4 耽る少女の想い
幼かったころ、レイナのご両親が戦争で亡くなった。
彼女の両親は別に兵士でもなんでもなく、隣町の土木工事に出かけたところ、人族の行軍にたまたま遭遇して殺されてしまったそうだ。
レイナと毎日一緒に遊んでいたリナは、三日三晩泣き続ける彼女を何とか元気づけようと、幼いながらに一生懸命考えていた。
そんな中で思いついた方法は、自分が魔王様となって人族との戦争を止めるというものだ。
レイナのパパとママは戦争で亡くなったわけだし、戦争により村では物不足や人手不足に悩むことが多い。
全ての元凶が戦争にあるんだと気付いたリナは、その大発見を喜々としてレイナに伝えにいったのである。
「レイナ、元気出して。私が魔王様になって勇者と仲良くしたら戦争はなくなるからさ」
未だに家で泣き続けるレイナに向かってそう言うも、彼女はリナの方を見ようともしない。
「ねぇレイナ。だから一緒に遊ぼうよ。私が戦争を止めるからさ」
「うるさい!」
肩にかけようとした手を払われ、敵に向けられるような視線で睨まれる。
「リナが人族と仲良くしても、あたしはパパとママを殺された恨みは絶対に忘れない!」
「レ、レイナ、私は……」
「リナにはお父さんとお母さんがいるでしょ! あっちへ行け!」
その怒鳴り声が耳の奥に響き続ける。
そうじゃない。
そうじゃないんだ。
レイナ、私は――。
薄っすらと目を開ける。
どうやら慣れない酒を飲んだことで眠ってしまっていたようだ。
夜の酒場。
入った夕方ごろはまだ人が少なかったが、今は多くの人たちがガヤガヤと酒をあおり、大量の食事がウエイトレスたちによって運ばれている。
昼間から酒を飲むとはいい御身分になったものだな、と心の中で自分を揶揄しながらも、過去の自分の失敗に思いを馳せる。
――そう言えば人助けを始めたのもあの頃からだったな。
戦争がすべてを破壊する行為であるのなら、誰かを助ける行為はその対極にあると幼心にリナは考えたのである。
その活動は、最初はレイナのためと思ってやっていたのだが、だんだんと見知らぬ誰かのためとなっていった。
なのに――。
「はぁ……。失敗してばっか……」
結局その活動でレイナとの関係は進展せず、奇しくもその後、リナの母親が戦争で亡くなってしまったことにより、彼女とは再び親密な仲になれたのである。
リナはすでに母親を失った悲しさから立ち直っているが、レイナは未だに人族のことを恨んでいる。
今でこそ彼女は皆の前で陽気に振舞っているが、一昔前までは人族の悪口ばかりを言う子だった。
そんな彼女を何とかしたいと、リナは今でも願っている。
なのに――、と彼女の血塗られた姿を思い返す。
彼女のすぐそばにいて、手を伸ばせば届く距離にいるのに、リナはその手を伸ばすことを恐れている。
人族の話題を踏み込んで話せば、恐らくレイナはリナのことを嫌ってしまうであろう。
なぜならリナは、根本的に人族と敵対すべきではないと考えているからだ。
人族と魔族は確かに異なる種だが、双方とも知性を持って文明社会を築いており、互いに分かり合える余地を持っていると思っている。
だがレイナにとってそんなことはどうでもよく。
愛する家族を殺されてしまったことに今でも縛られているのだ。
そして、レイナとの関係を壊したくないからこそ、リナはそこに踏み込めずいるし、レイナもまたリナとの関係を壊したくないからこそ、リナの人助けの活動や、人族に対する扱いについては一切口を出さないようにしている。
親友であるからこそ、お互いに踏み入ってはならない領域がわかっているのだ。
でもそれは、果たして親友と呼べるのだろうか……。
ため息をついていると、カウンターの隣でリナと同じように一人で酒をあおる白髪の男性が話しかけてくる。
「しょぼくれた顔をして、どうしたんだいリナさんや」
ウザ絡みをしてきている風でも、さりとて本気で心配しているわけでもない口調。
酒場には似つかない高級そうな紳士服を着ているのは三十くらいのおっさんだろうか。
カウンター席ではしばしば見知らぬ相手に話しかけられるものだが――。
「……なんで私の名前を知っているの」
「おやおや君はこの街じゃ有名ではないか」
自分の黒歴史を指摘されてリナは顔をしかめる。
「新兵の能力測定で先代の魔王像を破壊したのは、歴史を紐解いても君が恐らく初めてだろうよ」
そうなのである。
リナは兵士となって最初の能力測定で、緊張のあまり魔法を暴発させてしまい、訓練場の隣に設置してあったかつての魔王様の像を破壊してしまったのだ。
完全に事故であったためお咎めはなかったのだが、魔王像を破壊した新兵として、カナルカ中の奥様方に世間話の話題を提供することとなってしまった。
「やめてよそれ。忘れたいんだけど」
「はは。それはすまない。君が今代の魔王様と目されているのは、わざわざ像を破壊しなくてもわかっている」
これが一番の問題だ。
リナは自分が魔王になれないことを知っているのに、周囲は彼女が今代の魔王だと勘違いしているらしい。
たしかにリナの魔法力はかなり高めだし、座学も戦闘力も訓練兵の中では常にトップだった。
だが既に魔王を願っていて、その願いは叶わなかったのだ。
ちょっとだけ魔王になれることを期待していた自分がいるだけに、こういう呼ばれ方をされるのは一番腹が立つ。
「まったくどいつもこいつも。私は魔王じゃないっての!」
アルコールによる頭痛を横目に、見ず知らずの人へ強めの語気を飛ばしてしまう。
「これはこれは失礼した。まだ魔王ではなかったね」
「今も未来も魔王じゃないの!」
そうかい、とまるで信じていない言葉に、リナは更に苛立ちを募らせる。
「用がないなら話しかけないで! 今一人になりたいの!」
「ふむ、それは失礼した。ただ、未来の魔王様に耳よりの情報があってね」
未だ自分を魔王扱いしてくることにイライラしつつ、一応耳は傾けることにする。
「中立都市シュジュベルをご存知かな?」
「知らないわけがない。南東にある多民族都市国家」
行ったことはないがその存在は当然知っている。
都市国家――読んで字のごとく、都市一個で国家の形態を成している。
中立都市にはよくある国家形態で、魔族領と人族領の間に位置することが多い。
シュジュベルとカナルカは軍事、交易の両面において重要な間柄となっている。
「ならば話は早い。どうもそこから、ここカナルカに奴隷が流れてきているみたいでね。カナルカの貴族たちの間で嗜みとして取り扱われているらしい」
その言葉にリナはピクリと反応してしまう。
あの行商人たちはシーア大森林の街道を通って来ていた。
あそこを通る場合、出発元の選択肢はそう多くはない。
ただ……、それ以前に気になることがある。
「なんであんたはそんなことを知ってるの」
「その道の情報通なものでね」
あくまで質問には答えないようで。
「じゃあ聞き方を変えるわ。なんで私にそんなことを言ってくるの」
「特段理由はない。酒場のカウンターで噂話をするのに、いちいち理由がいるのかね?」
忌々しそうに男をねめつけた後、リナは代金を置いて席を立つ。
「何かするのかね?」
「……酒場のカウンターで聞いた話を真に受けるつもりはない」
その言葉を残して、リナは酒場を後にするのだった。
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