【第二章】 不滅の少女
1ー1 中立都市シュジュベル
五日間の馬車移動を終え、巨大な城塞が視界に入って来る。
一定間隔で設けられた楼閣は、平時は観光スポットとなり、有事には強力な防衛拠点となることであろう。
堡塁にはバリスタやカタパルトなどの防衛兵器が多数備え付けられており、それだけでこの都市の攻略難度が高いということを推察できる。
それと同時に、シュジュベルにはこれだけ多くの兵装を用意できる財力があるということも示されていた。
リナたちは入国審査を済ませた後、都市内部で馬車から降りる。
長い時間を馬車の中で過ごしたためか、久しぶりの地に足付ける感覚を懐かしみつつ、リナは部下たちへと指示を出していった。
「そしたら三日後まで待機だよ。観光とかしてもいいし、宿は第三詰所を取ってあるから使ってね。それじゃあ、解散!」
リナはさっそくレイナの元へと行く。
「じゃあ私たちは街で調査に行こっか」
うん! という観光さながらの陽気な返事を聞きながら、荷物を詰所に置いて二人して街の中へと繰り出していく。
中立都市と言うだけあって、歩いている者たちは人族、魔族、亜人と多種多様だ。
街のつくりはカナルカとあまり変わらないようで、建物のほとんどは石造りとなっている。
とくに、赤い屋根とクリーム色の壁で統一されている点が街全体としての美しさを際立たせていた。
「そしたらどこから行く? 東区にある教会とかはすごくきれいだよ。あとは北区の劇場の傍にある食べ物屋さんがすっごくおいしいんだ」
シュジュベルに何度も来たことのあるレイナが通な説明をしてくる。
ただ、観光をしに来たわけではないので、彼女の提案に乗るわけにはいかない。
「レイナ、任務で来てるって忘れてない? 奴隷売買の件を先にやんなきゃ」
「にゃはは。だってぇ~、リナと二人で旅行とか最近してないし~。リナも観光は好きでしょ?」
彼女がごちゃごちゃ言っているのを無視して、予め考えていた場所へと足を向ける。
「どこ行くの?」
「各商会の大店舗よ。まずは奴隷売買がこの都市で本当に行われてるかを確認するわ」
「そんな大っぴらな店でやってるのかな? それだとバレちゃいそうじゃない?」
奴隷売買どの国でも禁止されており、シュジュベルもその例外ではない。
「いえ、まずは情報収集よ」
「各商会に聞き込みしてくってわけね! 私の知ってる店なら案内するよ!」
「うーん、時間があったらそれもいいんだけど、今回は力技で行くわ。人の言葉はどうしても信憑性に欠くし」
「力技……? どんな?」
まあ見てなさい、と言って最初の目標店舗に到着する。
店に入るや、リナは店長を呼び出し、単刀直入な質問を繰り出した。
「つかぬことをお伺いしたいのですが、この店で奴隷は取り扱っておりますでしょうか」と。
当然その返しは嫌悪感を伴う歪んだ表情と強い否定の言葉であった。
この非常に頭の悪い質問に始まり、店長から「我が商会が法律を犯すようなことはない」となかば怒声に近い言葉を返され、しまいには店より追い出されるところまでが、リナの描いた通りのストーリーである。
「えっと……、追い出されちゃったけど」
「いいのよ。これで」
長い時間をかけて現地人と厚い信頼関係を築けているのであればいざ知らず、この街に来たばかりのリナたちが聞き込みによって正しい情報が得られる可能性なんてほとんどない。
人は嘘をつく生き物であるし、本当のことを言っているつもりでも、事実を誤認していることもある。
重要なのは、リナが店を訪れて店長に奴隷というワードを出した点にある。
リナはそのまま、通行人にはわからないように無詠唱でとある魔法を発動させた。
「魔法……? 何したの?」
「秘密。結果が出たら教えてあげるわ」
「今教えてよ」
レイナが珍しく真面目な表情で髪をいじりながら聞いてくる。
「そうね……。ならヒント。私がここに来て何かの探りを入れていた、という情報が相手には伝わったはず。これに対処する最も効率的な手を私は打っておいたわ。さて、その対処とは一体なんでしょーか?」
「えぇ。難しすぎるんだけど……。もっと子どもでもわかるように教えてよぉ~」
リナへともたれかかってきて、彼女の胸が押し当てられる。
相変わらず憎たらしいほどの肉厚だ。
リナの腕からはみ出たそれを見て、仕返しとばかりの言葉を返す。
「あなたは子どもじゃなくて立派な十七でしょうが。私の隊の副官ならちょっとはこういうこともできるようになりなさい」
「むぅ。リナのイジワル」
彼女の批判を聞き流しながら、次なる店舗を目指し、先と全く同じことを行っていく。
そうやっていくつかの店で仕込みを終えたのが、ちょうど昼過ぎくらいであった。
「よし、準備おしまい! 順調ね。次は――」
「まだやるのー? あたしはもうヘロヘロなんだけど……」
レイナは仕事を続けることに反対な様子。
というかこれはリナが自主的にやっていることなので、レイナが付き合う必要性はない。
別についてこなくともよいと伝えたのに、なぜわざわざここまで付き合うのか。
「あなたね……。まだ半日しか仕事してないじゃない」
「リナがストイック過ぎるんだよぉ」
「いいから、次行くわよ」
「えー? まだやるのー?」
「いえ、もう準備は終わったから、夕方まで空き時間よ」
途端に彼女の目が磨き立ての金属のごとく光る。
「観光!?」
その言葉にリナが無言で手を差しだすと、レイナは大急ぎで手を繋いできたのだった。
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