第27話:スイーツ店救援作戦

 聖歴1941年5月22日

 帝都クリニコフ子爵邸テラス



 ナタリーのお家で作戦会議です。

 あのスイーツ店を救うことで、フォンダンショコラの流行を巻き起こす正義の戦いです。


 いつでも二十ミリ弾の連射は可能ですわ。

 そういいましたら、皆さまに止められました。


「スターシャちゃん、そろそろ貴族らしさを身に付けましょう」


 とのこと。


 そうですわね。

 きちんと貴族の仮面をかぶれませんと、空戦ができなくなってしまいます。今でさえ、五分で出撃できるアラート待機任務をこなしながらのお茶会。


 急な作戦行動に入るためには、その仮面の緊急着脱ベイルアウトを上手に行えるよう努力が必要。


 頑張ります!


 といったところ、これも却下されてしまい、今では迷彩柄のごついポーチはつけておりません。三十分アラートでの待機となりました。ポーチその他はマリアに預けてありますわ。

 ちょっと丸腰は不安です。常在戦場を忘れると流れ弾にも容易にやられてしまいます。



「それでナタリー、あの敵のスイーツ店を調査した結果はどうでしたの?」


 ナタリーのお父さまは秘密警察の長官という立場ですから仕事に厳しい方。

 わたくしのお父さまのように、ナタリーは甘えさせてくれないそうです。


 今回も「自分で調べなさい」といって手伝ってくれなかったようです。その代わり資料室のカギを渡されたとか。


「それも公私混同です」とのツッコミもダリアちゃんとイリーナちゃんからありましたが、私たちは目的に忠実なだけ。手段は問いません事よ。


『背後関係解説。海軍司令官のナヒモヌフ侯爵の存在確認。想定される状況、巨大な密輸組織を運営している公算大』


 その報告を引き継ぐようにダリアちゃんから、さらに気になる情報が。


「お父さまの会社も密輸組織には困っているとか。ありえない貴重品が高価に出回っているので、商売に差しさわりが出ていると」


 クトゾフ侯爵の陸軍とナヒモヌフ侯爵の海軍は犬猿の仲。でも最近裏で手を取り合っているとの情報も。


 それなのにナヒモヌフ侯爵の配下であるはずの密輸組織がクトゾフ侯爵の支配下であるはずのダリアちゃんのお父さまの商会と険悪に?


『仮定。両者の仲たがい作戦』


 黒板に侯爵様のイラストが描かれています。


「え、どういうことですの?」


 イリーナちゃんがびっくりしながら聞いてきますが、全く知りません。


『第三者の意図から推論。陸海軍を仲たがいさせると利益のある陣営』


 そうですわね。

 外交戦略での謀略は「誰にとって利益になるか」がわかれば大抵どこが仕掛けたかがわかると、お父さまの座学で習いましたわ。


「となると、普通に考えれば国内では私のお父さま、ケルテン伯爵率いる情報局が密輸組織を操っている? さすが奥深い陰謀です」


「ケルテン伯爵? さ、さすがにそれは……」


『全力否定。情報局は帝国を強化させることを任務とする。ケルテン長官はそこを外さない人物』


 座学の実践は難しいです。

 スコップで殴れば回答が出てくるという物ではないと最近知りました。


「と、とりあえず密輸組織は後にして、チョコレートの販売とレシピの事を考えるのはどうでしょう」


 いつも一番常識的なことを言うイリーナちゃんが、今一番考えなくてはならないことを思い出してくれました。



「ではダリアが、あの困っているお店に残されたパティシエ見習いの方と一緒にスイーツの改良と製造工程のスピード化を考えますね」


 発明家のダリアちゃんならすぐに最高の厨房とバックヤードを作り上げますわ。


『流通と経理の管理は自分が適任。並行して密輸組織の洗い出しを父に協力してもらう』


 お二人の目がキラリと光ります。

 安心して任せられますわ。


「では、ボ、ボクは何をすれば」


「え~とね。ダリアがイリーナちゃんに似合う服を作ったの。転写だけど」


 あれなの? あれを着させるのね。

 これはお母さまのお部屋にあった『撮れるんです』というインスタントカメラを転写して用意しなくては。


 ◇◇◇◇


 五日後。


 元人気スイーツ店パルム


「チョコレートがこんな安値で仕入れられるなんて、どんな商会なのでしょう。それはともかく、ありがとうございます」


 ちょっと太った店長のスプーリンさんが汗をふきふきお礼を言ってきます。


『現在の価格の九パーセントで必要量の二.三倍は供給可能。必要な場合、価格は二パーセントまで抑えることが可能』


 ナタリー、さすがにそれはやりすぎかと思いますわ。価格の暴落どころか『スマイル0円』という、お母さまのネタ帳のレベルの冗談。


「昨日までにダリアたちがつくった新メニューを使って大量生産をすれば、今のお店で売るだけのものではない売り方もできます」


 ノリノリになった三人は、大通りに出店を出して販売促進。そのあと店に来ていただき大繁盛。そしてお持ち帰りや出店で一番売れそうな場所を確認してから支店を作る方向で動き出しました。


 あれ?

 わたくしは何をすれば?


 記録係?

 味見係り?


 なんでしょう。

 気のせいか全然役に立っておりませんわ。


 そのうちなにか仕事が見つかりますわ。



 そう思っておりましたら、その三日後に素敵なほど、わたくし向きのお仕事が舞い込んでまいりました。




 ◇◇◇◇


 聖歴1941年5月22日の空戦日記


 わたくしをいつも見守り守ってくださったお母さま。


 今日からかわいそうなスイーツ店の救出作戦が本格的に実施されますわ。

 三人のお友達は本当にいろいろなことができます。


 作戦や経理などはナタリーに任せておけば安心です。


 発明や製作はダリアちゃん。


 人にやさしくしていただけるイリーナちゃんはお願い上手で人をうまく動かせます。


 三人に任せていればわたくしは大船に乗った気分です。たしか貴族令嬢は自分では働かずに人に任せるのが常識と教わりました。


 でも、わたくしは働きたいのです。


 お母さまのネタ帳に書いてあった「拙者、働きたくないでござる!」は全く賛同できません。


「わたくし、働きたいでござる!」


 と叫んでしまってよろしいでしょうか。魔道スコップを逆刃さかばにすれば振り回しても大丈夫なのかしら。


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