第28話:戦略予備戦力=私は拉致されましたわ

「み、皆さま。本日からフォンダンショコラが新しくなりました。ぜ、ぜひ食べてみてくださ~い。こちらは試食コーナーです」


 イリーナちゃん。

 スイーツ店パルムの店先で試食会の呼び込みをしています。


 チョコレートの仕入れ価格が今回ほぼタダになっているので、大量の試食品を作りました。


 さらに店先に出店を出しました。

 本来ならばこの高級店舗街に出店など許可されませんが、さすがお父さま。


 申請の次の日には許可が下りました。

 帝都ルーシ大通りの中央まで張り出してもいいなんて、なんという寛大さ。帝国の商業活動に対する後押しはすごいです。


「ダリアちゃん。あの服はよくコピーできていますわ。あのアニメというものからのイメージだけで転写するなんて、相当実力が付きましたわね。きっと並々ならぬ努力をされましたのね」


 ダリアちゃん。

 フフン、というドヤ顔で宣言。


「発明のための努力などダリアには息をするのと同じなのです。これからなんでもコピーできるように精進するのです」


 まあ、頼もしいですわ。

 今度三百八十ミリカノン砲自体を作っていただきますわ。それを持って敵陣を撃つのもロマンが。


 わたくしが甘~いロマンに浸っていると、ナタリーが現実に引き戻します。ナタリーは現実主義者なのですね。もっと夢を持ちましょうよ。

 今度MP-39短機関銃を撃った後、思わず「快っ感っ」と一人ごとをつぶやくモ-ションをお教えしますわ。


 今回のコスプレ衣装はオーソドックスなものだそうですが、帝国では珍しいもの。多くの方が目をまん丸にして立ち止まります。


「ま、まあ! なんという破廉恥な!」


「こ、これは目のやり場に困る。じゅるり」


「なんという前衛的なデザイン! 某にも譲っていただけぬか」


 なんだか試食目当てでない方も多いようですが、まずは人を集めなければなりません。


 そこですかさず、マリアを筆頭に戦闘メイドがパラソルの下のテーブルに誘導。紳士の方も試食品を召し上がっていただけます。その方々にお土産を持たせます。


 戦闘メイドは戦闘だけではなく、ティッシュ配りや「萌え萌えきゅん」もできないといけないとお母さま語録に書かれておりました。


 しかし殿方へのエサは撒き餌。狙いは奥方、ご令嬢さまですわ。


 敵陣の中央、敵中深く飛び込み、補給線である奥方の胃袋を直撃する作戦。名付けてナタリー作戦プラン。アートオブウォーですわ。


「さて。わたくしはお客様とのスイーツ品評会に参加を」


 先ほどから紳士淑女の感嘆が聞こえて参ります。


「こちらのスイーツもお食べになって! 甘すぎず、軽すぎず、ほんのりと舌で融けていきますわ!」


「なんと。これが一ルーブラもしないとは! これで採算がとれるのか?」


 今日はスターシャ、商家の娘風ドレスを着ております。

 わたくしに与えられた任務は、販売促進と商品説明。


「そのスイーツの原材料は南国のカマルーンで生産される最高級のカカオを使っており。……こちらのドライフルーツはマラーイ半島の付け根、インディーシノ地方で……」


 スイーツの知識ならば、どんとこいですわ。


「お嬢さん。これほどまでに原材料に詳しいとは、どこかの商家のお方でしょうかな」


 身なりの良い紳士が話しかけてきました。


「ええ。ゼレノイ商会と取引をしている商家の娘ですわ。今日はお手伝いに参りましたの」


 紳士の目が一瞬ギラリと光った気がしました。そんなに気にいったスイーツがありましたの?


「このお店、パルムと言いましたか。この仕入れ先についてお伺いしたいのですが、商会の方を紹介していただけないでしょうか」


 おや。大元の原材料に目をつけるとは、この方はどこかの商会の方かしら。


 密輸組織とは違う雰囲気の方。いかにも善人という外見ですわ。


「わかりましたわ。ただ、現在とても忙しいので代表の方は店先で奮闘しております。よろしければわたくしが代わりに」


 戦略予備として控えているわたくしの出番ですね。


 お店が臨時で雇っている女の子に、マリアとナタリーに伝言をお願いして、紳士が用意したという隣の高級レストランのドアをくぐりました。


「さあ、こちらでございます。おいしいスイーツと紅茶もご用意してあります」


「はい」と言おうとして口を開いたとき、後ろから布を持った手が、私の鼻と口をふさぎました。


 クロロホルム?


 そこでわたくしの意識がブラックアウト。

 ぬかりましたわ。



 ◇◇◇◇


 数日前。

 海軍卿ナヒモヌフ侯爵邸

 ナヒモヌフ侯爵



「下がるがよい。褒美は執事頭に預けてある。後ほど卿の店に送らせる」


 今回の罠を張るのに密輸組織を使った。

 わが海軍と深い関係にある海運業。その船団を利用してデンマルク海峡の外、連合王国海軍の目をくぐりやすい港で荷揚げした密輸品を陸路で内海へ持ってくる。


 それを帝国で高値で売りさばく。

 これが儂の大きな収入源。


 なんでもケルテンの奴がそれを台無しにする策を練っていると。これは何としてでも避けたい。


 そこで反撃に出ることにした。


 革命分子のせいにして、密輸組織が関与しなくてもケルテンの娘を誘拐。その要求の中に巧妙にケルテンの奴の弱みを握るものを入れておく。


 とにかく邪魔だ。

 あいつは帝国貴族、すべての敵。

 なんとしてでも失脚させる。


 できればそれに乗じて皇帝の権威をそぎ、第二皇子を傀儡かいらいとして担ぎ上げ、儂らが実権を握り、以前のように貴族の世を取り戻す。ケルテンも粛清できよう。


 そうすれば戦争など、いつでもやめられる。第二皇子は連合王国女王の甥にあたる。王族同士のなれ合いは外交方針を左右するのだ。


 民衆は搾り取るためにある。貴族のために働くがよい。それが神が定められた体制。覆してはならん。


「侯爵閣下。ケルテン一派の女どもがスイーツ店ごっこをする日に合わせて、例の作戦を?」


 儂の懐刀、寄子のベッカー伯が皇帝暗殺の作戦を作った。バリモントの娘のデビュタントに皇帝が臨席するらしい。皇太子もなんとか引き出せるかもしれん。


 この情報をどこに流すか。


 革命党に流して暗殺計画を実行させる。ほかにもなにか手があるだろう。


 その後の権力争いも考えねばならん。そのためには我が海軍が大戦果をあげるのが一番だ。


 グダヌスク作戦を早めなければな。


 儂は短くなった葉巻をチョコ地方で作られた特注灰皿に押し付けて消した。




 ◇◇◇◇


 聖歴1941年5月23日の空戦日記


 お料理のとっても上手なお母さま


 スターシャ、ついにやりましたわ。


 スイーツの材料をワイロではなく、正規ルートで入手できるようになりました。これからは帝国では入手困難な食料品を、わたくしのためだけでなく安価にお売りできるようにできます。


 下町の子たちがスイーツを食べられる日もそう遠くはないですわ。


 きっと兵隊さんも甘ーい夢に浸って、戦争を忘れてしますと思います。


 やっぱりスイーツは世界を救いますわ。


 そんな日を夢見ていたら、なぜか気が遠くなりました。

 大したことではございません。スイーツ好きに悪い人はいませんわ。


 いつも正義の人でありたいスターシャより。


 ◇◇◇◇


 スイーツよりももっと戦闘しろですって?

 いいわ、戦闘します。


 その活力として『★ーシャ』を三人ほどお貸しいただけません事?

 しっかりと敵を撃滅して見せますわ。


 三人いれば連合王国軍を壊滅させることもでます。

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