第一章 恋愛至上主義へのささやかな反逆②
そして半年後の卒業式前夜。
ついにレオン様が我が家に来ることになり「会わせたい人がいる」と父と兄の予定を空けておいてもらった上に、
「クリスティーヌ、会ってほしいというそのレオンとは一体……?」
「ふふふっ! 実は私……
「なっな、なんとっ!? いつの間に!?」
「は? お前が?」
「運命的な出会いだったのよ。レオン様とは一目で恋に落ちてしまったの!」
この会話はシナリオ通りだ。事前に自分の話を軽くしておくように、と。
満面の
「俺が先に真実の愛を見つけるのが
「──なんですって?」
「お前の理想は……お前についていけるほど頭の回転が速くて、知識も経験もあって理解のある誠実な人、だったよな? ──ははっ! そんなやつ学院に一人もいないし、学院の目立つやつでレオンなんて名は聞いたこともない。結局、大したことない男と
勝ち
「そうね。たしかに私の理想はそれだし、学院にそんな人がいないのも認めるわ」
私がニッコリと
玄関ホールにいたのは、礼服に身を包み
彼のそばに近寄り、「この日を心よりお待ちしておりました」と使用人に聞こえるように言った。
お父様は、フィリップは──どんな顔をするだろうか。考えるだけで楽しい。
「私もこの日を心待ちにしていたよ、クリスティーヌ」
そう言ったあとに私の
「二度目まして……だな」
そう。私たちは手紙のやり取りはしていたが、あの日以来の再会だ。
恋人っぽいふるまいは自分に任せておけとレオン様の
「私の恋人、レオン様です。私、彼と結婚します!」
その言葉に、父と兄は驚愕の
父も兄ももう目玉が飛び出そうなほどで『毅然と、自信を持って』の我が家のモットーなんて遠い空に投げ捨てたようだ。そしてフィリップは──学院の人ではないと気づき、なんとか
内心、してやったり! という気持ちでいっぱい。
…………いっぱいだったのだが。
恋愛至上主義なのだからこんなことはよくあることなのに、なぜそこまで驚くのか。というよりも、二人が段々青ざめていっている気がしてならない。
お父様が冷や
我が家の家訓はいずこへ。
そして、ようやくお父様が口にした言葉は。
「………………さ、
私がキョトンとレオン様を見上げ、なんの話? と首を
そのなにか
──彼が私にフルネームを告げていなかったことに。
「自己
私は家訓を守り、
さも、もちろんこの人が宰相ってこと知ってましたよ? 当たり前じゃないですか? とでも言うように。
──知らない。
もちろんレオン様が宰相閣下だなんて知らない。
彼は自分のことを、バスティーユ
……系列といえば系列だ。一番トップの公爵様なだけで。
レオンという名も嘘ではない。
最近ではほぼ名乗ることのない、ミドルネームだ。
……
文官なのも……文官といえば文官……なのか?
もうその域を
西のクラノーブルの方にそれなりの領地もあると言っていた。
まぁそうだろう……穀倉地帯クラノーブル自体がバスティーユ公爵家の領地だ。そこの近くの小さな「それなり」の領地ではなく、そこ本体が領地なだけ。あの辺りは小さな領地が点在していて、私が勝手にその辺だと思い込んでしまった。
そして「それなり」という言葉は「そこそこの」や「相応の」を意味するが、そもそも主観の問題で
────してやられた。
宰相閣下の名前は知らないはずがない。
『
三年前に史上最年少二十六歳で宰相に
彼がこの三年で成したことと言えば、もう語り
パトリックの名が有名すぎてレオン様とはまったく結びついていなかったし、実際にレオン・バスティーユという人が貴族
我が家族が鬼のパトリック宰相に異論など……唱えられるはずもない。フィリップにいたっては先ほどまでの
「きみがクリスティーヌの婚約者だった子か。──そういうことだからきみたちの婚約は解消で……構わないよな?」
レオン様がフィリップに向けた笑みは絶対に逆らってはいけないような、そんな
あれは確実に『なぜお前が先に解消するんだ!』という目線だろう。自信
私とフィリップの間には、愛だの
相思相愛ではなく、相思
よくここまで十年もこの婚約関係が
後日この話をレオン様にしたところ「……まぁそういうことでいいんじゃないか」と
「……
「いや、なにも
帰りがけの二人きりの会話である。
にやりと微笑むレオン様にため息をつく。どうりで彼が結婚をややこしく
公爵であり宰相なのだから、それの政略のお相手ともなれば王族か他国の公爵家。自国の侯爵家や
……まぁこの際構わない。
「約束は守ってくださいね?」
「もちろんだ。きみこそ、な?」
私たちは互いに利があって
──すべては……恋愛至上主義からの解放のために。
卒業してしばらくすると、あっという間に結婚式となった。
私は準備などほとんどしていないが、すべて
「クリスティーヌ! すっごくキレイだわ!」
「ありがとう、カレナ」
「あの
「ふふっ!
「もちろん宰相閣下よ? 私の親友を妻にするのだから、それなりの人じゃないとね?」
したり顔のカレナに、私はついプハッと笑ってしまった。
天下の『鬼のパトリック』も親友からすればようやく
「カレナに許してもらえて
「……でも、文官として働くのでしょ?
親友にだけは、身分を
「うん、今から楽しみよ!」
「ふふ! それなら良いわ! がんばってね」
私たちは両手を自分たちの胸の前で
誰かが私に話しかけようとすると、レオン様が眼光鋭く
この結婚式により「鬼のパトリック宰相は
さすが、というべきかなんなのか。
「ここが今日からきみが住む
公爵家の本邸横、白い
「分かりました」
「では……仕事がかなり
私の頬に軽くキスをして足早に去っていったレオン様。この結婚のための準備でさぞ
ぽつんとその場に立ち
名目上の妻だからこういうことは
私に用意された東棟は、バスティーユ公爵家の
前公爵夫妻は五年前に事故で
そして──私たちの完全なる敷地内別居婚生活がスタートしたのだった。
「ミュラー。ここの数字、どこから出してきました?」
「過去五年分の統計から算出しました。
「なるほど、それならいけますね。うん、ありがとうございます」
「あ、ミュラー! コモルの橋の予算案差し
「はい、昨日終わりました。
「
至る所でたくさんの声が
昨今、ミドルネームはほぼ名乗る機会がない。
が、レオン様が「パトリック」という名のみで呼ばれるように、私も「クリスティーヌ」だが、「シャルロット」というミドルネームを持っている。受験時は本名の『クリスティーヌ・シャルロット・ベッソン』ではなく、ミドルネームと母方の
今は本当はバスティーユが姓だが、
宰相閣下と大々的に結婚した私の顔を知っている人ももしかしたらいるかもしれないと思い、
まったくバレない上に、地味な子として完全に地位を確立しつつ、仕事は日々忙しく
夫であるレオン様とは、まったく会っていない。
──かれこれ一年ほど。
えっと……つまり、すでに結婚して一年が
レオン様は多分、ほとんど公爵
末端部署でこれだけの忙しさなのだから、それを束ねるトップの宰相閣下の忙しさがどれほどなのか、想像するに余りある。まったく会うことはないが、
そしてまったく顔を見ない我が夫の王宮での評判はというと。
「この前、陛下の前で宰相閣下が奥方のことをベタ
「俺も! 忙しくてほとんど帰れないのに、帰った時に見せる
「
「
「あの氷点下の笑顔で奥方にも微笑むんだろうか……
なんて話がたまに飛び
……うんうん。
そもそも出迎える以前に、仕事から帰ったら私は
──
でもね、私がお
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