【第一章】 

1 魔物たちの暴走

 シーアの大森林はカナルカの東に広がる広大な未開領域だ。

 この土地を開拓できようものなら、重農主義的思想を持つ魔族にとってこれほど魅力的な土地はないのだが、ここには数多くの魔物たちが生息しており、万物を凌駕する竜までもが存在するなんて噂すらあるのだ。

 そのため、この森の開拓は遅々として進んでいなかったのである。


 そんな大森林をさらに東へ東へと進んでいくと、亜人たちの暮らす不可侵領域にさしかかる。

 人族と魔族の争いにおいて、亜人たちは人族に加担する傾向があるものの、大局的には中立を保つことが多かった。

 多民族国家である彼らは、人族や魔族が君主制を採用するのに対し、合議制によって政策の決定を行っている。


 本当は彼らもそれぞれの種族ごとに単民族の国家としてありたいらしいのだが、それでは国力が弱すぎていずれかに飲み込まれてしまうので、亜人全体で国家としての形態をとっているのである。


 そんな中でも比較的弱い民族である犬人のクーティカ・ピルマティオは妹のナナティカの手を引きながら、川辺で魔物から逃げていた。


 魔物たちは通常、亜人たちの生活圏には入って来ない。

 それをわかってこの姉妹は森でキノコ採りを行っていたのだが、そんな中で強力な魔獣ガイグレゾに襲われたのである。


「お姉ちゃん、痛いよぉ!」

「ナナ! 走って!」


 腕を強く引きすぎたことに妹は痛みを訴えてくるも、それを無視して強引に彼女を走らせる。


 ガイグレゾは非常に素早く動くことのできるヘビの魔獣であり、その牙には即効性の麻痺毒が含まれているのだ。

 たとえ巨大な肉体を持つハウルホーンであろうと、一撃で動けなくしてしまうほどと言われている。

 あゆみを止めてしまうことは死を意味し、それがわかってか、クーティカは人生でこれほど速く走ったことがないのではと言わん速度で森を走り抜けていた。


「ナナ! あとちょっとだからっ!」


 そう声をかけた途端、転んでしまった。

 クーティカは最初、なぜ自分が転んだかわからなかった。

 足を滑らせたわけでも、木の根に引っ掛けたわけでもない。


「お姉ちゃん!? お姉ちゃん!」


 状況を確認しようとしたのだが、首がうまく動かない。

 首どころか、体までもがうまく動いてくれないではないか。

 そこで、視界にチラと、自分の腕に傷跡があることに気付く。


 ――ガイグレゾの噛みつき跡……!?


「ナナ、にげ、なあい」


 妹へ必死に逃げるよう伝えるのだが、もはや呂律すらうまくまわっておらず。


「お姉ちゃん! やだよ! おねえ……。ひぃ……っ!」


 必死に姉を呼ぶ声も、ガイグレゾの巨体を前にして固まってしまった。

 小高い丘ほどもありそうな体長に、クマをも丸呑みにしてしまいそうな大口からは鋭い牙が顔を覗かせている。


「いや、やめて」


 恐怖のあまりナナティカは失禁してしまい、その場にへたりこんでしまった。

 二人共すでにガイグレゾの射程圏内で、彼女らの運動能力を限界まで用いたとしても命は助からないであろう。


 ガイグレゾがその大きな口を開く。


 ゆっくり、ゆっくりとそれを近づけていき、まだ身動きの取れる新鮮な肉ナナティカを絶対に逃すまいと照準を定めている。


 本当はその場から逃げた方がいいのであろうが、動けばあと数秒しかない寿命をさらに縮めるという恐怖がナナティカの足を動かしてはくれない。


 その口が、すぐそこにまで迫って――



「はなてぇ!!」



 ガイグレゾが突然の声に顔をあげるも時すでに遅し。

 魔法火球弾がダース単位で襲い来る。


 咄嗟に身を捩って防御に徹するも、続けて槍兵が飛び出してきた。

 消音魔法で音を消していたのであろう。

 ガイグレゾと犬人たちの息遣いしかなかったはずのその場が戦火の轟音で満ちていく。


「突け!」


 火球に槍に矢に、次々と降り掛かる攻撃でガイグレゾは後手の一方。

 だが、その体は鋼鉄かと錯覚するほどの鱗で覆われているのだ。

 不意をつかれた分を込にしても、徐々に体制を立て直しつつある。


 それをガイグレゾが自覚するや、巨体が猛威を振るった。

 縮こまらせていた体を振り回すだけで、周囲に展開していた魔族軍が薙ぎ払われていく。


 一時は優勢を築いていたというのに、あっという間に盤面はひっくり返されてしまう。

 魔族軍指揮官に焦りの色が浮かんだとき、視界を光が埋め尽くした。


 ガイグレゾの光線系スキルだ。


 奴は凶悪な肉体能力に加えて、特殊なスキルを放つことができる。

 それゆえに、決して刺激してはならない魔獣と言われてきたのだ。


 通常ガイグレゾは、魔族や亜人を捕食するなどということはなく、むしろこちらを見かけると大急ぎで逃げて行ってしまうのだが、今回の個体はその例外のようで。


 光線を何とか防ぎ切った兵士たちであったが、その顔は脂汗にまみれていた。

 まるで、もう一度あの光線を防ぐことはできない、と語っているかのよう。


 スキル使用にはリキャストタイムが存在するので、指揮官はその間にこの場をどのように乗り越えるかに思考をやる。

 いつもならばこの段階で撤退なのだが、そうなればあの犬人の姉妹を救うことは不可能だ。


 今回彼らに課された任務は凶暴化した魔物から亜人たちを保護することにある。

 この場で彼らを見捨てようものなら、命令違反もいいところだ。


 なんて思っていたら、再びガイグレゾが輝いていく。


 ――もうリキャストタイムが終わった!? そんな馬鹿な!


 魔物たちは高位な者になるほど威力が高く、短いリキャストタイムでスキルを放てるようになる。

 もう即決しなければならないというのに、指揮官はそれを下すことができなかった。


 迷いとは戦闘において命取り。

 兵士たちが自分たちの命を覚悟する。


 ――!


 ガイグレゾから光が放たれ。

 土煙が舞い、視界が奪われ、指揮官は判断すらも下せなかった自分に後悔してしまう。

 おおよそ五名ほどの兵士が光線を浴びたであろうか。

 土煙の中には、きっと焼け落ちた死骸が存在することであろう。


 ――くそっ! こんなところで……!


 なんて思っていたら、中から兵士たちが躍り出て、その場を退避していくのだった。

 予想とは異なる結果に疑問符を浮かべていると、そこには――



 強固な青白い防御魔法が張られていた。



 そして、それを張ったと思われる術者の彼女の姿を目にして、みなが安堵の想いを抱く。


 黒髪の長髪に真紅の瞳。

 年齢の割に童顔の彼女は、彼女を知らないの者からすれば成人前と見間違うことであろう。

 魔族の中で屈指の戦闘力をほこり、こと対魔獣戦においては彼女をおいて右に出る者は存在しない。

 その戦闘力ゆえに、みながみな、彼女のことをこう呼ぶのだ。


「次期魔王様だ!」

「魔王様!」

「魔王様、万歳!」


 本人こそこの呼ばれ方を忌々しく思っているものの、彼女の戦闘能力は本物。

 おまけに最近では、副官たちも鬼のような強さを持つと知られるようになり、彼女の隊は魔族軍の中でも特別視されるようになっていたのである。


「頼むぜ、次期魔王様、あーしは見てっからよ」


 厭味ったらしくその言葉を発するのは、魔族軍でありながら、リナが保護している人族の少女だ。

 つい先日までは幼子の容姿をしていたというのに、今では年頃の女性となっており、腰には刀まで携えている。


「あ〜ん、リナ〜、こわ〜い。あたしのことも守って〜」


 それに対し、人族の少女とは反対側に立つ金髪の魔族は、わざとらしく怖がりながらリナと呼んだ少女の腕にすがりついていく。


「あんたらふざけてないで働く! 人が死にそうなのよ!」


 当人はそんな態度を取る副官たちを叱りながら、片手間にナナたちへと防御魔法を張っていた。


「どうせお前一人で事足りんだろ。めんどくせぇんだが」

「それ以上わけわかんないこと行ったら、私の権限で謹慎にするから」


 その言葉を面倒くさ気に受け取りながら、人族の少女が仕方はなしに刀を引き抜いていく。


「はぁ、まったく。私とミコトが前衛。レイナが後衛。言っとくけど、ガイグレゾはけっこう硬いからね」

「はいよ」「りょうかーい」

「ロア、被害者を救出の後、部隊を後退させなさい」


 この場で先程まで指揮をし、リナの隊の新たな副官でもあるロアと呼ばれた男が了承とともに指揮を開始する。


「さあ、行くわよ!」


 その掛け声で、それまでふざけた態度をとっていた三人の顔付きが殺人的なものへと変わる。そして――


 地面が爆ぜた。


 リナは加速魔法で一気に距離を詰めてガイグレゾへ。

 対する魔物は、初期反応にこそ遅れたものの、それらを紙一重に躱しながら、噛みつきに尻尾振りと光線で相手を殺しにかかる。


 隙を見つけてはレイナが貫通魔法で貫き、

 押し寄せる攻撃の僅かな猶予でミコトが切り裂き、

 魔法と光剣でリナが粉砕していく。


 犬人の退避が完了したのを確認し、リナたちの攻撃は激しさを増す。

 時間が経てば経つほどに、ガイグレゾは傷だらけとなり。

 死を直感したガイグレゾは激しく暴れ出す。


 リナは、多少の手傷を負えば、やつの方から逃げ出すだろうと思っていたが、どうやらこの魔獣は死ぬまで戦い続けるようだ。

 ここで仕留めておかないと、恐らく再び人を襲うことであろう。


「レイナ、ミコト、サポートして!」


 二人が集中攻撃を開始して、さらにガイグレゾから血飛沫が飛び散る。

 リナはそれに合わせて突撃を敢行して奴の喉元へ。

 殺人的な牙が、それを逃すまいと振るわれるも、リナの回避力が上回っている。


 光剣により首が大きく割かれて、滝のような出血が始まるが、それでも刺し違えてやると予兆なしの光線を発した。

 それがリナを直撃し、土煙にまみれる。

 一瞬の出来事であったため、大丈夫かとレイナが不安気な顔となるも、ミコトは気にしていない様子。

 むしろ、こんなのも切り抜けられなかったら、あとでシゴイてやるというような顔付きだ。


「速いけど、まだまだね。ズィルカの方が速かったわ」


 余裕綽々の声が聞こえてきて、レイナは安堵の声をあげる。

 リナは局所防御魔法により、ガイグレゾの光線を片手で受け止めていた。


「ズィルカの空斬は追えてなかったじゃねぇか」

「今なら追えるからいいの! あれから私だってちゃんと訓練してるんだからっ!」


 プリプリと答えるリナは、ガイグレゾへトドメの光剣を突き立てて、スタスタと戻って来る。


「言っとくが、ディルノピラスには何度も空斬をお見舞いしたが、一度も当たった試しがねぇからな」

「私は魔王じゃなくて勇者になりたいのっ!」


 デイルノピラスとは七百年前の魔王の名だ。


「えぇー、魔王でいいじゃん。魔王リナ! すっごくかっこいいと思う! 結婚したいくらいにっ!」


 レイナがそんな風に茶々を入れてくる。


「あなたは結婚って言いたいだけでしょうが」

「え? したくないの?」

「それは……」


 いきなりぶっこんできたものだから、リナは即座に対応できず言い淀んでしまう。

 そんなリナをニヤニヤと見てきたものだから、


「むー! ふざけてないでさっさと事後処理! 犬人から調書とんなさい!」


 とレイナを怒鳴りつけてしまうわけで。

 ミコトはそれを呆れ顔で眺めているのだった。


「中隊長、見事な腕前です。さすがは次期魔王様と目されるだけのことはありますね」


 副官のロアがやってきて、そんな言葉をかけてくる。


「あのさ、何度も言ってるけど、私はもう願ってるからね? リナ・レーベラは魔王じゃなくてただの兵士なの」


 うんざりとした口調で述べていく。


 魔王になる条件。

 それは地獄の門が開いている間に、適合者が魔王になりたいと願うこと。

 願うだけなんてタダ同然なので、ほぼすべての魔族がこの行為を行うのだが、未だ魔族の中に魔王は現れていない。


「それは存じております。ですが、リナ様は周囲のその勘違いをもっと利用されるべきかと思われますよ。この若さで中隊長にまでなっているわけですし」


 そうなのである。

 リナはもともと、特に理由もなく魔法力が高いというだけで小隊長に任命され、シュジュベルの事件とレレムの事件解決を理由に中隊長へと昇進したのであった。

 給料が上がるのでもちろん嬉しくはあるが、出世欲がそこまで高かったわけでもないので、何となく微妙ではある。


 中隊というのは小隊四個部隊からできており、一小隊がおよそ三十名で構成されているため、今では百人以上の部下を持つ身だ。


 副官を務めていたレイナはそのままリナの隊の小隊長へと昇進、この他にあと二人の小隊長枠があり、一人はすでに本隊からの推薦があったため、残った最後の枠にミコトをあてがったのである。


 魔族軍の隊長に人族の、しかも皆には知られていないとは言え元勇者を任命するとはいかがなものかと思うかもしれないが、リナは正直人族との戦争に反対だし、何よりミコトは信用できて頼りになる人物だ。

 リナとしてはできる限り側に置いておきたい者なのである。


 そして本隊から推薦があったのが、まさにいま目の前で礼儀正しく敬礼を続けるロア・ミストレイルだ。

 低身長で鋭い眼光を持つ彼は一言で言うのなら――


「あなたって……相変わらず政治家よね」

「褒め言葉と受け取っておきます。リナ様の隊は戦闘力の高い人材が多い一方、誰もその手綱を握っているようには見えませんので」


 リナの隊はミコトとリナに加えて、最近ではレイナまでもが戦闘力を高めているため、一個中隊を遥かに凌駕する戦闘能力を有している。


「それであなたが握るってわけ?」

「何をおっしゃいますか。リナ様に握ってもらわなければ困ります。とくにあちらの人族などは」


 ミコトのことを指していう。

 リュッカによって封印の一部を解かれた彼女は無類の戦闘力を誇っており、魔族を裏切られて人族側につかれようものなら、目も当てられない。


 けど、たぶんミコトは自分の立場を種で決めていない。

 彼女の手綱を握るというのはたぶん無理で、一緒に歩む、あるいは思想を共感するというのが彼女との付き合い方になるであろう。


「あなたさ、ミコトと全然話してないでしょ?」

「必要な会話はしておりますよ」

「日常会話もしてほしいんだけど。信頼関係がないといざってとき大変よ?」

「それは軍務命令ということでしょうか?」


 そんな風に返してきたものだから、リナはため息をつきながら彼に一瞥だけ送って、レイナの元へと歩み寄る。

 犬人の調書を取りながら、ちょうど首をひねっているところであった。


「カナルカ軍中隊長のリナ・レーベラです。そちらは?」


 二人の犬人がおり、片方は担架で寝そべっている。

 犬人というのをあまり見たことがないのだが、恐らくはこの二人は姉妹であろう。

 背格好こそ人ではあるが、頭は動物の犬と全く同じで、体毛がしっかり生えている。

 冬時なためにこちらは厚着をしているが、彼らは体毛のおかげか薄着であった。


「えっとクーティカさんとナナティカさんだって。幸い負傷はほぼなし。症状は麻痺毒だけだったからもう治したわ。キノコ狩りに来てたらヤツが現れて、追いかけられたそうよ」

「追いかけられた? 刺激したわけでも、偶然何かをしてしまったわけでもなく?」


 これには担架に乗せられている姉の犬人が答えてくる。


「はい。最初はかなり遠くにいて、こちらに来ると嫌だと思ったのですぐにその場を離れたんです。ですが、ずっとついてきて、走って逃げたら追いかけて来て、それで……」


 リナは顎に手を当ててしまう。

 それはガイグレゾの習性から考えておかしい。

 ガイグレゾは凶悪な魔物である反面、とても臆病な生き物なのだ。

 普通に戦えば民間の魔族や亜人なんて簡単に蹴散らせるであろうに、ガイグレゾはその臆病さゆえに必ず逃げ出す習性がある。

 こちらがよほどの刺激をしない限りは、攻撃なんて絶対にしてこない相手なのだ。

 にもかかわらず、この犬人の言った通りであるとするならば、積極的にこの二人を攻撃したということになる。

 これはやはり――


「大型のですと、これで十二件目ですね」


 ロアからそんな言葉をかけられて、同じ結論に至ったことを察する。


「ええ。やっぱりシーアの大森林で何か異常が起こっているわね。普段大人しい魔物がどいつもこいつも凶暴になってる」


 今回、カナルカ軍に所属するリナたちがこのシーア大森林の魔族領ギリギリにまで来ているのは、この魔物凶暴化の原因究明と問題解決を言い渡されたからである。


 だが、すでに二か月近く調査を行っているのに、何の手がかりも掴めておらず、この状況にリナは焦りを感じていた。


「やはりこちら側ではできることが少ないです。東進すべきかと思います」

「ダメよ。ここより先は亜人領。勝手な越境行為をすれば関係が悪化するわ」

「我ら魔族と亜人との間では特段取り決めがありません。わざわざ彼らの定めた領域とやらを守らずともよいかと思われます」


 このロアという男は利用できるものなら何でも利用するタイプだ。

 あまりリナの好きな考え方ではない。


「取り決めがなくたって軍隊を差し向ける国を亜人たちがどう思うかなんて明白じゃない。却下。ミコト、そっちはどう?」


 ガイグレゾの死体を調べているミコトに声を飛ばすも、肩を竦めてきたものだから期待しないことにする。


「そもそもあーしは獣医じゃねぇぜ。獣の死体の所見なんてわかんねぇよ」


 そんなことはわかっている。

 少なくとも素人目にも明らかな異常はないということがわかればいいのだ。


「はぁ……ダメね。とりあえず犬人の彼女たちを救えただけでもよしとしましょう」

「リナ~、見て~、お花きれぇ~」


 レイナが川辺に咲いていた赤い花を頭につけて遊んでいるがそっちは無視。


「まだこれを続けるのですか?」

「いいえ、この前申請書を出してもらったでしょ。そっちで行くわ。ロア、あなたは部隊と共に森で野営していて。万が一部隊が必要になったら動かせるようにしといて欲しいわ」

「わかりました。ではそちらの準備にかかります」


 ここより東の亜人領を抜けると、その先には中立都市ベベルが存在する。

 ベベルと亜人領は互いに自治権を持っているものの、経済的、文化的なつながりが強く、実質的にはベベルの支配領域と見做せる。


 軍隊を亜人領へと勝手に送るのは問題だし、軍隊を侵入させて欲しいという要望も当然許可は下りないであろう。

 だが、都市に何名かを入国させ、本件を調査させて欲しいというのであれば問題はないはずだ。


 既に先方にはその内容で上が協議を行ってくれており、リナを含めた副官たちのベベルへの入国許可を得ている。


「それともう一つ報告事項が。我が隊にいるセイアですが、人族に内通して賄賂を受け取っていることが先日内部通報でわかりました。どのようにいたしますか?」

「賄賂……? 確かなの?」

「証拠も押さえてあり、ほぼ確実です」


 ――賄賂ね……。


「任務中で対応不可能よ。配置は現状のままで、カナルカに帰ったら私も諮問するわ。事実であるのなら然るべき対処をするだけよ」

「……任務から外されないのですか?」

「あなたやその内部通報者を疑うわけじゃないけど、真偽がわからないわ。今は任務中だから任務を優先したいの」


 軍務中の違反行為発覚は、通常は任務終了後にその違法性を審議することとなっている。

 だが、ロアはこの対応に不満があるようで、冷たい視線を飛ばしてきた。


「……わかりました。ではそのように致します。」


 リナが行こうとすると、犬人が担架から降りて呼び止めてくる。


「お待ちください。あの、助けて下さり、本当にありがとうございました」


 頭を下げる彼女へと近寄り、その肩を持つ。


「構わないわ。人々を救う事こそが軍人の役割だから」


 犬人の姉妹へと笑顔を差し出し、事後処理を班長たちに任せて、リナ、レイナ、ミコトの三人はベベルへと出立するのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る