第29話:密輸組織ではない。革命組織だ。それも違う。実は……【戦闘回】第7章、終わりですわ
<密輸商人?視点>
「痛てぇ、チクショウ。こいつ、意識が飛んでいるはずなのに、大暴れしやがって。本当に貴族の令嬢なのか?」
臨時に雇ったごろつきが2人。
ケルテン伯爵の娘を縄でがんじがらめにして納屋の床に転がした。
「よくやった。これが褒美だ。うけとれ」
二人の後ろに控えていた配下が、その口を押さえつつ喉をかき切る。死人に口なし。これで俺たちは密輸組織の一員だったということになる。ケルテンだけでなく海軍卿ナヒモヌフ侯爵も罠にかけることができる。
「では急いでここから移動する。ルートAにて第二セーフハウスへ向かう。ボリスは俺と来い。それ以外の四人は敵の追っ手を迎撃。強ければすぐに後退。敵は情報局か秘密警察の場合がある」
五人がうなづく。
ここまでは思ったよりもうまくいった。
情報局の長官の娘を誘拐できるとは。
「同志プーシキン。必ずや我がルーシア革命党の武装蜂起を成功させてください。我々はそのために命を捧げます!」
そういうと撤退援護の四人は迎撃地点へ向かう。
革命分子にとって、ケルテン伯爵は天敵だ。帝国の守護者と目されている。絶対に人質を奪還されてはいけない……
「同志プーシキン。行きましょうか」
残ったボリスが肩に貴族の娘を担いで、ひょうきんな表情で俺を見る。
「よせよ。俺たちは連合王国の女王陛下の臣下。あいつら革命分子は無能な下町のごろつきと同じ。隠れ蓑としては優秀だがな」
「革命党と密輸組織の犯行と見せかけ、海軍元帥を陥れる策。うまくいきそうだな」
だといいんだが。
一週間禁煙していたストレスから、ついシガーケースから細巻葉巻を出してくわえる。
マッチをテーブルにこすりつけて火をつけ、端をかみ切った葉巻に火をつけようとしたがボリスが止めた。
「後にしろよ。中尉殿。葉巻のにおいを嗅ぎつけて追手が来るかもしれない」
俺はボリスこと、アーデルハイト特務准尉の忠告を聞くことにする。
「仕方がないな。次のアジトにたどり着いたらにするか」
マッチの火をしぶしぶと消して、床に放った。
「では、その高級なお荷物を安全な場所まで担いでいけ。こんな簡単なエサに引っ掛かる頭ならばきっと体重も軽いだろう。急ぐぞ」
二時間後。
連合王国情報局帝国内アジトD-2
「うちの局長ガードナー准将の阿保な作戦が見事当たりましたね。スイーツでケルテン伯の弱みを握った。これであの殲滅のミハイルの行動を少しでも阻止できれば。ほんと、ワラにもすがりたいぜ」
アジトにつくと配下の諜報部員たちが笑顔で迎えてくれる。
「それにしても海軍卿の手下どもも巻き添えにしてのこの騒ぎ。帝国内の紛争の種もまけて一隻軟調にもなりますね」
俺も葉巻に今度こそ火をつけた。
「油断はするな。特殊部隊から情報局に数名の精鋭が引き抜かれたとの情報もある。強硬手段で人質を奪還しに来るかもしれん」
まあ、そんな奴らがいたとしても、この連合王国の中でも精鋭を誇るエージェントチーム俺たちなら簡単に排除できるだろう。
「中尉殿。表の入り口に人影が」
見張りが伝えてくる。
なんだ?
こんな下町の奥の魔窟に来る奴がいるのか?
「どんな奴だ」
「そ、それがメイド服を着ております」
「何人だ」
「一名です」
メイドが一人で魔窟に来るだと?
気でも狂ったか。
十分とたたず、みぐるみはがされ襲われて人買いに売り渡される。
俺ものぞき窓からそいつを見ると清楚なメイドだ。
しかし。
左右からいかにもゴロツキです、と言わんばかりの奴らが襲い掛かるのを片手でのした、だと?
そのメイドが巨大なバッグを引っ張りながら、このアジトに近づきドアをノックした。
「つかぬことをお伺いしますが、こちらにわたくしのご主人様であるスターシャ様がいらっしゃいませんでしょうか。お迎えに上がりました」
何をぬかす。
全く意表を突かれて、みんな口をあけたままピクリともできない。
「お返事がないということはいらっしゃると認識してもよろしいでしょうか」
「女、ここはお前んさんの来るようなところじゃねーんだ、失せな」
部下の一人がようやくドア越しに返事をする。
「どうかお構いなく」
「失せなて言ってるんだ。これ以上言うと痛い目に合うぜ」
「そうでございますか。では交渉不能と判断させていただきます」
その言葉とともに、ドアが爆散した!
ドドドガアアーーン!
爆発の煙を突き抜け、しずしずと歩み寄ってきたメイドは後ろに引きずっていたバッグから、ほうきを取り出して手にする。
黒髪をひっ詰め三つ編みにした女のかけている丸メガネが異様な光をたたえた。不気味な細く吊り上がった目。
「では清掃を開始しいたします。ご堪能いただけるとよろしいのですが」
その声と同時に、ホウキの柄がこちらに向き柄の先に銃口が出現する。
「伏せろ! 状況、襲撃!」
メイドのホウキには七.七ミリらしき軽機関銃が仕込まれていた。狭い部屋。収まっていない煙越しに弾幕が張られる。
どっるるる!
どるっるるる!
「状況知らせ」
「魔道兵は無事。ガンツとマッコイ戦死!」
くそっ!
「お嬢様は奥のお部屋でしょうか」
ようやく戦闘態勢に入った部下が拳銃で魔道弾を発射、ゆっくりと歩いていくメイドに銃撃を加える。
ばすっ。
ばすっ。
ばすっ。
やったか?
いくらサイレンス処理がしてあるとはいえ、十発以上の九ミリ魔道弾が至近距離で放たれたのだ。
常人では肉塊になる。
しかし
「なんて女だ。バッグの陰に隠れた」
「それにトレイですべての魔道弾を弾きかえすだと?」
一瞬にして膝をつき、バッグの陰に隠れたメイドが優雅な姿勢で立ち上がり、金属光が部下の首に突き刺さる。
高速で飛ぶ銀色のトレイ。
タ-ゲットであった部下の首が飛んだ?
部下はすべて魔道兵だぞ。防御障壁を貫いたのか。
そしてポケットから取り出したフォークとスプーンが飛び、次から次へと防御障壁を貫いていく。
メイドが人質のいる部屋にたどり着いた。
「お嬢様。そろそろお
メイドがドアをなんなくこじ開けると、なかかから人質にしたケルテン家の伯爵令嬢が優雅に登場した。
「あらあら。この様子ではスイーツは出そうもありませんね。待っておりましたのに。マリア、もうちょっと遅く来てくださらない?」
「申し訳ございませんでした。目を離したすきにこのような事態に。これは万死に値します。この命にて謝罪を」
「それはそれとして。ちょっと着替えますわ。この方たちにお話をお伺いしましょう」
メイドから無骨なポーチを渡された令嬢は、それを腰に付けると一瞬にして帝国正規魔道兵の軍服に。
そしてその顔が変貌し最重要危険人物の顔に。
「せ、殲滅のミハイル、だと?」
「撤退! 俺が防ぐ。一人でも逃げ延びて報告せよ。ケルテン伯の娘が殲滅のミハイルの正体だと!」
俺は最大出力で防御障壁を張り、味方の援護に回る。
「逃がさんぞ。スイーツを出すまでは苦しませてやる。あっと、できれば空を飛んでくれないか。空戦で落とすのが好きなのでな。あ~っはははは!」
俺の防御障壁はフォークで破壊され、その頭にスコップが飛んできた。
俺の意識はそこまでだった。
◇◇◇◇
聖歴1941年5月23日の空戦日記
敬愛するお母さま。
マリアったら、いつもわたくしを子ども扱いするのよ。
ちょっとだけスイーツに目がくらみ、悪い人についていったことをとがめて、グチグチとお小言を何日も言いますの。
「やめてくださいません事?」
と言いましたら、今度は
「それでは今回は私の失態。命をもって償いを!」
毎度のことですが、ナイフを取り上げるのに手こずりました。
今回は食器のナイフを使って首筋に押し付けていました。なんでも魔道術式を特別に彫り込んであるとか。すぐに効果はなくなるとかですが特殊部隊用の優れもの。
今度、わたくしもステーキを切るとき使わせていただきます。
きっとスパッと筋まで切れると思い貸してもらおうとしましたら「皿まで切れます」と断られてしまいました。
あとでこっそり拝借して、城壁が切れるか試してみたいと思います。
好奇心あふれるスターシャより。
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