4-1 シュジュベル警備隊

「そこの魔族、止まれ」


 藪から棒に、早めの昼食を終えたリナたちへと声がかかる。

 その声色や威圧的。


 振り返ると、そこには警備隊と思われる者が十名とメメリモ通りで対峙した熊人が彼らの陰に隠れるように立っていた。

 この段階でリナは状況を冷静に分析する。


 恐らくこの熊人はリナたちのことを通報したのであろう。

 容疑は身元不確かな少女を連れ回しているといったところか?

 熊人は自分が調査されても大丈夫なようにこの短時間ですべてを洗ってきているに違いない。

 でなければ逆に彼がお縄につくこととなる。


 泳がして半日も立っていないのに手際が良すぎる。

 摘発したり、逆に摘発されたりするケースに手慣れているという事であろう。

 この警備隊もどこまで信用できる相手かは疑問が大いに残るところだ。


「なんですか、あなたたちは?」


 ミコトを体の後ろへと隠す。

 リナにはこの場を簡単に切り抜ける手札が二つもあるのだが、今回はいずれも使わないことにする。

 なぜならこれは情報を得ることができる千載一遇のチャンスだからだ。


「シュジュベルの警備隊だ。身元を検める。身分を証明できるものを提示しろ」


 リナはレイナへと視線を送った後、二人して在留証を見せていく。


「おら、そっちの人族はどうした?」


 ミコトは下を俯いたまま。

 別に諦めている風でも、逆にリナたちに期待の眼差しを向けているわけでもない。

 強いて言うなら予想通りの事態に何の興味も示していないという表情だ。


「出せないのか? この少女とはどういう関係だ?」


 リナは黙ったまま。

 まだこの警備隊員の表情が読み取れないので動いてはならない。

 レイナには何もしないよう手で指示しておく。


「なんとか言え。このまま逮捕するぞ」


 脅しの言葉にもやはり閉口。

 しかし思わぬところから声が飛んだ。


「リナとか言ったか? さっさとあーしを突き出せ。互いに不幸になるだけだ」

「ミコト……。絶対にそんなことはしないわ」

「この場を乗り切る手があんのか?」

「ええ。あるわ」

「じゃあなんでそれを使わねぇんだ」

「……言えないわ」


 そう言うとミコトはしばらく考えた後、彼女はやっぱりなと言わんばかりに諦めた敵意をリナへと放つ。

 恐らくリナがこの警備隊に対して奴隷売買の関係者かを探っているということに気付いたのであろう。

 結果彼女から出てきた言葉は、


「はんっ、つまりあーしを出しに使ったってわけか」


 そのあだおろそかにできない言葉に、リナはやむを得ず優先順位を変更する。

 本当はこの警備隊を見極めることを優先したいのだが、ミコトの心を開くことはそれ以上に重要なことだ。

 

 ここで本件の被害に遭った彼女を蔑ろにする行為は、奴隷売買を止めるという正義にもとる行為と言えよう。

 しゃがんでミコトに視線を合わして答える。


「違うわ。たとえ手札がなかったとしても、私は絶対にあなたを突き出したりはしない。出しに使ったんじゃない。そもそもあなたを守ることと、今私が進めていることは関係ないの。どんな状況であったとしても、私はあなたを必ず守るわ」


 きっぱりと断言するリナに依然としてミコトは睨みを飛ばす。


「正義感の強いこった。その正義感がいつかてめぇの大事なお友達を殺さないといいな」


 なぜだかレイナの方を見ながらそう言うのだった。

 ――どういうこと?


「おい! ごちゃごちゃ言ってないでさっさと身分証を示せ!」


 警備隊員がいい加減リナに迫ろうとした瞬間、別の警備隊が間に割って入る。


「待て、お前カナルカ軍の者なのか?」


 恐らくこの隊の指揮官と思しき者がリナの身分証を見ながら問うてくる。

 その者は人族の男性で、リナの身長の一・五倍はあろうかという巨漢であった。

 体つきも筋骨隆々としており、肉弾戦を行う戦士としては申し分ない体に見える。


「はい。小隊長のリナ・レーベラです。あなたは?」

「演習を共に行う予定となっているシュジュベル第六小隊の小隊長スナク・メスベルだ」


 予断を許さない態度ではあるが、スナクと名乗った男の表情がやや軟化したように思う。

 長ったらしいボサボサの長髪かき上げながら腕を組み直していた。


「それで、そちらの少女に関して身分証はあるか?」


 真っ直ぐとリナを見る瞳。

 リナたちを騙そうとしているのか、はたまた誠実なのかがいまいち判別できない。

 だがもし奴隷売買に息のかかった者であれば、この場で何を言っても通用しないはず。


「いえ、ありません。この子は今朝我々の方で保護しました。そこにいる熊人に顔を水に沈められ窒息させられそうになっておりました」

「嘘だ! こいつらは今朝俺らのところからそいつを連れ去って行きやがったんだ」


 ――俺、ね。

 咄嗟の言葉に墓穴を掘ったな、と思いながらもそれを表情には出さない。


「確か縁戚に当たる子、と言っていたな?」


 スナクが確認すると、熊人は紙を取り出してそれを見せびらかす。


「そうだ! 俺の従姪いとこめいに当たる! これが家族証明証だ!」


 なんでそんな証明証が今朝の今で持参できているんだとか、亜人の親族でありながら血縁に人族ってどんな血筋だとかいろいろツッコみたくはなるが、通常双方の主張が食い違う場合、証拠のある方が有利となる。

 つまりこの場では熊人の殺人未遂を証明できる証拠が提示できない限りリナたちは不利となってしまう。


「っと主張しているが、そちらの主張は変わりないか?」

「はい、そうです」

「何かお前の主張を証明する物、あるいはそれにつながる証言を持っているか?」


 ミコトの方をチラと見ながら言ってくるが、リナの回答は、


「いえ、ありません」


 スナクはわずかに訝し気な目を向ける。


「……繰り返しになるんだが、お前は自身を擁護する何らかの権利や間接的な証明、あるいは第三者による証言等を提示しないのか?」

「はい。それらは持ち合わせていません」


 はっきりと断言するリナの様子を見て、スナクと名乗った男は何かを深く吟味している。

 この男の対応次第で彼が白か黒かははっきりするのだが……現段階でかなり白に近い。


「質問を変える。警備隊に通達せず、自分たちでその人族を保護し続けた理由は?」

「本件が警備隊共犯だと考えているからです」

「ほぉ。警備隊の俺らを目の前にしてその主張。いい度胸だな」


 スナクが一歩リナへと近づき、その巨体からリナを見下ろす。

 そんな彼に対しても毅然とした態度を示すリナ。


「度胸の問題じゃないわ。どの仮説の確度が高いかの問題よ」


 この発言でスナクは何かを判断したようだ。

 自身を見る目が変わったのを感じとる。


「……そうか。そうだな……、実は警備隊内部にも今お前が言っていた共犯の話があってな。この場をどう納めるべきか迷っている。場合によってはいったんその少女をお前に預けてもいいかもしれないと思っている」


 ――よし。今の発言で必要情報はすべて得られた。

 リナは心の中でほくそ笑み、次なる手をどうすべきか思案する。


「そんな! 俺は家族を連れ去られてるんだぞ! そんなの受け入れられるわけないだろう!」

「だが双方の主張が食い違っている。万が一この……リナ・レーベラといったか――の言っていることが本当である場合、お前に預けるわけにはいかない」


「こいつらは何の証拠も提示してねぇじゃねぇか! なんでこいつの主張が一方的に採用されんだ!」

「彼女は外国籍だ。この都市の法律よりも優先される決め事があってな。その場合本来ならば仲裁を勤める警備隊が預かることになるんだが、本件はそれも危険をはらむ」


「あんたらのことだろう! そこはあんたらで何とかしてくれよ!」

「もちろんそうするつもりだ。ただその場合、お前の証拠も徹底的に洗うことになるがそれでもいいか?」


 熊人がわずかに顔をしかめたのをリナは見逃さない。

 やはりあの証明証は偽造のようだ。深く調べられると困るのであろう。

 だがそこを攻めても面白くはない。


 現状得られている情報は二つ。

 この熊人はとにかく時間を重視したと言う事。

 リナたちを通報する手際はかなり早いものと言える一方で、このスナクと名乗った男は彼らの手が及んでいないように見える。

 つまり、何かミコトの確保を急ぐ事情があるのだろう。

 

 もう一つは熊人が失敗したとしても、その保険が用意されていると言う事。

 俺、と自分のことを複数系で呼んでいたことから、彼には仲間がいる。

 だが、現状の彼の手札はいずれも彼一人いれば問題ないものであるため、熊人が失敗したときのリスクヘッジに回っていると考えるのが自然と言えよう。

 ならば、この場を乗り切ってもまだ次がある。


 それらを踏まえて、さてどうやったものかと思っていたところにスナクが「あるいは」とさも今閃いた風を装って声を発してくる。


「あんたはカナルカの兵士なんだろう? 国が違う者同士の主張が食い違っているんだ。サンペルカ条約第六十二条に基づいて、どちらの主張を採用するか一騎打ちで決めるって言うのはどうだ? 俺とあんたで勝った方の主張を通すってわけだ」


 全員の間に沈黙が舞い降りる。

 とくに熊人は、彼の提案によりどの結果が自分にとってもっとも益となるかを計算しているのであろう。

 案の定すぐに口を開いてくる。


「そ、それでいこう。あんたもシュジュベルの小隊長なんだろう。従姪を取り返してくれ」


 熊人が真っ先に乗り気となった。

 と言うか彼にはそれしか選択肢がない。

 万が一あの家族証明証を調べられたら不味い事態となるのであろう。


「リナ、どうするの? ここで合同演習の前哨戦をやっちゃう?」


 レイナも比較的乗り気のようだ。

 相手が人族だから叩きのめしてほしいということなら悲しい限りだが、彼女の表情にはそう言った感じが見られない。

 どちらかというと事態を緊張と共に見守っている風だ。


 何にしてもゴールまでの段取りは読めた。

 ――サンペルカ条約第六十二条……。この条約はそもそも五十六条までしかない。

 つまりリナの答えは、


「一騎打ちで決めましょう」


 となるのであった。

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