人間をやめた日 ー Ⅲ


 手のひらに砂利じゃりの当たる感覚がする。


 ぱちぱちと瞬いた先で見えたのは、星の輝く広い夜空だった。


 身体を起こすと同時に、パラパラと砂も落ちていく。

 辺りを見回してみるが、周りに家などは建っていないようだ。


 向こうには森らしき影が見えており、ここは人が住むような場所ではないのだと察した。


「私……生きてる?」


 あれだけ高い場所から落ちてきたのだ。

 五体満足でいることが不思議で仕方ない。


 身体を触って確かめてみるも、骨折や出血、小さな傷痕きずあとさえ一つも見当たらなかった。

 呆然と座り込む私の肌に、じわじわと紋様が浮かび上がってくるのが見えた。


 赤く光る紋様は、そのまま身体からしゅるりと抜け出すと、見覚えのある青年の姿に変わっていく。


「ね、言った通りだったでしょ? 永遠は死なないって」


 会った時と同じ姿で現れたシンは、私を見てにこりと笑いかけてくる。


 気づいた時には、涙がこぼれていた。


「うぇ……、じん〜!」


 ぼろぼろと泣き始めた私にシンは一瞬驚いた顔をしたが、地面に座り込んで泣く私の前にしゃがみ、こちらに向けて手を伸ばしてきた。


「忘れてた。君がまだ幼いってこと」


 シンはそう呟きながら、私の乱れた髪を整えるように指ですいていく。


「うぅ〜! しんだって……っ、同じくらいでしょ……!」


「うーん。まあ、見た目はそうなのかな」


 涙のつたい続ける頬に、服のそでがそっと当てられた。


「永遠が泣くと、まるで空が泣いているみたいだね」


 どっかの詩人みたいな言葉に、思わずぽかんとした顔をしてしまう。


 驚きで涙も引っ込んだ私を見て、シンは小さく笑うと立ち上がった。


「とりあえず、まずはここから離れようか。開けた場所は色々と目に付きやすいからね」


 シンの目が、何かを見据みすえるように細まる。


 こくりと頷き立ち上がった私は、自分が今、服を服と呼べるのかさえ悩むような格好をしていることに気がついた。


「ひょえっ」


「代わりが見つかるまで、これでも着てて」


 一瞬で言葉を失った私の肩に、ふわりと何かがかけられる。


 ポンチョのような形のそれは、着ると膝下から上を全て隠してくれた。


「あれ? これ……シンの?」


「即席で作ってみたんだ。ただ、不安定な中で能力を使うのはなるべく控えておいた方がいい。ここを離れたら、まずは着るものを探すのが優先かな」


 なるほど。

 どうりでシンが着ているものとは違う作りだと思った。


 能力で作ったという言葉に、あの時の刀が思い浮かんでくる。

 まあどんな形であれ、あの格好で彷徨うろつかなくて済むのなら、それに越したことはないだろう。


「シン。今更だけど、助けてくれてありがとう」


 その言葉にこちらを向いたシンは、驚くと言うより、どこか唖然あぜんとした顔をしている。


「永遠って……少し狂ってるよね」


「えっ!?」


 何かしてもらったら、きちんとお礼を言うこと。

 母はよくこの言葉を繰り返していた。


 教え通りにしたことだったが、何か間違っていたのだろうか。


「でも、嫌いじゃないよ。そういうの」


 そう言って微笑んだシンの表情は、今までで一番柔らかいものに見えた。


「行こうか永遠」


「うん」


 差し出された手を取った時、何かが噛み合うような感じを覚える。



 適合者。



 私がその言葉の意味について知ったのは、そう遠くない未来でのことだった。




 ★ ★ ☆ ☆




「どういうことだ!」


 男の怒声と、テーブルを叩く音が響いた。


 怒りのあまり震える男の背後には、まだ幼い少女の姿が見える。


「落ち着いてください。今回のことは残念でしたが、はあくまで被検体の一つに過ぎませんよ」


「そんな単純な話ではない! 適合率が50%を超えた検体だぞ!? 本部に運ぶ途中で消失どころか、飛行機まで墜落したとあっては、責任からは逃れられないだろう……!」


 頭を抑えてうなる男を見て、女は一つため息をついた。


「とにかく、今は原因の究明が先です。いくらアレが中途半端な存在と言えど、飛行機の墜落ごときで消失など考えられないことですから」


「……そうだ。アレを人の手で消すことは出来ない。何かが関わっていることは確かだ……」


 女の言葉に、男も違和感を覚えたらしい。


 怒りを抑えるように息を吐くと、後ろにいる少女に向かって鋭く声を上げた。


「80番! 理解したな? 墜落の原因を究明し、被検体を消した存在を探し出すのだ!」


「はい、施設長」


 少女はロボットのように平坦な声で答えると、そのまま室内から去っていった。


 その姿を見送ると、女も立ち上がり、出口の方に向かって歩いていく。


「本部の方には、結果が分かるまで処罰を待っていただけるよう交渉しておきましょう」


「ああ……。頼んだぞ」



 一人残った室内で、施設長と呼ばれた男は拳を握りしめ、恨みのこもった声を吐き出し続けていた。


 

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