3 聖女サラ

「まず行くならシュラウスか?」


 市長の部屋を出ると、さっそくミコトから質問が飛ぶ。


「ええ。でもその前に寄っておきたいところがあるわ。ストューナ修道院ってところがあるんだけど、今回の事件で身寄りをなくしてしまった子どもを保護しているらしいわ。各件の状況がどんなだったかを聞いておきたいわ」

「ならあーしは別路線を探る」

「別路線? またレレムみたいなことするの?」


 睨むようにミコトを見る。


「んな怖い顔すんなよ。この街のヤーさん連中にでも聞いて回るだけだ。ちゃんと状況は報告するし連絡魔法も繋いどくからよ」

「やーさん?」

「暴力団のことだ。あーしの国じゃヤーさんっつーんだよ」

「それって十分危険なんじゃないの?」

「おいおい、力を封印されてるとは言え、あーしに敵うヤクザなんかがいんなら逆に見てみたいぜ。あーしは今魔法やスキルの類がほぼ使えねぇんだ。調査系の魔法が使えねぇとなりゃそっちに行ったって役に立たねぇだろ」

「むぅ……、まあそうだけど」

「あんだ? レイナからあーしに乗り換えんのか? そんなら話を聞いてやってもいいぜ」

「なっ! ダメに決まってんでしょうが!」


 不敵な笑みを浮かべるミコトに対し、レイナが庇うようにリナの前へ躍り出る。


「こえぇこえぇ。んじゃ、そういうことで、なんかあったら連絡すっから」


 そんな風に一通りリナたちをからかってからミコトは行ってしまうのだった。


「まったく、油断も隙も無いわ」

「いや、絶対冗談でしょ。さ、行くわよ」


 修道院へと移動し、中へと入っていくと、白銀の修道服を着た少女に出迎えられた。

 体のほとんどの部分を修道服に包んでいるが、見えている部分だけでもわかる。

 この子はとても美しい容姿をしている。


 事前情報として、この修道院には地元で聖女と呼ばれる女性がいると聞いていたが、間違いなくこの子のことであろう。


「初めまして、カナルカ軍 特別部隊 中隊長のリナ・レーベラと申します。こちらは小隊長のレイナ・クラウセルです。最近多発している魔物凶暴化事件のことでお聞きしたいことがあり訪問させていただきました」

「はじめまして。サラ・ストューナと申します。お二人との出会いを神に感謝いたします」


 ひざまずいてこちらへと祈りを捧げる様はまさに聖女然としたもので。


「あなたが噂の聖女ですね? ベベルで多くの人を助けていると聞きました」

「そのようなことはございませんよ。わたくしはただ、困っている方のお話を聞いているだけでございます。わたくしもまた、かつて誰とも知れぬ方に助けられておりますので。ちなみに、リナ様のお噂も聞いたことがございますよ。種に関係なく人助けを行われているとか」


 そんな風に言われたものだから、少しだけ舞い上がってしまった。

 リナはこれまで、軍務に関係なく人助けをしてきているが、それを誰かに褒められたり指摘されたことがあまりない。

 別に褒めて欲しくてやっていることではないが、それでも嬉しいか嬉しくないかで行ったら前者に決まっている。


「そ、そうですか。は、恥ずかしいです、噂にまでなってるなんて」

「誇るべきことかと思われますよ。わたくしなど、世のため人のためと言えば聞こえは良いですが、結局のところそれは修道院の仕事でもございますので。お給金がなければ継続できない活動もございます」


 暗にリナの方が立派な心掛けを持っていると持ち上げてくる。


「そ、そうですか。ですが、サラさんも孤児たちを個人的に保護されていると聞きますよ」

「都市からも給付金は出ておりますよ。それとどうぞ敬語なんて使わないでくださいな」


 給付金のことは知っていたが、どう考えても子どもを養っていくには少ない額しかこの都市からは出ていない。

 足が出た分は当然誰かが面倒を見なければならず、それをサラがやっているということも知れ渡っている。


「……それで、魔物事件のお話でしたね」

「あ、え、ええ」


 遠慮なく敬語なしで話させてもらうことにする。


「被害に遭った子どもの保護をしていると聞いたんだけど、本人とは話させてもらえないかしら?」


 そう言うと、サラは申し訳なさそうな顔となる。


「大変心苦しいのですが、孤児となった子どもたちはその魔物によって家族を亡くしております。できればその状況を想起させるような事情聴取はお控えいただきたいです。代わりに、わたくしでよければ事態の詳細をお話いたします」


 当然の対応だと思うし、それは想定していたことだ。


「わかったわ。そしたらまず――」



 そこから、一通り事件の詳細について語ってもらったのだが、今のところは特別な所見は見当たらない。

 このまま行くと虫人たちが崇拝している精霊とやらが一番の有力な手掛かりになりそうだが、正直その線は乗り気になれない。

 レレムであれだけ精霊に振り回されただけに、いい気がしないからだ。


「情報ありがとう、助かったわ」


 こちらが感謝を述べているというのに、サラが恭しく頭を下げてくる。


「あまりお役に立てず申し訳ございません。これから森へ行かれるのでしょうか?」

「そんなことないわ。助かってるわよ。今からはシュラウスの滝を見ようかと思っているの」

「シュラウスの滝、ですか……」


 サラはそこで言い淀んでしまい、何かを考え込んでいる。


「何か行くとまずいこがありそう?」

「いえ、その……、特段立ち入りが禁止されているわけでもないですが、亜人の中でも虫人たちはあそこへの侵入をあまり快く思っておりません。ですが……、まあ、少し周囲を見て回るくらいでしたら問題ないかと思われます。あの、もしよければわたくしも同行させていただけないでしょうか? 本件で子どもたちの世話をしながら、大変心を痛めておりますので、何かお手伝いができればと思っております」


 レイナと顔を見合わせるも、まあいいんじゃない、という態度。

 なので返答は――


「わかったわ。よろしくね、サラ」

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