就活してたら吸血鬼の晩御飯にされそうだったけど何故か侍女に就職していました。
吉武 止少
第1話 ご飯回避のために全力を尽くします
「えーっと……陛下? これは、どういう状況でしょうか?」
「分からないかい、マナ」
「……私を膝の上に乗せて、髪の毛で遊んでいるようにみえますけれど」
「惜しいな。遊んでいるのではなく愛でているのだ」
「いや、あの、そういう表現的な問題じゃなくてですね……私、ただの侍女だと思いますけど?」
「ただの侍女ではないな」
「や、やっぱり侍女兼非常食……!? 駄目ですよーう! 私の血なんて吸っても美味しくないですよーう! 蚊にも刺されにくい体質ですし!」
「くくっ……せっかくだから味見してみたいな。ずいぶんと美味しそうだ」
「だ、駄目です! あ、そうだ! お腹減ってるなら先輩から分けてもらったクッキーがありますよ……って割れてるッ!?」
「ふむ。貸してみろ」
「えっ、もしかして陛下は魔法でクッキーを直ひはふぃふぇふぃふ、んぐっ」
「ははっ。リスみたいで可愛いな」
「喋ってるところにクッキーねじこまないでくださいっ! 私はお仕事中なんですよ!? 受け持ちのお掃除が終わらなかったらご飯抜きなんですよ!?」
「ご飯抜きになったら、私のところへおいで。美味しい夕飯をご馳走してあげよう。寒くなってきたしシチューのパイ包みとかどうだい?」
「シチューはホワイトですか!?」
「マナがリクエストしてくれるなら」
「やったぁ! ……じゃないっ!? 勝手なことをすると査定が下がるんです! 食べられちゃうんですよう!」
「私、一応は雇用主だから大丈夫だよ」
薄暗い、しかし豪華な部屋の中に二つの声がありました。
ソファと間違えてしまうほど大きな玉座に座っているのは陛下と呼ばれた男性のもので、酔ってしまいそうな色香を含んだ声でした。
銀糸のような長髪を簡単にまとめ、端正な顔立ちに笑みを浮かべた陛下は、膝の上で身を固くする少女に月光のような
一方、マナと呼ばれた少女は目に涙を浮かべながら脳裏にシチューと侍女長を浮かべて天秤に掛けていました。
脳裏に浮かぶ侍女長は優しげな笑みを浮かべているものの、立場が上の人でもきちんと叱る人です。マナが憧れていることもあり、できれば雇用主に流されるのではなく、きちんと注意できるようになりたいと思っていました。
マナが身にまとっているのは黒を基調としたメイド服で、どう考えても陛下なる身分の者の膝の上に乗っかって良い身分には見えません。
ですが、細い腰には陛下の腕が回されていて逃げ出そうにも逃げ出せませんでした。
このままでは怖い侍女長にお仕置きされてしまう、と危機感を覚えたマナはどうにか脱出しようと試みます。
「あ、あのー……お飲み物とか、いかがですか? せっかくですし、紅茶を淹れますよ?」
「飲み物、か。目の前に美味しそうなのがあるけど」
「だだだっ、駄目ですよ!? しっかり働いている間は私の血を飲まないって契約だったじゃないですか!?」
「くくくっ。分かっている、大丈夫だ。……多分な」
「ふ、不安な言葉が……!」
「安心しろ。これでも2000年近く絶食していたんだ。今更、100年や200年はどうってことない。……多分な」
「何で最後に不穏な言葉がつくんですかー!? がんばってくださいよ! 王様の威厳を見せてください!」
マナを膝に乗せた陛下は、自分の言動で目を白黒させるマナを、愛おしそうに見つめていました。
「威厳、威厳か。そうだな……ここは人間を1000人くらい攫ってきて血を絞った方が良いか?」
「駄目に決まってます! なんでそういう発想になるんですか!」
「私は吸血鬼の王だぞ? むしろそういう行動の方が普通なんだが」
苦笑する陛下の口からは、発達した犬歯が覗いていました。
「ああ、やっぱり食べられちゃうんだ……お父さん、お母さん、梨々花、ベス……先立つ不孝をお許しください」
「マナが良いって言ってくれるまでつまみ食いくらいしかしないから安心して?」
「スナック感覚じゃないですかー!?」
悲鳴をあげるマナは陛下の言葉に含まれる気持ちには、まったく、これっぽっちも、ひとかけらも気付いている様子はありません。
「陛下! 私を雇用した時の三つの約束を思い出してください!」
「えーっと。その一、仕事してるときは衣食住を保証する」
「ドレスやきわどい下着はセクハラですからね!? ここが日本だったら陛下は捕まってますから!」
「その二、10日のうちに2日は休みの日を作る。里帰りもOK」
「まさか24時になった瞬間に召喚魔法で呼び戻されるとは思いませんでしたけどね……!」
「その三、真面目に働いている間は血を吸わない」
「それです! 私はご飯じゃなくて職場の部下なんです! お願いしますよ!?」
命が掛かっているため必死な様子のマナですが、陛下は栗色の髪をするりと撫でながらご満悦です。
「うんうん、分かってる分かってる」
「ぜ、絶対に適当ですよね……!?」
「さて。そろそろ料理長にシチューをリクエストしてこないと。私との晩餐に向けてドレスコードを整えておいで」
「えっ!?」
固まるマナを自分の脇に座らせると、陛下は文字通り姿を消しました。
上位の吸血鬼が使える権能によって、自らの身体を霧にしたのです。
残されたマナはしばらく呆けていましたが、我に返ると慌てて立ち上がり、スカートの裾を直して歩き出しました。
「今日の当番は廊下と窓と……階段下の整理よね。急がなくちゃ!」
頭の中はすでにシチューのパイ包みでいっぱいですが、身の安全を守るために日々のお仕事も欠かせません。
「ハァ……まともな会社だと思ってたのに」
ため息交じりのぼやきを吐き出した後、このままではいけないと首を振ります。
「よしっ、頑張るぞー!」
ドレスコードのことをうっかり忘れて陛下にからかわれることになるのは、それから四時間後のことでした。
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