【第二章】

1 ぶつかり合う勢力

【前書き】(2024/2/16)

前話の後半に追記を行いました。

ストーリーが少し加わっており、本話はそちらからの続きとなります。


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 三人を見送り、川沿いを上流へと進んでいく。


「このあとは?」

「ロアと合流するわ。部隊をかなり亜人領にまで寄せてたから、万が一人族と軍事衝突にでもなろうものなら大問題よ」


 亜人領で魔物が出現したときのために、国境ギリギリまで部隊を寄せていたのがこうも裏目に出るとは。


 マーク市長の目的はよくわからないが、リナをそのまま森にやったということは、人族と魔族がぶつかる方が、彼にとってメリットがあるのであろう。

 ただ、シャロル公爵とてこの場で魔族と戦闘などしようものなら大問題となることはわかっているはず。

 ロアにも魔物以外との戦闘許可を出してないので、不意遭遇戦にでもならない限り、こちらから手を出すことはないであろう。


 焦る気持ちを冷や汗へと変えながら、最悪の事態を想定してリナは加速魔法で自部隊がいる方へと駆ける。


 だが――。


 リナたちが最初に聞いたのは、爆発系の魔法を行使する音であった。

 世の中とは、どうしてこうも悪い方にばかり事が進むのかと舌打ちをしながら、森中に響き渡る音源の方へと向かう。

 連絡魔法を何度もロアへと飛ばしているのに、パスが繋がらない。


 次に聞こえて来たのは明らかな戦いの雄叫びであった。


 物が焼ける匂いと仄かな鉄の匂い。

 それが剣と剣のぶつかり合いによって生じた鉄の匂いであるのならまだマシだが、幾度も匂ったことのあるそれを、リナは直感でわかってしまった。


 血だ。


 さらに移動して、戦う者たちの姿が目に飛び込んでくる。

 リナの隊と人族が戦闘を行っていた。


「退却なさい! 魔族軍は直ちに退却! 【ウインドストーム】!」


 暴風を発生させて、人族を向こう側へと吹き飛ばす。

 もう戦闘をしたという事実は変えられないが、せめて死者数を減らす努力をするべきだ。

 でなければ外交の場が荒れる。


「退却! 全軍退却なさい!」


 リナの姿を見て、部隊が後退を開始。

 風魔法で追撃できないよう人族を追い払っていき、時間を稼ぐ。


「レイナ、ロアを探して部隊をルベル丘陵まで下げて! 私はここで時間を稼ぐ!」


 頷く彼女だけ見てからこちらへと矢玉を飛ばす人族を睨み散らす。

 ミコトとの訓練の甲斐あって、収差演算による飛翔物の空間把握ほぼ完璧だ。

 自分に当たる物だけを光剣で叩き落し、迫りくる槍兵には炎を。

 牽制魔法を幾度も放っては近付かせない。


 魔族部隊がいなくなったからか、それとも敵兵が参集しつつあるためか、目に映る敵の数は明らかに増えていき。

 だがレイナたちが撤退するためには、今しばらくこの場で殿しんがりを務める必要がある。


「【ファイヤーエクスプロージョン】」


 目の前で大爆発を発生させて、脅しをかけていく。


「命が惜しくなければかかってきなさい!」


 殺意をまとった威圧を飛ばすと、人族の兵たちは浮足立つ。

 魔法を放った箇所では木々が粉々に砕け散っており、これが人間であった場合、ほぼ確実に全身が爆散することであろう。

 そんな死地へと踏み込める者は早々におらず、二の足を踏む彼らの後ろから姿を現わしたのは――、


 またもあの六人組であった。


 こちらの姿を見るや、イシュアが苦手な食べ物でも口に入れたかのような顔となる。


「あなたたち……、もしかして私のストーカーでもしてるの?」

「それはこっちのセリフよ、リナ・レーベラ。行くとこ来るとこなんであなたがいるのよ。カナトはあなたになびく始末だし、邪魔なことこの上ないわ」


 イシュアのそんな文句を聞き流しながら、カナトが全員に攻撃しないよう前に出てくれる。


「リナ、どういうことだか説明してくれ。そちらの部隊から攻撃されたと報告を受けている」

「こちらが……? そんなはずないわ。部隊指揮は副官に任せていたのだけど、その副官に攻撃許可は出していない」

「亜人領にも侵入していたと報告を受けている。こちらは人族の軍からではなく、亜人たちからの報告だ」

「そんなっ……!」


 そんなことをロアに許可した覚えはない。

 カナトの為人ひととなりからして、この局面で嘘をつくことはないであろう。


 ならばロアが命令違反をしたのか?

 瞬時に頭を回転させ、彼の行動原理を考えてみる。

 ロアは命令よりも政治的に魔族が有利となる行動を優先しがちだ。

 本件で人族とぶつかることにより魔族にどんなメリットがあるかはわからないが、それが仮に大きなものであった場合、彼なら行動してしまう可能性も……、ないとは言い切れない。

 なら、ロアが勝手に命令違反をしたということであろうか……?

 息を吐き出し、大きく眉を寄せながら、彼らへと返答する。


「……こちらの、事実確認を行って、後程そちらに通達するわ。必要ならば謝罪も行う。だからこの場は――」

「そんなんで許せるわけないでしょう。こっちはもう死者が出てるのよ」


 イシュアが杖を掲げ、他の勇者パーティも攻撃の構え。

 そうであろうと思っていたため、リナは心苦しいことこの上なかった。

 もしこちらから先制攻撃をした上で、こちらの手違いだったから許してほしいなんて言おうものなら、手前勝手もいいところだ。

 相手に被害がなかったとしても、この理屈を許せばやりたい放題となってしまう。


「それか、あなたの命と引き換えなら考えてあげなくもないわ」


 カナトがイシュアたちの前に出る。


「イシュア、頼む、やめてくれ。もし彼女を攻撃するんなら、俺は彼女とともに戦う」


 そう言って剣を抜くも、イシュアは動じない。


「カナトのそれ、交渉になってないわよ。歴史の勉強不足ね」

「……歴史?」

「魔族を前に戦いたがらなかった勇者はあなたが初めてじゃない。【サンダーストライク】!」


 構わずイシュアの魔法が飛び、戦端が開かれる。

 人族歩兵部隊は、邪魔になってはならないとイシュアの合図で後退していき、勇者パーティ五人が走り込んでくる。


 カナトが動けない分、前衛はリーリアと大楯使いの巨漢だ。

 イシュア、弓使い、盗賊職からは魔法と矢玉と投げナイフが波状的に投げつけられ、リナはとにかく動き回ることでそれらを回避していくも、その間に距離は一気に詰められ、リーリアの槍がボウガンのごとき速さで突き出される。


 レレムの山で彼女はパーティの回復役だと言っていたが、どこが支援職なんだ。

 どう考えても前衛職なみの腕前を持っているではないか。


 中後衛職からは遠距離攻撃が五月雨に飛んできて、とにかく対処の手が足りない。

 何より一番の問題は、こちらが攻撃してさらに人族の被害者が増えた場合、この戦闘を契機に人族との戦争が再開されてしまう可能性があるという点だ。

 むしろロアの狙いがそこにでもあるんじゃないかと疑いたくなってしまうほどに。


「【ウインドストーム】」


 そのため、暴風での牽制がいいところで、それを見抜いてか向こうは構わず突っ込んでくる。


「相手を傷つけないつもりなんて余裕ね。私たち、そんなに弱くないわよ」


 リーリアから殺意の眼差しを受けながら、槍とともにそんな言葉を贈られる。


「おかしいよ! 今回は魔物が凶暴化して、私たちもあなたたちも、魔物から市民を守るために来たんでしょう? ならどうして私たちが戦うのよ!」

「魔族と人族だから。加えて言うなら、今回はそちらから手を出している。これ以上の理由はない」


 リーリアの氷のような言葉に反論できない。

 これ以上は無理だと判断し、リナも迎撃を開始する。


「【フロストジャベリン】、【ファイヤーボール】」


 大楯に受け止められながらも、防御を崩しにかかるが、すかさず盗賊職がサポートへ。


「レドル! 大丈夫!?」

「重い重い。今までのどんな魔法より重いぜ、お前ら、絶対受けんなよ。普通に死ねるぜ」


 レドルと呼ばれた巨漢がそれでもぐいぐいと前進し。

 そんな彼には光剣でも攻撃をしていく。


 彼らの武器は魔法による付術が施されている。

 フォトンセイバーは鉄でも簡単に斬り裂くことはできるが、魔法付術のなされた武具には普通の剣として振る舞うのだ。

 武器ごと彼らを斬ってしまうという心配もない。


「頼む、レドルもやめてくれ! 魔族とこの場で戦っても意味がない!」

「そんなの俺だってわかってんぜ。けど、互いに命令を受けた軍隊が不意遭遇戦しちまったら、通すべき筋は通さなきゃこのあと大変なことになんぜ」

「大変なことってなんだ!? 彼女らと戦う以上のことがあるのか」

「あるさ、カナトの大っ嫌いな戦争をしなきゃ人族はおさまんなくなっちまう。この赤目の嬢ちゃんを黙っていかせたとあっちゃあ人族のメンツの問題だ。おまけにここにいる部隊は、シャロル公爵の直属。下手なごまかしもできやしねぇ。なら、一番丸く収まる結果っつーのは、人族に死者を出した代わりとして、なんらかの成果を得ることさ。たとえばそこの嬢ちゃんの死体とかな」


 彼の言っていることはもっともだ。

 だからこそリナもこの場をどう納めるべきかに苦悩していた。

 ここで彼らを蹴散らそうものなら、結果は先のレドルという男が言った通りとなるであろう。

 人族はあとに引けなくなり魔族との戦端は開かれる。


 では代わりに自分の命を差し出せるかというと、そういうわけにもいかない。

 自分が死にたくないという思いもあるが、リナは魔族の中で次期魔王と誤解されている。

 そんな彼女が死亡した場合、今度は魔族が後には引けなくなってしまうのだ。


 展開の結末を熟考していると、収差演算が疎かになって、勇者パーティの弓使いから矢を受けてしまう。

 右肩から鮮血が舞い、力任せに矢を引き抜いて治療魔法をかけていくが、これで光剣は振るえなくなってしまった。

 ちょうど全員が引いたタイミングだったのか一時戦闘が停止する。


「ナイスよアージュ。さあ、リナ・レーベラ、もう諦めなさい。右腕で勘弁してあげるわ」

「ふっ、聞けない相談ね。むしろ、この傷で許してほしいんだけど」

「それこそ聞けない相談だわ」


 五対一を何とか持ちこたえていたところなのに、右腕が使い物にならないのはかなり厳しい。

 苦し紛れに時間稼ぎをする。


「聞いてくれないだろうけど、いちおう言っておくと、この戦闘にはマーク市長の陰謀も絡んでるわよ?」

「この期に及んで嘘? 見苦しいわね」

「違うわ、私は森に来ることを彼に話していた。けどシャロル公爵の件は聞かされてなかったわ。ここで戦闘になる可能性を市長は推測できたはずよ。なのに何も言われなかった」

「それが? 仮に彼の陰謀があったとして、だから何? 私達のやることは変わらないわ」


 ダメか、と思って再び戦闘に備えると、カナトが無防備にこちらへとやってくる。

 そして、そのままリナに背中を向けてきた。


「リナ、俺を人質にとれ。それですべてが丸く収められる」


 いきなりそんなことを言ってきて、リナも含めた全員が呆気に取られてしまった。


「カナト? 何言ってるの?」

「人質に取られた勇者を救い出すというのは、彼等の死に報いる成果になるはずだ」

「いや、でもそれじゃああなたが――」


「ホント、何言ってんのよ! あなたって人はっ! いい加減にして!」


 イシュアが怒り散らすも、カナトもこれを怒鳴り返す。


「イシュアこそ、いい加減にしてくれっ!」


 すぐ近くにいるからか、カナトがこれでもかと歯を食いしばっているのがわかる。


「メンツって一体誰のメンツだ!? なんのためのメンツだ!? なんでそんなもののためにたくさんの人が命を懸けなければならない!? 魔物に襲われた人々を助けるために命を懸けに来たというのに、なぜ人族のメンツとかいう実態もよくわからないもののために、戦いたくないもない相手と戦うんだ!?」

「向こうが攻撃してきたからそれに反撃する、普通のことよ! ここで反撃しなかったら好きなように攻撃していいと言ってるようなものじゃない!」

「リナは手違いかもしれないと言い、必要に応じて謝罪すると述べている! ならそれでいいじゃないか!」

「国家間の問題よ! そういう個人の信用云々の話じゃないわ! あなたのような子どもの理屈なんて通じないわ!」

「子どもだって……? だったら俺はもう勇者を降りる! お前達だけで勝手に大人の勇者でもやっていろ!」


 カナトの言いように対して、さすがに仲間たちにも動揺が走った。

 本当にそんなことをされたら彼らは困るだろうし、実はリナも困ったことになる。


 彼の心情はよくわかるし共感もするが、勇者がいなくなるというのも魔族にとってもよろしくない。

 勇者は成長過程にあるとはいえ、その抑止力があるからこそ魔族たちは今の戦争準備体制を継続しているのだ。

 それがないともなれば、大手を振って宣戦を布告することであろう。


「カ、カナト、言い過ぎだよ。イシュアも落ち着いて」


 依然として、カナトとイシュアの間で火花が散る。


「ふざけた駄々をこねないで! そんなことしたら、あなたが望まない戦争を魔族から吹っかけられることになるわ! あなたは人族なのよ! まず人族を中心に考えてよ!」

「ふざけてなんてない! この場でリナを殺したって結局戦争になるんじゃないのか!」

「魔族から仕掛けてきたことなんだから仕方ないじゃない! 非は相手にあるわ!」

「だから彼女の言い分も聞けと言っているんだ! 非があるからと話すら聞かなくなったら、俺たちは知性のない獣と何ら変わりないじゃないか!」

「それは外交の場で行う事であってこの場にはこの場の最善があるわ! 彼女がいくら弁明したってそれはなんの意味もなさない!」

「結局じゃあ戦争になるってことだろう!? どちらに転んでも同じなら、俺は自分のしたいようにする!」

「このっ……っ! わからずや!」


 イシュアが涙目になって感情的に魔法を発動させようとした瞬間、



 地を揺るがす咆哮が鳴り響いた。



 地面が抉れ、空気が唸り、一同はそれまでの言い合いを忘れるほどに目を見開いてしまう。


「ほ、報告!」


 人族の伝令が入る。


「蜂人の村にベエマスと思しき魔物が出現し、村を破壊してます! 現在人族部隊が応戦してますが、手に終えません!」

「ベエマスですって!?」


 それを聞き、リナも顔をしかめる。

 森の奥に住まう生ける天災。

 ベエマスなんて現れたら、亜人集落どころかベベルも危険なレベルだ。


 普段は森の奥の奥に住んでいて、人が住まう領域には決してやって来ないはず。

 もはやここで戦闘をしている場合じゃないと向こうも思い至ったのか、一番話の通じそうなリーリアさんと目が合う。


「リーリアさん、一時停戦しませんか?」

「構わないわ。ただ、あなたたちの行った行為がなかったことにはならないわよ。上の判断によっては強硬的外交手段に出ることとなるわ」


 幸か不幸か、ベエマス出現のおかげで時間が稼げる。

 この間に問題を解決できなければ、外交の場が手詰まりとなろう。


「わかっているわ。ちゃんとこちらで調査の上、筋を通すつもりよ。そちらへの支援は必要?」

「なめないで。これでも勇者パーティよ。ベエマスくらい討伐してみせるわ。……カナト、イシュア、行くわよ。状況が変わった。二人の折衷案としてはこの上ない結果よ」


 五人はそのままリナの元を立ち去っていく。

 ただ一人、イシュアだけは殺意の眼差しでリナを睨み続けていた。


「リナ……。すまない、力不足で……」


 カナトがそんな風に謝って来る。


「謝らないで。今回はたぶんこっちに非がある」

「そうじゃないんだ。俺が目指す世界は、そうじゃなくて……」


 そこで言い淀んでしまい、カナトは黙ってしまう。


「ん?」

「……いや、何でもない。また会おう」

「ええ。たぶん次会う時はこちらの謝罪だと思うわ」


 苦笑いを浮かべながら、彼とは別れるのだった。

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