第一章 恋愛至上主義へのささやかな反逆①
「クリスティーヌ。あなたの
学院卒業まであと半年となったカフェテラスは、多くの人で
親友であるカレナの言葉に彼女の視線を
「…………相変わらずね」
「あんなにとっかえひっかえする男にそこまで
「……それもそうよね。ほーんと
しばらくスンとした表情のまま名目上の婚約者のイチャつきっぷりを
「
フィリップを遠くに見ながらにやりと
「ちょっと、かなり悪い顔になってるわよ? 私……悪いこと
「ううん、カレナのおかげよ。いいこと思いついたわ」
「絶対それ……良いことじゃないと思うんだけど」
この時の私はフィリップやお父様、そしてこの国の現状に少しだけ……ほんの少しだけ
ただ、それだけだった。
我が国、スラン王国の現在の国王がまだ王太子の
政略結婚というシステムは
婚約者がいようとも「真実の愛を見つけたんだ!」と、この一言で解決する恋愛至上主義が主流なため、どちらかにその相手が見つかれば婚約はスムーズに解消できる。果てにはすでに結婚しているにもかかわらず、真実の愛のためなら
婚約者のフィリップなど、このシステムで真実の愛や運命の愛をひたすら探し続けているのか毎日違う相手と遊び歩いていた。
そして我が家は──五年前にお母様が運命の愛とやらを見つけたらしく、出ていってしまっている。それにより苦しんでいたお父様にも、すでに恋人がいるらしい。が、次世代の爵位がややこしくなるので結婚はしないそうだ。
──こんな関係が
運命の愛以外は、
このような
もともと後先考えない彼の言動が子どもっぽすぎて好みではないのに、コロコロ相手を
自宅に
いつも選ぶことはない、
ドレスもまだまだふんわりしたデザインのものが多くを
「お
「えぇ。なかなか似合うと思わない?」
「たしかにお似合いですが、いささか
「今日はいいのよ」
「うんうん、大人っぽい。かわいい」
困り顔のメイドは
「お嬢様、本当にお一人で
送ってくれた使用人は心配そうにこちらを見つめるが、いてもらっては困る。
「問題ないわ。あなたは先にお帰りなさい。ここまでありがとう」
使用人に手を軽く
今日の目的はしっかりと定まっている。
王都で一番大きな社交場【ナイト・ルミエール】。
私だって……恋愛してやるのだ!
そして私からフィリップとお父様に「運命の愛を見つけたから婚約は解消させていただくわ!」と高らかに宣言してやる!
連日連夜貴族の夜会が
それが【ナイト・ルミエール】。
もちろんドレスコードがあり、質も見られるためお金がない人はまず入ってこられない。
男女の出会いにはここがオススメだという
音楽も
いつでもどこでも
「シェリー酒、あるかしら?」
「かしこまりました。ご用意いたします」
カウンターへ行き、少し前に家族で食事中に飲んだ白ワインの一種を店員に
そちらに視線を移すと、年上だが
それがあまりに色気を
彼は
「結構
「え? ……なんとおっしゃったの?」
周りの音が大きく、聞き取れなかった私に、銀髪の男性は私の耳元に顔を近づけ、先ほどより大きな声で話しかけてきた。それは
「シェリー頼むなんてなかなか大胆だね、って言ったんだよ」
「え、どういう」
「お待たせしました。シェリー酒でございます」
一気にカァッと身体が熱くなり、あれ? こんなにこのお酒強かったかなと思えば。
──もうあっという間に
どうやら……家で飲んだものはジュースを混ぜてアルコールを
「ですからぁー、もともといる相手を捨てちゃう『恋愛至上主義』なんて私は最低だと思うんですよぉー!」
「なるほど。それでクリスティーヌはその婚約者くんに
「お父様にもです……っ! だってぇ、そんなの……婚約者にも結婚相手にも、誠実じゃないじゃないですかぁっ!」
「まぁそうだね? でもきみも
「恋愛相手……というかぁ、実はその
そう。
私は本気で恋愛相手を探しに来たのではない。そのフリをしてくれる条件の良い人を探しに来たのだ。
フィリップと父には、その人と真実の恋愛をしていますと婚約を
この作戦の問題点は、偽装恋愛相手と別れてしまえばまた結婚の話がどこからか上がって来そうなところだけど、それはその時にまた対応すれば良いのだ。
真実の愛を見つけたという合言葉でホイホイ捨てられるような結婚など、そもそもしたくない。そして、母のように簡単に家族を捨ててしまうような恋愛など──もっとしたくない。
「あぁ、なるほど。婚約者くんと父上に一泡吹かせられればそれで良くて、実際に恋愛したいわけではないというわけか」
「まさにっ! その通りですぅー」
「恋愛に
「まっっったくありませんっ! 人を裏切ってまでやることの方に
たとえ政略でも、その人と
恋したことがないからそんなこと言えるんだよ、と皆は言うけれど。
「ずっとこの人と
そもそも、三十年前に現国王が婚約者を捨てて平民の女性を選んだのが
それを正当化するために、恋愛至上主義を持ち上げているだけではないのかとこっそり思っている。
捨てられたらそれで終わり。
結婚していたのに夫が心変わりをして、無一文で放り出される妻……なんてのもよく聞く。
お父様だって、お母様が出て行った時はずっと落ち込んでいた。
「なるほど。ベッソン侯爵家の令嬢が、なかなかの考えだね。さすが学院首席」
「……あれ? 私、家の名前とか学院のこととか言いましたぁ?」
「全貴族の情報は頭に入っているからね」
「わぁ……レオン様、
私のよく分からない賛辞に
この場は貴族しか入れないので、貴族であることに間違いはない。
「でもそれなら──好きな人ができたフリをして、実際にその人と結婚してしまった方が効果的じゃないか? 本当は好きでもないのに恋愛関係にあるんだと婚約者や家族を
「ふふふっ! それは面白いですね。でも……そんなことに付き合ってくれる人、いませんよ。それにその人に好きな人ができるかもしれないじゃないですかー。捨てられることに
「もう
「では──私と結婚しようか」
グラスを片手にした銀髪の大人の色気たっぷりな男性が、少し首を
とっくに酔っ払い、家訓の『毅然と、自信を持って』なんて遠くに
「結婚と言っても、完全な契約。偽装結婚だよ」
「偽装結婚……?」
「そう。結婚したらさすがに同じ
それはつまり……『結婚』という名のステータスだけもらうということだ。
「その代わり、お
さらっと
万が一好きな相手ができたとしてもそれは私にであり、自分には絶対あり得ない、という口調。
「そんなの、レオン様にはなんのメリットもないのでは?」
「いや、私も昨今の『恋愛至上主義』には
私が無言のまま彼をじっと見つめていると、少し困った顔をして微笑んだ。
「そうだな……恋愛結婚のフリをした政略結婚、と思ってもらえば良い。その相手は多忙すぎてほとんど帰って来られないから顔を合わせる機会もないだろうけど……
「……なぜ、私なのですか? レオン様なら引く手
彼の
しかも仕事が
「そうだね。一番は、恋愛と結婚についての価値観が同じだったこと。はっきり言って
「誘う?」
「シェリーを
にやりと笑う彼の言う意味が分からない。
彼は私の
「シェリーを頼むのは『今夜はあなたに
「……えっ!? そ、そそそんなの存じませんしっ!?」
一気に顔に熱が集まり、完全に赤くなったのが分かる。
我が家の家訓要素『
「ハハハッ! そうだろうとは思ったけどね。まぁきっかけなど
<画像>
こう言うからには、彼はきっと誠実でいてくれるのだろう。顔は合わせないらしいが。
つまりここでいう『誠実』とは『あなたを愛します』ではなく、お互い結婚というステータスをもらって、可能な限り『恋愛とは無縁でいよう』ということだろう。
「異性関係じゃなければ好きなことをして構わない。家でゆっくりしていようが外で仕事をしようが、危険なことじゃなければ私は何も
「……っ! 仕事をしても良いのですか!?」
「構わないよ。やりたいことがあるならやるべきだ」
職業婦人も少なくはないが、まだそれを許さない家も多い。我が家もそのような家の一つであり、そこまで勉学に
「私……本当は職業婦人としてバリバリと働くのが夢だったのです」
「いいんじゃないか?
とっくに
「レオン様は……どちらのご家門の方でいらっしゃるのですか?」
「バスティーユ
バスティーユ公爵家といえば、一族の
西のクラノーブル地方は国内最大の穀倉地帯。そこの近くに領地があるということは、それなりに安定した収入もあるということだ。
──これは、断る理由がないのではないだろうか。
私自身
しかも──夢だった職業婦人としての自由が手に入る!
私の顔色を見て、
「卒業前日にクリスティーヌの家に
「……ふふっっ! 確かに! 分かりました。レオン様のお話、お受けいたします! よろしくお願いいたします!」
私たちはがっちりと
学院卒業までの半年で、家族には
職業婦人など……と元より反対の考えを示す父にバレれば試験自体を辞退させられることなど分かり切っている。そのため受験時より名前は
レオン様とはこれまでにも何度か手紙をやり取りしていたため、あの時の話が
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