2 中立都市ベベル

 中立都市ベベルは人族三割、魔族二割、亜人五割で構成される多民族国家だ。

 亜人と一言に言っても、亜人の中にはいくつもの部族が存在しており、そんな人種のるつぼとなっているのが、ここベベルという都市なのである。


 まずは都市中心部へと移動し、リナたちは市長官邸を訪れた。

 この都市を治めるのはマーク市長だ。

 彼が四十代ならではの清潔感があるように見えるのは、容貌が整っている点と、紳士らしいひげ、そしてシルクハットが絶妙にマッチしているからであろう。

 そんな彼は、人族でありながら魔族のリナたちに対しても敬意をもって挨拶をしてくるのだった。


「お初にお目にかかります、ベベルの市長マーク・リグと申します。この度は亜人たちの救援、誠に感謝いたします」


 そう言って深々と頭を下げてくるのだった。

 シーア大森林に暮らす亜人たちは独立勢力ではあるものの文化的、経済的にはベベル所属と考えて差し支えないであろう。


「カナルカ軍 特別部隊 中隊長リナ・レーベラです。こちらは小隊長のミコト・カンナヅキとレイナ・クラウセル。よろしくお願いします」


 それぞれベベルの様式で敬礼していく。


「それで、魔物が凶暴化しているという話ですね。ベベルでも調査団を編成し急ぎ調べさせています。こちらが資料になります」


 手渡された十数枚の紙にさっと目を通し、ベベル側の被害はまだ多くないことを認識する。


「カナルカ側ではかなりの被害が出ております。最近ではベベル側でも増加傾向という認識で合ってますでしょうか?」


 カナルカとベベルは広大なシーアの大森林を挟んで存在している。

 どちらの都市もルノ川沿いに立地していて、今回の事件はシーア大森林の西側から問題が発生し、それが東へ広がっているといった具合だ。


「ええ、その通りです。最初の事件はいつ頃なのでしょうか?」

「およそ三か月前です」

「こちらは一ヶ月ほど前に最初の被害者が。小魔物による負傷事件だったので報告すらあがっていなかったのですが、亜人部族連合の会合で議題になっていました。私は普段参加できないのですが、交易協定の関連で偶然同席していまして」

「何かその際に原因に関する話とかは出ていなかったですか?」

「特段これといった話はなかったです。ただ……、虫人たちは口を揃えて大樹の精霊様がお怒りだと主張しておりました」


 精霊という言葉に、思わずミコトと目を見合わせてしまう。


「亜人種の中でも虫人たちは森に暮らす者が多く、そのほとんどは大樹の精霊リューケレスカを信仰しております。ベベルは林業と製紙業が主産業となりますので、どうしても彼らとは折り合いがつかないのですよ」


 林業という以上、ベベルの業者は森に入って木を切るのであろう。

 おそらく虫人たちはそれを快く思っていないと見える。


 ただ……、そうなるとその精霊うんぬんの話は今回の件とは無関係に思える。

 単に虫人が自分たちの政治的都合上、精霊の名をいいように利用しているだけだ。


「過去に魔物が凶暴化したという記録を探しているのですが、何かありませんか? カナルカでも数例あったのですが、共通点を見いだせてなくて」

「ありますが、こちらはおそらくご存知かと思いますよ。シュラウスの憑魔ってご存知ないですか?」


 もちろんその名はよく知っているが、


「あーしは知らねぇんだが?」


 ミコトから説明を求められたので、話しておくことにする。


「ベベルから少し歩いたところにシュラウスの滝という自殺の名所があるの。ルノ川に続く急な崖で身投げも多いんだけど、それよりも――」

「魔物に襲われることが多いんですよ」


 マーク市長が説明を引き継いでくれる。


「普段は襲ってくることのない温厚な魔物であっても、あそこに行くと何故か襲われるんです。あの温厚なイーパルに襲われたなんて話まで聞きますよ」


 リナは昔、このシュラウスの滝を怖いもの見たさに訪れたことがあり、そこで自殺を考えたいた女の子と出会っている。

 あのときはがむしゃらに自分の昼ご飯や少ないお小遣いをあげたりしたが、今思えばなんて不器用なことをしていたのだろうか。

 今も元気に過ごしていればよいが。


「そのあたりの魔法的な痕跡は調べたのか?」


 ミコトが市長へと質問をしていくのだが……、彼女は敬語が使えない。

 リナは本事件とは別の意味でヒヤヒヤしてしまう。


「むろん調べましたが何も出ませんでした。もちろん見逃しているという線もありますが」


 それを聞くと、ミコトは何かを考え始めたので、大急ぎでリナから別の質問をする。


「頻度は多いんですか? 記録は残ってますでしょうか?」

「実はあまりないのです。というのも、あの場はいわくつきというのもあって、そもそも人が近づきません。以前軍に調査を依頼したこともあるのですが、足場も悪く、事故による怪我人が五名も出てしまったので途中で調査を中断したという経緯もございます」

「我々が調査を行う分には構わないでしょうか?」

「もちろん許可します。ですが、くれぐれも事故には気をつけて下さい。それと、虫人たちは大精霊様がいる神域、なんて言っております。人が踏み入るのを嫌うそうですので、見つからないようご注意下さい」

「それは怖いですね。注意いたします。また進捗があればご連絡いたしますね」


 そう述べて、市長官邸をあとにするのだった。

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