が生まれても、両親の態度が変わることもなければ妹が変なマウントを取ってくるわけでもなく、マナは円満な家庭でまっすぐ育ちました。
学校の成績はあまり良くありませんでしたが、手先が器用だったこともあって家政科の高校に進学。自分が作った料理や小物で誰かを喜ばせたい、と夢を語っていました。
——が。
「おねーちゃん……どう、だった……?」
「……見て分からない?」
「なんとなく察しはついたけど見た目でいうなら今のおねーちゃんはほぼゾンビだよ!?」
玄関先、心配そうに見つめる梨々花の前で、マナはゾンビのようにうめきながら倒れ込みました。
高校三年生になり、就職を希望したマナですが、おりしも日本ではコロナが大流行し、どこもかしこも「巣ごもり需要」「三密回避」なんて言葉とともに大打撃。
いくら頑張って勉強したとはいえ、専門学校ではなく高校卒業程度の女の子を雇ってくれるところはなかなか見つかりませんでした。
「やっぱり164社目で決めとくべきだった……」
「ダメだよ! 太った中年のオーナーがおねーちゃんを狙ってたんでしょ!? 絶対ダメ!」
「住み込みで手取り足取り教えてくれるって言ってただけだよ……オーナーの自宅だったけど」
「絶対に下心あるからダメ! くぅぅ……どうして私は年下なの!?」
「妹だからね」
「私が年上ならおねーちゃんが就職決まるまで養ってあげるのに!」
模範的なシスコン発言ですが、梨々花はまだ小学校六年生です。如何に頭がよく、国内有数の私立学校に特待生待遇で通っているからと言ってもさすがに18歳になるマナが養ってもらうわけにはいきません。しかしその優しさにマナは感動し、ゾンビの如く妹に襲い掛かりました――否、感激で抱きついたのです。
「優しい妹を持って私は幸せだよ。お年玉あげられるように頑張るからね」
「そんなの良いから無理しないでよ! あーもう、おねーちゃんを元気に出来るチートをください! それか転生特典! 前世とかないけど!」
「? よく分からないけど、おねいちゃん頑張るからね!」
やる気を取り戻したマナですが、現実は甘くありません。お祈りメールやらお祈りお手紙やらの総数が200を超えたところで、マナは再びゾンビのような様相になりました。
気力と体力と睡眠時間を削られた上、移動費だけでも結構な額になってしまい、肉体的にも精神的にも大ダメージです。
「……イ、イッテキマ……!」
「おねーちゃん、頑張って……!」
目の下に大きな隈を作り、重たい体を引きずりながら家を出たマナでしたが、すでに心身ともに限界を超えていました。
夢なのか現実なのか……それどころか自分が向かう先がどこなのかすらぼんやりとしか思い出せない有様でした。
(お給料で国産牛肉を買って皆にローストビーフを振舞おう……!)
大好きな家族の笑顔を心の支えに歩き出したところで、足元がカッと光りました。
光はアスファルトの上を走り、マンホールと同じくらいの円になります。中に描かれた複雑な図形がひときわ大きな光を放つと、
「あっ、えぇぇぇ!?」
まるで水に足を踏み入れたかのようにマナの足が沈んでしまいました。
デジタルネイティブでサブカル大好きな梨々花ならともかく、マナにはそれが何なのかはわかりませんでした。
ただ、気が付けばアスファルトの下に沈んでしまい——
「落ちてるぅ!? ……あ、そうか。これ、夢だ。ふふっ、就職面接に落ちすぎて夢でも落ちるなんて縁起悪いなぁ。帰ったら厄落としに梨々花を抱っこしよう」
現実から目を背け、眠ろうとしました。
何も見えない真っ暗なところを落ちている感覚が20秒ほど——わりとしっかり眠り始めたところで、マナの身体は投げ出されました。
ぺたん、と尻もちをついたのは石造りの冷たい床です。
本当ならば落ちた勢いでマナの骨盤は悲惨なことになっているはずですが、どうしてか勢いはほとんどありませんでした。
「あっ、えーと……」
「や、やりました! 成功です!」
「召喚できたと思えば、人間の小娘か……魔力もない。とてもじゃないが”予言”を打ち破ることができるとは思えんな」
「太陽のような香り……きっとこの小娘は稀血です! 陛下も稀血の娘ならばお喜びに――」
「稀血などもう何十人も試してみた。……はぁ、ハズレだな」
マナの目の前には、ローブを着込んだ男の人がおり、少し離れたところでダブルのスーツをびしっと着こなした男性が座っていました。
フレームレスの眼鏡をかけ、睨むような視線をマナに向ける男性を見て、落下する20秒の間に眠り掛けていたマナの意識が覚醒しました。
——変な風に。
(め、面接だ! えっと、ここはどこだっけ……いや、それは後で考えよう! とりあえず今は第一印象を優先!)
「えっ、あ、はい! 千葉県立
思わずいつもの面接と同じく背筋を伸ばして挨拶をしてしまいました。
「……ふん、命乞いか。おい、夕飯に回せ」
「夕飯ですか! なんでも作ります! 得意なのは洋食ですが、中華も頑張れますよ! 和食はちょっと苦手ですが、でも一生懸命作るので何かリクエストを言ってください!」
寝ぼけてズレたことを口走るマナ。冷たい視線の男性は奇妙なものを見つけたときみたいな胡乱な視線を向けました。
「人間の癖にここで働きたいとでもいうのか?」
「はい!
「
「はいっ! 全身全霊、身を粉にして働きます!」
「リカルド様、よろしいのですか!?」
「ああ。……久々にイキの良い稀血だ。陛下の前に差し出せば、多少は食指が動くかもしれん」
(……こ、これは……手応え、アリ……!?)
寝ぼけていたマナの意識が、今までにない手応えに急速覚醒すると同時、リカルドと呼ばれた男性がぱちん、と指を鳴らしました。
静電気みたいな衝撃が首元に走り、思わず目を見開いたマナに、リカルドは頷きました。
「契約成立だ」
「リカルド様。陛下にお目通りする前に毒見が必要じゃありませんか? さっきからうまそうな匂いがして我慢の限界です……! ひ、一口だけ——」
近くにいたローブの男が大きな口を開けました。ぎらりと光る犬歯を向けられたマナは理解できずに固まってしまいました。
「愚か者が。陛下の供物に口をつけることなど許すはずあるまい」
ぱちん、と指が鳴らされ、マナに襲い掛かった男の首がごとんと落ちました。サッカーボールみたいにころりと転がった首を見て、マナはようやく異常な何かが起きていることに気づきました。
悲鳴をあげようとしたマナですが、落ちた首が悲しそうな顔で喋り出したのを見て、その悲鳴すら出なくなってしまいました。
「り、リカルド様。ちょっとだけですって。一口、ほんの一滴でも駄目ですか!?」
「駄目だ。灰にするぞ」
「ま、稀血……稀血が飲みたいです……今夜、暗黒街に飲みに行きませんか!?」
「行かん。今度給与が入ったら自費で行け」
身体が首を拾って切断面に乗せると、まるで何かのトリックのように首がくっつきました。
目を丸くするマナを見て、リカルドは小ばかにしたように鼻を鳴らしました。
「何を驚いている。吸血鬼が首を落とされた程度でどうにかなるとでも思っていたのか?」
「……きゅうけつき?」
小首をかしげながら首がつながったばかりの男性とリカルドを交互に見つめると、首がつながった男性が頷いてくれました。
「ええええええええええええええええええええええええええっ!?」
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