4 シュラウスの滝
ごつごつとした岩だらけの足場は非常に歩きにくく、人が踏み入らないというのも納得できる場所だ。
けもの道すらあるのか怪しい場所を、三人して跳躍魔法を駆使しながら進んでいくと、シュラウス滝下へと到着するのだった。
サラがいるため足が遅くなるかとも思っていたが、彼女は余裕でこちらの速度についてきており、魔法能力はかなり高いと見える。
聖女という名も伊達ではないといったところか。
到着してからは魔物凶暴化の原因を魔法で調べてみたものの、何ら変わった特徴が見られず、ごく一般的な滝と変わりない。
ほかにあるとすれば――
「あ、リナ~、みてみて~、この前見つけたのと同じ花~」
滝から流れてきた赤い花をレイナが頭にそえてアピールしてくる始末。
念のためと思い、その花をレイナから拝借して、毒性がないかを魔法で調べてみるも何もでなかった。
「そう言えば……ここの上だったなぁ」
かつて身投げを考えていた女の子のことを思い出し、そんな言葉がポツリと漏れ出てしまう。
「何がでございますか?」
「あっ、ごめん、声に出ちゃってたや。えっと、八年くらい前かな。この崖の上でゼイルベニアに襲われてる女の子がいて、偶然助けたことがあるの」
「ゼイルベニアが……? 珍しいですね。あまり凶暴性の高い魔物ではございませんが」
「ええ。でも助けたその子ったら、自殺しようとしてたなんて言い出されて、魔物以上に焦っちゃったわ」
笑いながら言うもサラは深刻な表情のままだ。
サラは普段から追い詰められた人を相手にしているはずなので、話題の振り方を間違えてしまったなと反省する。
「そのお方は、その後どうなったのですか?」
「実は……わからないの。何とか自殺は思いとどまらせたけど、その後お昼を一緒に食べて、とりあえず私のお小遣いを全部あげて、ベベルで別れたわ。今思えば、あのまま家に連れて帰ればよかった。元気にしてればいいけど……」
サラはこちらへと跪いてきて手を握ってくる。
「きっと、そのお方もリナ様の温かさに触れて今を生きていると思われますよ」
励ましを述べてくるその様は、神へと祈りを捧げる敬虔な信徒のようで。
彼女が市民から聖女と呼ばれるのも納得だ。
容姿の美しさもさることながら、微笑を常に絶やすことなく、挙動の一つ一つが上品で、人によっては神々しくも見えることであろう。
「ありがとう」
「いえ、気にされることはございませんよ」
しばらくそんな風に見つめ合っていると、リナの手が無理矢理に横から引っ張られるのだった。
「え、えっと、レイナ、なに?」
「リ、リナはあたしの。渡さないんだから」
唇を尖らせながらそんなことを。
そんな彼女をキョトンと見ながら、サラは再び微笑を浮かべてくるのだった。
「仲がよろしいのですね」
「ええ。たまに困っちゃうんだけどね」
「大切になさった方がよろしいですよ。愛し愛されるというのは、それだけで尊ぶべきことかと思われますよ」
「そうね」
そう言って、レイナの頭を撫でるのだった。
「……しかし、何の手がかりもないわね。何かあればと思ったのだけど」
噂の精霊とやらは影も形もないし、これ以上とどまっても成果があるとは思えない。
仕方はなしに帰ろうとしたところで、収差演算に違和感を覚える。
瞬時に周囲へ警戒を飛ばすも、その瞬間、三人に怒声が降りかかった。
「貴様ら、ここで何をしている!」
声の聞こえた方を見ると、蜂人が槍のようなものを構えながら、こちらへ敵意の眼差しを向けていたのである。
より正確には、リナは蜂人の表情がよくわからないため、状況からそう推察された。
蜂人は人間のように二足歩行しているという点を除けば、ほぼ虫の蜂と同じような格好で、顔は昆虫の蜂そのものだし、腕と足が合わせて六本――この場合は腕が四本と言うべきだが――、それに羽根もある。
いつの間にかリナたちは蜂人の集団に囲まれており、いずれもが武器のようなものを手に攻撃的な態度を取っていた。
ここは彼らにとって神域となる場所。
そこへと踏み入っているリナたちを彼らがどのように思うかは考えるまでもない。
ただ……、侵入が禁止されているわけでもないので、リナたちからすれば入っただけで攻撃されるというのはあんまりな対応と受け取れよう。
レイナには武器を抜かないよう制止を送り、向こうの出方を窺っていると、代表と思われる一際ガタイの大きい蜂人が前に出てきた。
「ここは我ら虫人の神域となる場所だ。貴様らどういう理由でここへ踏み入った?」
どうするべきか。
素直に、調査のためにここへ立ち入ったと話しても良いが、相手からすればそんなことはどうでもいいであろう。
むしろ、魔物凶暴化は精霊の怒りだと主張する彼らからすれば、ここに踏み入ることはその怒りを助長する行為であり、問題を解決しようとしていたというリナの誠意は伝わらない。
ならば適当な嘘で誤魔化すか。
何を言うべきかリナが迷っていると、サラが前に出る。
「エンディルフィリスト様、お久しぶりです」
サラがリナたちへとしたように恭しく挨拶をする。
「お前は……、よく見たら聖女サラか。こんなところで一体何をしている」
「このお二人の恋愛成就のため、リューケレスカ様へと祈りを捧げておりました」
サラから突然そんな言葉が出て来たものだから、あっけらかんとしてしまう。
「恋愛? こいつらの身なりは軍人ではないのか?」
「軍人が恋をしてはいけないのですか?」
「……。そもそもこいつらは同性ではないか」
虫人たちは同性愛を文化的に受け入れていない。
「おっしゃる通り、同性愛の割合は魔族の中でもまだまだ少なくございます。ですが、彼女らはどうしても成就させたい恋だと修道院へ来られましたので、ベベルにある神殿ではなく、こちらで直接、精霊様にお願いをさせて頂いていた次第でございます」
微笑を絶えないサラの瞳を射抜くように睨み続ける蜂人。
が、こちらが彼らの表情をわからないように、彼らもこちらの表情はさほどわからないであろう。
睨み合いがややも続き、蜂人の方が折れる。
「ふんっ。まあいい。行け。この場に立ち入ってはならない。リューケレスカ様へとお願い申し上げるのであれば、ベベルにある神殿を使え。森にある神域は虫人が守る領域だ」
「承知いたしました。ご迷惑をおかけしてしまい大変申し訳ございません」
「いい。お前には虫人たちが世話になっているからな。今回のことには目をつぶろう」
そう言われて、三人して小さくなりながらこの場を離れていくのだった。
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