2 漁夫の利
森を進み、部隊がいる方へ戻ると、レイナとロアを発見する。
そこには一名の亡骸が横たえられており、こちら側にも死者が出たことを示していた。
リナの姿を確認するや、レイナが駆け寄ってくる。
「リナ! 無事だったのね」
「ええ。状況は?」
レイナが俯いてしまう。
「セイアが……死亡したわ。あと四名が負傷して、一人は足が損壊してる。リナなら治せるかもしれないから見て欲しいわ」
すぐにその者の元へと行き、治療魔法を施していく。
幸いにも後遺症を残さずに済みそうだ。
それを行いながらロアに強めの口調で諮問していく。
「ロア、あなた亜人領に入ったの?」
「……はい、人族の部隊を確認したため、偵察のために入りました」
彼をキッと睨みつける。
「どうして入ったの! 入るなって言ったじゃない!」
「奴らがどのような行動を取るかわからなかったからです! 現に彼らの先制攻撃によってセイアが死亡することとなってしまいました!」
彼らの……? とリナは顔をしかめてしまう。
「人族はこちらから先制攻撃されたと主張していたわ」
「ちょっと待って下さいリナ様、そんなことするわけないじゃないですか! 人族と戦果を交えれば戦争となりましょう。そんな重大事項を小官が決められるはずもないじゃないですか」
彼の必死な言い様を見て、たしかになとも思う。
彼は政治家気質があるため、利用できるものは何でも利用しようというタイプである一方、行動に対するリスクもしっかり理解している。
一介の小隊長が、戦争リスクを伴う行動をとることがどれ程の問題行為であるかなんて、火を見るよりも明らかだ。
念のためと思って各部隊員にも諮問をしていったが、皆ロアの主張と同じであった。
彼らはリナを次期魔王だと信じているため、リナに対して嘘をつくとも思えない。
ならば、今回の件は一体どこに嘘があるのであろうか。
「リナ、さっきの鳴き声って……?」
レイナの言葉で我に返る。
「ベエマスが出現したそうよ。蜂人の村が襲われているらしいわ。今人族が対応にあたっている。一応カナルカに伝令を飛ばしておいてもらえる? 距離があるからカナルカに行くことはないと思うけど」
「わかったわ。今後はどうしよっか?」
「そうね……。困った限りだわ。懸案事項が多すぎる」
ベエマスの対処も含めた魔獣凶暴化の原因究明と対策、そして人族との外交問題。
マーク市長は恐らく何かを企んでいるだろうし、シャロル公爵も後には引かないであろう。
「まず外交問題を何とかしなくちゃならないわ。ロア、もう一度聞くんだけど、向こうからの攻撃が最初だったのね? 最初に攻撃されたのは誰?」
「セイアです。頭に矢を受けて死亡しました。そこからマルクの班が戦闘開始し、アスルロ、ベルメアの班が参戦していったという具合です。その……決して彼の死を貶める意図で言うわけではないのですが、彼は賄賂事件を起こしていたので、不幸中の幸いとも言えます。最悪の場合、魔族側の上層部は説得しやすいです」
人の死をそんな風に言う彼に嫌悪感を覚えるも、今は気にしている場合じゃない。
「セイアが受けた矢はある? それと、戦闘で使われた人族の矢が欲しいわ」
リナの言葉の意図が分からずロアは目を丸くするも、黙って捨ててあったそれらを拾って来る。
「どちらも人族の矢です。第三勢力の者ではないと思われますよ」
人族と魔族とでは矢の規格が微妙に異なっており、それが物的証拠になったりすることもある。
セイアの受けた矢と人族が使っていた矢はどちらも同じ形状で明らかに人族のものだが――、
「【エレメンタルアナリシス】」
その成分を分析していく。
同じ鉄製の矢じりであっても、製造場所が異なれば用いる鉄鉱石の成分は異なる。
結果は――、
「やっぱり、人族のじゃない。この矢は別の場所で作られたものよ。人族が使っているものと成分が違うわ。第三勢力がわざと私たちをぶつかるよう仕向けている」
つまり実際に起こったこととしては、まずその第三勢力が人族軍のフリをしてこちらを攻撃。
それに魔族が応戦して人族との戦闘が開始したと。
これならばどちらも相手から先制攻撃を受けたという認識になる。
その第三勢力は戦いの混乱に乗じて逃走したのであろう。
「この問題は解決できるわ。私はこのことを先方に通達してくる」
「反対です。奴らがリナ様をそのまま帰すとは思えません」
「部隊を連れて行けば敵意ありと見なされるわ。私一人なら逃げることも可能よ。最悪外交のテーブルでその矢じりを提出すれば済むわ」
「この矢じりが第三勢力ではなく魔族によって用意されたものだと主張されるかもしれません」
「そのために今言いに行くのよ。時間が経てばこちらが矢じりを用意する猶予があったと言われることになる。今すぐなら言い訳のしようがでてくるわ」
「ですが! そうであったとしても奴らがリナ様を無事に返す理由にはなりません! この証拠が有用であるのならば、わざわざそれを敵地へと持ち込むのは悪手です!」
「敵地じゃないわ、ベベルも亜人領も中立地帯よ」
「詭弁です! 人族を招き入れている段階で敵地です! 彼らが悪意を持って接した場合、リナ様はどうされるおつもりですか!?」
「……はぁ。ロア、命令よ。私一人で本証拠を人族へと説明してくる。あなたは部隊を見て居なさい」
リナの言い様に、苦い顔をしながらもロアが反論をやめる。
「部隊はここからもう少し下げようと思うけど、何か意見がある?」
「……反対です。事が起こったときに魔族側での対応が後手となります」
「人族が目と鼻の先にいるのよ。これ以上軍事衝突が起こったら対処できないわ」
「亜人たちが守られない可能性だってあります。我々の任務は魔物凶暴化の原因究明と亜人たちの保護にあります」
「人族が守ってくれるそうよ?」
「シャロル公爵はあくまで我ら魔族の行動に呼応して急ぎ軍を動かしております。我々が部隊を下げた場合、彼らも手を引いてしまうかもしれません。その場合、亜人たちの被害は拡大します。人族と矛を交えず任務達成を目指すのであれば、周囲に警戒しながら、部隊はシーアの森へと展開を続けるべきです」
シャロル公爵の目的は、今回の件を利用して亜人たちに恩を売るというもの。
ならば、魔族はまだ近くにいるということをアピールしておく方が、彼らがここに駐屯を続ける理由になる。
そして彼らが居座り続ければ、結果として亜人の安全は確保されるというわけか。
「わかったわ、部隊は下げなくていい。でも絶対に衝突はしちゃダメよ」
リナはわざとらしくため息をついて、今後の方針に頭をやる。
「残る問題は第三勢力が誰であるかね。一番怪しいのは今のところだとマーク市長だわ」
「ですが、現段階ですと向こうもこちらを警戒しているのではないでしょうか」
「ええ。簡単に尻尾を掴ませてはくれないでしょうね。魔物問題の方がまるで進捗しないのも何とかしなくちゃいけないし」
これまでの調査から、魔物たちの食性や縄張りに大きな変化は見られない。
にもかかわらずベエマスまで出て来たとなると、絶対に何か特別な原因があるはずだ。
「虫人たちのところに行って精霊様でも信仰してくる?」
レイナがおちゃらけてそんなことを言ってくる。
「そうね。あまりに手がかりがなさ過ぎて、神頼みをやりたくなってしまうわ」
「精霊とは何の話ですか?」
ロアから質問があったため、これまで得られている精霊の信仰に関する話をしていく。
「それは……。関連はないのではないでしょうか。彼らは信仰を良いように政治利用しているだけです」
「やっぱりそう思うわよね」
「ただ……、関連ないと思われますが、大樹の精霊リューケレスカはここシーアも森のどこかにいると幼い頃は言い聞かされて育ちました。私の出身はアリスケイロですので」
アリスケイロとは魔族領側のシーアの森の中に存在する村のことだ。
「もし見つかりそうなら探して見るわ。レイナ、あなたは残ってくれる?」
「え!? あたしも行きたい!」
「あなたは私の隊でミコトに次いで強いのよ。部隊をちゃんと守っておいてほしいわ」
「ぶー。あたしが守りたいのはリナなのに」
「あなたが守っていてくれれば、私も安心して動けるわ。レイナ、お願い」
「むー……。わかった」
「ありがとう。ロア、何かあったら部隊への命令権はレイナが優先順位を持つこと。人族との戦闘は厳禁よ。哨戒を怠らず、場合によっては部隊を西進させること、それまでは待機。いいわね」
隊員たちにも聞こえるように、今度はロアに向かって問いかける。
「承知しました。どうかお気をつけて下さい。あなた様は魔族になくてはならない存在です」
「大丈夫よ。あなたたちが魔王と呼ぶ者はそれほど弱くないわ」
そう言い残して、リナはその場を出立するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます