2-1 勇者になりたい少女
ほんのりと蝋燭色に光る魔法照明の吊るされた詰所の部屋にて、リナは茫然とベッドに寝転んでしまっていた。
完全に歩を失ってしまい、もうどうすればいいのかがわからない。
レイナとザクリアが知り合いであったのなら、市長もこの問題を知らなかったわけではないはずだ。
黒幕は執政の最高責任者であるザクリアの可能性が極めて高い。
つまり、この問題を解決しに行くということは、カナルカとシュジュベルとの関係を破壊しに行く行為に他ならず。
ザクリアがリナたちに対して挑発行為をしまくっていたのは、リナに対してではなくレイナへの警告だったのであろう。
このままミコトを連れ回せば挑発の通りになると。
つまりはシュジュベルが魔族との関係を清算して、人族側に転封するということであろう。
「結局どちらに転んでも、悪を認めろってことじゃない……」
もはや
自分が何をどう頑張ったところで、誰かが不幸になってしまう。
でもその瞬間、自分の本心に気付いてふっと笑ってしまった。
――いや、違う。また私、自分に嘘をついちゃってる……。
多くの人が不幸になるのを何とか止めたいという思いはたしかにある。
けど、リナの心はそんなことよりも、自分がどう足掻いたところで親友との関係が修復できないことに絶望してしまっている。
なんて薄情な魔族なのだろうか。
数多くの人々が不幸に巻き込まれそうになっているのをわかっているのに、自分のことで頭がいっぱいだ。
だって身体の一部を喪失してしまったかのような苦痛がずっと頭から離れないのだ。
そこにあるはずのものがないという虚無感が背後霊のように心へまとわりつき。
息を吸って、吐くという動作一つとっても辛い。
彼女も、同じような気持ちなんだろうか。
――ミコト、今どうしてるんだろ。無事で済んでるのかな。
ふとそんなことを思ってしまう。
無事なはずがない。
彼女の未来は、これから誰かに売られて一生を惨めなまま過ごすことになるのだ。
結局レイナ以外の人のことはリナにとって他人事なんだな、と自分をさらに卑下してしまう。
ぼんやりとミコトの言っていた言葉を思います。
『あーしと仲良くなったらてめぇらはあとで大けがをする。だからこの飯は不味いんだ。そういうのはお前の大切なお友達とだけにしておけ』
ミコトとご飯を食べた時に言っていた言葉。
あの時は意味がわからなかったが、これはもしかして今の状態を指しているんじゃないだろうか。
つまり、奴隷のミコトと仲良くしていたら、奴隷売買に裏で関与しているレイナの真の姿を知ることとなって大けがをする、と言う意味だ。
もしそうなら、ミコトは前々からレイナのことを知っていたということになる。
あり得る話だ。
ミコトが奴隷として捕まっていたときに、売買の現場や保管所でたまたまレイナを見かけている可能性はある。
だとするならそれはどこだ。
メメリモ通りだったら行く意味はないが、それ以外ならまだミコトを救出できる可能性が残されている。
だが、とリナは再び思考を切り替える。
そんなことをして何の意味がある。
第一に、それはミコトを救う行為であって問題そのものを解決する行為ではない。
第二に、それをやっても再びあの警備隊の手が伸びてくる可能性が高い。
第三に、ミコトを救い出したところでレイナとの関係は修復しない。
――何の意味も……。
そう思った瞬間、自分を笑ってしまった。
――ははっ、私、何考えてんだろ。ミコトが救えるじゃん。
人一人を救えるのに、なんでそれを意味のない行為だなんて考えていたのだろうか。
あまりの浅ましさに涙が出る。
しばらくそうして静かに泣いた後、自分への嫌気を引きずりながら、それでもとわずかな希望の光りを持って地図を取り出す。
奴隷をこの街に隠すとしたら、他にどんな候補があるだろうか。
前回探したときにはメメリモ通りしか思い浮かばなかったが、その他にはないのだろうか。
――ミコトのような子どもを隠すとしたら……。
子ども……?
そう思った瞬間、ある箇所が気になりだした。
ディルメイア孤児院。
この都市の規模なら孤児院はあって然るべき施設だが、他の孤児院と違ってここだけは立地がおかしい。
なぜこんな治安の悪い場所に建っているのだろうか。
おまけに水路沿いでもあるため、洪水の際には水害の危険もある。
だが別の観点ではどうだ。
子どもに気をかけるような大人が近寄りにくい場所で、かつ水路を使えば町のどこにでも隠れて人の搬送の行える場所とも言える。
子どもの奴隷を隠しておく場所としては最適な立地と言えるのではないだろうか。
リナは迷いながらもとりあえず立ち上がってみる。
ここのまま孤児院に行って、自分はどうする気だ。
むしろ何もしないで、明日の軍事演習をほどほどにこなし、カナルカに帰った後レイナに謝れば、また彼女との関係が続けられるんではないだろうか。
そのまま奴隷売買が続こうとも、あるいは魔族社会がシュジュベルと争うことになろうとも、自分には何の関係もないじゃないか。
レイナさえ自分の傍にいれば――。
…………。
涙がこぼれた。
「私はなんて愚かなの……」
そんなことをして、レイナの前に堂々と立てるつもりでいるのか。
互いの腹も割れない段階で、レイナとの未来に光が差すことなど一生ない。
「勇者になりたいんでしょう」
言い聞かせるようにその言葉を胸に刻む。
涙にまみれたその目を開く。
「そんな簡単に、めげるんじゃない!」
リナは無理矢理、自分の足に力を入れた。
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