5 見えざる毒牙

 少し離れたところで、息を吐き出してしまう。


「はぁ……。助かったわ、サラ。ありがとう」

「ついてきてよかったです。こうなる可能性もごくわずかにあろうかと思っておりましたので。あの滝は虫人たちからすると大切な場所なんだそうです」

「そうなのね。恋愛成就? の神様なの?」

「大樹の精霊リューケレスカ様は生命を司る神であり、命を育むという意味で恋愛成就にも捉えられております。申し訳ございません、お二人を出しに使ってしまい。ですが、大変お似合いに見えましたので」


 人族相手なのでレイナはサラに対しツンケンしているが、今の言葉が嬉しかったのか顔を赤らめている。


「しかしあなたは虫人たちにも顔が広いのね」

「修道院で保護する孤児の中には亜人たちも含まれております。それで森に住まう亜人たちとはよくご挨拶をさせていただいているのですよ」


 さすがは聖女と言ったところか。


「さて、シュラウスには何もなさそうだったから、とりあえず亜人たちの村々でも見て行こっか」


 彼らは基本的に村社会を営んでいるので、こそこそ入ると問題になる。

 堂々と正面から挨拶していき、代表の者に話を通すのが筋であろう。


 最初に訪れたのは蝶人の村であった。

 蜂人同様、姿は昆虫の蝶にかなり近しい恰好をしており、こちらの訪問を知るや、すぐに代表の者が出てくる。

 だが、その態度は敵対的とまでいかずとも、忌避的なものであった。

 代表の蝶人曰くに、シュラウスの神域を荒らす魔族を村にいれるわけにはいかないとのこと。


 サラを伴っていてもそれはダメそうで、二件目の蟷螂かまきり人の村でも同じことを言われて、違和感を覚えた。

 虫人というのはここまで横のつながりが強い集団なのだろうか。

 彼らは種族ごとで集落を形成しており、種族間が交わりにくいよう恣意的に分けられている。

 なぜこうも情報が早くに出回っているのか。


 そもそも彼らはどうやってリナたちがシュラウスに来るという情報を事前に仕入れたのかが疑問だ。

 八年という期間を経てはいるが、以前あそこを訪れたときは特段誰かがやってきて注意されるなんてこともなかった。

 見張りを立たせていたにしても、あんな大部隊の蜂人を用意しておくのも変な話である。

 唯一マーク市長にだけはこのことを話していたが、彼がそれを虫人たちにリークする理由も思い当たらない。


「どうする? もう何件かあたってみる?」

「そうね……。クーティカさんたちが住む犬人の村に行ってみよっか。彼らなら私達に恩義もあるし、話くらいはしてくれると思うわ」

「この前聞いた以上のことが聞けるかな?」

「一番の懸念事項ね……」


 頭を抱えるリナたちにサラから声がかかる。


「なにか……組織立った取り決めがなされているように見えますね」

「取り決め……?」

「こんなに早くリナ様たちの情報が出回っているのは変です。予め知っていたと考えるべきでしょう。その対応方法まで決まっていたということではないでしょうか?」

「それこそ変よ。ここに来ると知っている人物は限られるし、そもそも私たちが来ると決めたのも今日の話よ」

「……では、事前にどなたかがリナ様たちの来訪を予測されていたということではないでしょうか。そして、いらっしゃった場合の対応策を協議していたということでは?」


 なるほど、たしかにそれならば話は通じる。


「ふーむ。となると、虫人には相当な切れ者がいるということになるわね。たしかに私たちは国境ギリギリで活動を続けていたけど、そこからベベルに来て、シュラウスを調べると読んでいる者がいたってわけね」

「彼らからすれば、魔物凶暴化の原因はリューケレスカ様のお怒りに触れたからです。リナ様たちがあの場に踏み入ることも十二分に想定されたのではないでしょうか」

「たしかに。そうなると、ここでの調査が意味をなすか疑問ね。虫人たちはほぼ協力してくれないってことになる。まあなんにしても、とりあえず犬人の村へ行ってみましょう。虫人ではないから話が通じるかもしれないわ」


 三人して森を加速魔法で移動し、犬人の村を訪れる。

 すると、ちょうどクーティカさんと妹のナナティカさんが水運びのためか、大バケツを取り付けたシクを連れて出てきたところであった。

 シクとは、牛に姿かたちが似ている農業用の魔物だ。


「あら!? リナさんに、レイナさん、それにサラ様じゃないですか!? 先日はありがとうございした。どうされたんですか?」

「クーティカさん、こんにちは。もうお怪我はよいんですか?」

「ええ、怪我自体は浅いものでしたので」


 そう言って、クーティカは包帯の巻かれている腕を掲げてみせる。

 事情聴取の際、彼女らの両親はすでに事故で亡くなっていると聞いていた。

 姉が仕事を失わなければと思っていたが、どうやら大丈夫そうだ。


「そうなんですね。それはよかったです」

「それで、今日はどうされたんですか? また魔物が出たんですか?」


 そう聞かれて、これまでのおおよその経緯を説明するとクーティカさんからあっさり答えを教えてもらうこととなった。


「あ、それ、たぶんシャロル公爵が来てるからだと思いますよ。人族の。魔族の軍人さんを村に入れてるとこを見られたくないんだと思います」


 その名を聞いて、リナは眉を寄せそうになる。

 シャロル公爵の名は魔族のリナもよく知っている。

 人族の筆頭貴族で、元々は武官だが、今はそれ以外の分野でも実力を見せていたはず。


「人族の公爵が……?」

「はい。内々にベベルにそういう話があって、急遽このシーアの森を視察されているそうですよ。あの……、えっと、言いにくいんですが……。私達が魔族に助けられたことも喋るなって、クギを刺されていたりもします」


 クーティカさんが非常に申し訳なさそうな顔でそんなことを言ってくる。

 この言い回しで何となく状況の推察ができた。

 彼女らは今回の事件に際して、ベベルから復興支援金を貰えることとなっている。

 森に住まう亜人たちは原則的に人族と魔族のどちらにもつかないが、ベベルにはいい顔をしておきたいのであろう。

 そして、彼女の態度からするに、クーティカさんたちもいくらかもらっていると見える。

 姉妹だけで生活する彼女らにとっては貴重な収入となるはずだ。


「いえ、構いませんよ。むしろ話してくれただけでもありがたく思ってます。今ここで話す分には?」


 むしろここで立ち話をしているのを見られる方がよほど彼女らにはリスクになるはず。


「少し場所を変えてもいいですか? ちょうど川でこの子の水飲みと、水汲みへ行くところだったので」


 念の為二人とは距離を取って移動し、川で再び合流した。

 シクに水を飲ませたり、桶に水を汲んだりと作業しながらの会話となる。


「すみません、色々お気遣い頂いて」

「構ません。私達も人族の貴族となんて会いたくないので」


 中立領域なので、よほどのことをしない限り戦闘とはならないであろうが、それでも会いたくないのは確かだ。


 レイナがまたもあの赤い花を見つけて来て、頭につけて遊んでいる。

 実際すごくきれいな花だが、ここらへんでよく生えているものなのだろうか。

 リナが視線を送っていたことに気付いてクーティカさんが説明してくる。


「ヒソクレ草ですね。綺麗なので、植花活動で植えている花なんですよ。蜜が甘くて、私も小さい頃はよくなめてました」

「一応確認なんですけど、魔物が食べることで麻薬作用や幻惑作用のある毒はないんですよね?」

「まさか! そんなものでしたら植花したりしないですよ。ナナがなめても問題ないくらいですよ」


 そう言いながらクーティカさんがナナティカさんの頭を撫でる。

 すでにあの花は魔法で調べていたので答えを知っていたが、現地人も同じ意見なのであれば、これが魔物凶暴化の原因とは考え難い。


「リナさんたち、少し前から亜人領の手前で治安維持活動に当たってるじゃないですか。あれがどうも人族には面白くないと映ったみたいで、急遽シャロル公爵も治安維持軍をこの森に展開したらしいんですよ」


 そんな切り出しでクーティカさんが状況を説明してくれる。

 予想はしていたが、あまりの馬鹿馬鹿しさにリナはため息をついてしまった。


「勢力争いに巻き込まれているというわけですね。魔族側でも、実はそういう話を上層部からされていてウンザリしていました」


 レイナがそろ〜りと手をあげてくる。


「あの〜、あたしにもう少しわかり易く教えてほしいなぁ〜」

「ゼム大隊長が言ってたでしょ。今回の原因究明と同時に、亜人の保護もしていけって。あれってつまり亜人領に恩を売れって言ってるのよ」

「人名救助が目的じゃないの?」

「それだけが上層部の目的なら私も快く引き受けたわ。でも、魔族上層部はその先も考えてる。そして、魔族が亜人領近くにまで出張ってきたのを人族は危険視したのよ。ここの亜人たちが魔族に寝返ったら、ベベルも必然的に魔族側へ加担することになるわ」


 なるほどねぇ〜、とレイナは熱心に聞いていく。

 以前はこういった事に無関心だったが、とくにミコトが来てからレイナは勉強熱心になった。

 ミコトはあれでいて政治絡みの勘が非常に鋭い。

 おそらくレイナは会話で置いてけぼりになるのが嫌なのであろう。


「でもいきなり人族の軍を入りこませるってのはどういうことなのかしら。何か取引でもしたのかな……?」


 亜人領の治安維持活動であれば普通は亜人の軍かベベルの軍隊が担う。

 要請があったわけでもなしに、人族の軍が森に入って警備を行うというのは変な話だ。


「リナ様、できればこの話は内密にお願いしたいのですが、ちょうど昨日、ベベルに多額の寄付金が人族からあったそうです。官邸職員の方が言っておられました」


 サラからの言葉に一瞬で合点が行く。


「賄賂が渡ったってわけね。あの市長、私達の前ではいい顔をしてたけど、意外と狸ね。まあ、生粋の政治家というべきかしら」


 魔物事件を利用して亜人を取り込みたい魔族上層部。

 それを危険視して亜人たちに恩を売りにきた人族。

 その人族を利用するマーク市長。

 それぞれの政治的思惑が働いている一方、結局解決すべき魔物凶暴化にはリナたち以外まともに着手してないということになる。


 なんとも下らない事ばかり考える人ばかりだ。

 むしろマーク市長からすれば、自分が何もせずとも勝手に魔族と人族が問題を解決していってくれるので一番の利益享受者とも言える。


 いずれにしても、今リナがもっとも気にすべきは人族だ。

 リナたちが森を調べることに対して、マーク市長は何も言ってこなかった。

 ここで万が一にも、リナたちと人族の軍がぶつかる可能性だってあるはずだ。

 その結果がどうなるかは複数考えられるが、少なくともここに住む亜人たちにはプラスになるとは思えない。


「なんにしても助かりました、ありがとうございます」


 お役に立てたなら――、そうクーティカさんが喋っている途中で、


 いきなりシクが暴れ出した。


 口から泡を吹きながら、明らかにもがき苦しんでいる。


「ピア!? ピア、どうしたの!? ピア!?」


 クーティカさんが必死に首を擦るも、地面でのたうち回りながら、ピアと呼ばれたシクが暴れ続ける。


「離れて! 蹴られたら大けがよ! 【ホールドクラスト】」


 拘束魔法でシクを抑えつけていくも、重荷を運ぶ魔物なだけあってすぐさま解かれてしまう。


 やがて、それが収まっと思ったら明らかに敵意の視線でこちらを睨みつけてきた。

 咆哮を入れたと思ったら突進。

 クーティカさんをレイナの方へと突き飛ばして、自身はギリギリを跳躍回避する。


「【サンダークラスト】」


 雷弾魔法で相手は感電し、動きが鈍っていく。


「レイナ、民間人を守って! 【サンダークラスト】」


 再び突進が来たため、すれ違いざまに雷弾をお見舞い。


「【ウインドサラウンド】」


 サラからの風魔法による拘束が入り、シクが見えない風の空間へと閉じ込められ、再び――


「【サンダークラスト】!」


 さすがに三発もの雷弾を浴びて感電したのであろう。

 シクが失神しながらどおとその場に倒れ込むのだった。


    *


 戦闘後、シクの状態を魔法で調べてみたが――、


「毒物は?」

「少なくとも知られているものではないわ」


 レイナの問いにため息をつきながら答える。

 世の中には数多くの毒物が知られているが、一度世に出て徹底調査されたものであればだいたい魔法で調べあげることができる。

 だが、このシクからはそれが出なかったため、少なくとも既知の毒性は発現していないことになる。


「さっき川の水も飲んでたわね?」


 川の方も調べてみるが、やはり何もでない。

 そもそも川というのは自浄作用が強い場所なのだ。

 まだ原因が毒だと決まったわけではないが、川の水を飲むだけで発現するレベルの毒物があれば、シクはおろか、多くの生物たちがこの毒に侵されているということになる。


「クーティカさん、この子の血を少し抜いてもいいかしら? あと、最後にこのシクが食べたものが何かはわかる?」

「血は構いません。食事は干し草です。毎日同じものを食べてますし、うち以外の家畜も同じものを食べてますよ」


 となると、干し草が原因と言う線は薄い。


「原因がいまいち見えないわね……」


 目の前で凶暴化を目の当たりにしたのに、何ら新しい情報を得ることができず、焦りが増していく。

 それに――、


「クーティカさん、その言いにくいんですが、この子が目覚めたとき、状態が改善しているとは限りません。村へも運べないでしょうし、ここに拘束しておいた方がいいと思います」

「そんなっ! この子は小さい頃からずっと寝食を共にしてきた子なんです! それに、この子がいなくなったら、私たち、生活が……」


 腕力の弱い女性と幼い女の子しかいない家庭において、このシクは重要な労働力だったのであろう。


「でもさっきのように凶暴性を持ったままの可能性が高いです。カナルカ側でも凶暴化した魔物を捕えていますが、回復したためしはありません」


 残酷に聞こえるかもしれないが、彼女らのことを考えれば、この事実はちゃんと伝えておくべきだ。


「そん……な……」


 膝から崩れ落ちるクーティカさんの手をサラが取りに行く。


「クーティカさん、もし生活が苦しくなりましたら、ベベルのストューナ修道院を訪れて下さいな。わたくしたちであなた方を保護することもできます」

「サラ様……ありがとうございます」


 そのあと、落ち込むクーティカさんの許可をもらって、シクは大木に縄で括っておくこととした。

 周囲には野草が多く生えているし、川もすぐそこなので、最悪死ぬことはないであろう。


「クーティカさん、どうか気を落とさないでください。必ず原因を突き止めて、解決策を用意してきますので」

「……ええ。ありがとうございます。……それとサラ様、よく考えたんですが、よければすぐにでもそちらのお世話になれないでしょうか。先日襲われた傷の治療代も含め、もうすでにかなり苦しい状態でしたので」

「構いませんよ。そうしましたら……、それではリナ様、わたくしたちはここでお暇させて頂きます」

「今回はありがとう。またベベルへ行ったら寄らせてもらうわ」

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