4-3 スナクの白黒

 スナクとの一騎打ちを終えた後、しばらく歩いたところでソワソワとしているレイナがもういいでしょうと言わんばかりに口を開いてくる。


「ぜんっっっぜんわかんなかったんだけど、どゆこと!?」


 ある意味予想通りというか、ちょっとは自分で考えなよという言葉すら出てこないというか、リナは嘆息しながら順を追って説明することにする。


「レイナ……あなたってなんて言うか……レイナよね……」

「え? う、うん。そうだけどいきなりなに? もしかしてそれって愛の告白か何か!?」

「なんでそうなるのよ」

「結婚の暗喩的な?」


 ――どこをどう暗に示せば結婚になるのか。


「まずスナクさんだけど」


 無視された! というレイナの言葉も黙殺して話を続ける。


「シュジュベルの警備隊は奴隷売買に関与している可能性が高いけど、警備隊と言っても大きな組織よ。恐らく関与しているのは一部の連中だけになるはず。だから彼がその一部であるかどうかを見極める必要があったの」

「つまりあのスナクって人族は関係してなかったってこと?」

「ええ、まず間違いなく。むしろ味方になってくれそうよ」


 レイナが当然眉をひそめてくる。


「会話の中でそんなこと言ってたっけ?」

「いえ、言ってないわ」

「じゃあなんでわかるの?」

「私が外交特権を使わなかったから」


 がいこうとっけん? と難しそうな顔をするレイナに、それくらい勉強しといてほしいなぁと思ってしまう。


 今回シュジュベルへ入国するに当たって、リナたちは外交特権が与えられている。その権利を行使すれば、それだけで彼らを退けることができたのだ。


「えっと……馬鹿な私でもわかるように説明してほしいなぁ」


 レイナがあざとい表情をつくりながらリナに上目遣いをしてくる。


「外交特権があると大抵の警察権から逃れることができるわ」

「あたしたち犯罪し放題ってこと!?」


 レイナを思わずチョップしてしまう。


「しちゃダメに決まってんでしょ。これは言わば国家間の信用の問題よ。私たちに外交特権があることは演習先のスナクさんなら知っているはず。ならなぜそれを使ってこないのかと疑問に思ったはずよ」

「なんで使わなかったの?」

「そんなのスナクさんたちが奴隷売買に関与している警備隊かどうかを見極めるためよ。彼の対応は私に歩調を合わせたものだったし、ありもしない一騎打ちの条例の話まで持ち出してきた。この段階で彼を白だと判断できたわ」

「へ? 一騎打ちの条例ってないの?」


 レイナ、あなた……、と呆れ顔にならざるを得ない。


「せめてサンペルカ条約くらいは全部覚えておいてよ」

「にゃはは。記憶力に自信がなくて……」


 どうせ座学は寝ていたのだろう。


「あの段階でスナクさんの目的は私と同様の奴隷売買の調査に変わったはずよ。熊人がこの場を失敗したときにどんな行動にでるかを彼も見ているはずよ」

「ってことは……」

「私も熊人にはちゃんと探査魔法を付けてあるわ。恐らくだけど、スナクさんは警備隊内部を見張ってくれるはず。申し合わせたわけじゃないのに、即興であそこまでやってくれたのはすごいと思っているわ。あの人との演習がちょっと楽しみになってきちゃった」


 な! とレイナが驚愕の表情を浮かべる。

 そしてなぜだかリナの腕にがっちりと絡みついて、二の腕をかぷっと噛んできた。


「リナが男と浮気してる! ダメ! リナはあたしの!」

「いやなんでそうなるの。意味が分からない。そして噛むな」

「だってリナが男にデレてるの見たことないもん! 天才のリナがデレるほどってことは相当なはずよ! あたしも本気にならなきゃって危機感持っちゃう!」

「あなたはそんな危機感よりも、法律の知識に対する危機感を持った方がいいと思うんだけどね」

「う~、やられる前にやる! 今こそリナを襲う時だぁ!」


 な、ちょ、やめろ、と抱きついて来るレイナを何とか腕でガードしようとするが、どさくさに紛れてお尻とか胸とかいろんなところを触られてしまった。

 そんな風にじゃれつくリナたちへ水を注す言葉がミコトから飛んできた。


「あーしを今すぐ熊人のとこへ連れて行け。その方が賢明だ」


 深刻な表情というわけでも、焦るような表情というわけでもない。

 強いて言うならミコトの顔は何かを諦めている。


「ミコト……」


 絡みつくレイナを引き剥がして、彼女の方を向く。


「そんなこと言わないで。さっきも言ったけど、あなたは私が守ると約束するわ」

「てめぇは頭がキレっからもうわーってんだろ。あの熊人はスピードを重視してた」

「ええ。理由まではわからないけど」

「あーしが死なねぇからだ」


 死なないから……? と思わずつぶやいてしまう。


「あいつらはあーしの口を塞げねぇんだよ。普通なら死人に口なしをすりゃいい。けどあーしにはその手が使えねぇ。だから何が何でもあーしの確保に動くはずだ。さっさとあーしを手放せ。さもなくば火の粉が降りかかるどころか大火事になんぞ」


 なるほどとリナは理解する。

 ミコトの証言は奴隷売買の関係者に対する強力な切り札になるということだ。

 だからあらゆる汚い手を使ってくることも想定されると。


「たとえそうだとしても、私はあなたを見放したりしないわ。絶対に」

「あーしが手札になるからか?」

「違うわ。あなたを私が守りたいからよ」


 ミコトはこれ見よがしに大きなため息をついて、こちらに氷のような視線を飛ばしてくる。


『そういう寒いこと言うのやめといた方がいいぜ。それにてめぇの場合はさらに大けがもすんぞ」

「……さっきもそれ言ってたけど、どういう意味なの?」

「さあな。てめぇで考えろ」


 意味が分からず顔をしかめていると、今度はレイナから声がかかる。


「いいじゃん行こ。リナのことだからそいつのこと守りたいんでしょう?」

「え? ええ。そうだけど……」


 釈然としない思いを抱きながらレイナを見る。


「ん? なに?」

「いや、その……」


 てっきりレイナのことだから『行きたいって言うならそんな人族ほっとけばいいじゃん』とでも言ってくるのかと思っていた。

 彼女には珍しく、人族のミコトを連れて行く方向の意見に賛同してくれている。

 その事実にじんわりとした暖かさを感じてしまい、自然と彼女の肩を抱いて頭を寄せていた。


「うわぁ、な、なんだリナ! ついに愛の告白か!? 受けちゃうぞ! あたし受けちゃうぞぉ~」

「うん! レイナ大好き」

「あふぅん」


 そんなバカなやり取りをするリナたちであったが、ミコトがずっと重い瞳を向けてくることだけが気がかりでならなかった。

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