スイーツ大革命と魔の手

第26話:スターシャとチョコレート秘密工場

 聖歴1941年5月23日

 帝都下町郊外。チョコレート工場



「素敵ですわ。なんという天国。チョコレート生産工場を自分たちで経営できるとは夢にもおもいませんでした」


 ダリアちゃんのお父さまのお力をお借りして、四人で経営する会社を立ち上げました。


 チョコレート生産工場といっても、魔力の多い方にわかりやすく単一作業をしていただきます。流れ作業で分担した作業工程を担当、最後には完成品を作るというだけのものです。


 本来ならば必要であるカカオマスや砂糖などはほとんどいりません。


 もしそれらが大量に必要ならば、今のルーシアでは製造はできないのです。


 なぜならば、現在連合王国と交戦中で海上港湾封鎖が厳しく。熱帯性の原材料がほとんど手に入りません。


 最大の問題となっているのは天然ゴムということですが、そんなものよりもカカオマスやパパイヤ、マンゴーなどのドライフルーツの不足!


 しかし、この工場があれば不足されるスイーツの原材料を簡単に生産できます。


 陸軍や海軍は「天然ゴムを作れ」と言ってきましたが「難しい」と言って断りました。


 そんなものを作る余裕はございません。労力はすべてスイーツのためにあるのですわ。


 葉巻とかも作れという命令が来ていましたが、書類を焼き捨て完全に無視をいたしました。あのような悪魔の煙。毒ガスと一緒に極悪兵器としてハーグス陸戦条約で禁止されるべきです。


『データ分析終了。この工場だけで月産で五千ルーブラのチョコレート生産可能。原材料費タダのため八割が純益。四千ルーブラが計上される』


 ナタリー用黒板に複式簿記が書かれています。


「それってチョコレート何人分ですの?」


 いけません。

 こういう時は何人の平民の方が生活できるとか言わないといけません。


 本来この工場を下町近くに建てたのは、下町の失業問題をちょっとだけ解消する意味もありました。下町の人には魔力が大きいけど使い方がわからない人などがたくさんおりますので。


『一ルーブラの価値。大人一人の年収相当。五万人の年収』


 ナタリーが計算尺という器具を駆使して、正確な値をはじき出します。


 ナタリーは常日頃、お父さまと一緒にブラックなお役所で働いておりますので、それが当たり前なのかしら。

 令嬢らしくないお方。わたくしと気が合うのは規格外というくくりだからなのでしょう。


 それにしても五万人の年収とか、全く想像ができません。説明を受けると、大きな村の年間予算くらいだとか。


『純益の五十パーセントはスターシャさまの収益。ゴールドにして千二百五十二キログラム』


 え?


 一.二トン?


 ゴールドバーにして千二百個。部屋の床が抜けますわ。


『我が子爵家の年間収入の二倍弱』


 まてまて、お待ちなさって。


 なぜこんなことに?

 チョコレートを半分こ、と言いましたが、ゴールドバーを半分こ、とは聞いておりませんでした!


 だいたい、ゴールドバーは食べられませんし甘くもありません。必要性を感じません。


 必要でしたら転写して製造いたします。


「ご不満でしたかしら、スターシャちゃん。それではもっといろいろと作りましょうですわ。ダリア、頑張ります! うふ、なのです」


 ダリアちゃん。

 また発明をしたのね。


 高価なものを作ったのでしたら、売るのは問題でしてよ。この前など大聖堂のステンドグラスを複写して売ろうとしておりましたが。

 ナタリーが止めなかったら大騒ぎになっておりました。


 贋作はいけません。


「それでは贋作ではなくてスイーツの作り方をスイーツショップに行って盗んでまいりましょう」


 それもどうかと思いますが。

 レシピを盗むわけではないので、いいのかしら。ダリアちゃんなら完全な模倣もほうだけでなく、本物よりもおいしい作品を作ってしまうでしょう。


 それにしても、あのステンドグラスも本物よりもきれいでしたわ。


 ◇◇◇◇


 ルーシ大通り

 繁華街、人気スイーツ店パルム



 ダリアちゃんお勧めの人気スイーツ店に来ています。


「こ、この画期的なスイーツは何というのでしょう?」


 ついついケーキ用のフォークをなめてしまっているイリーナちゃんが、近くのフロントスタッフの気さくそうなお姉さまに質問しております。


 人気店のはずなのにあまりお客さんがおりませんね。少し暇そうですわ。


「はい。これは当店のオリジナルケーキ。フォンダンショコラでございます」


「おいしい! でも一般の方には手が届きそうにないお値段ね」


 お姉さんは残念そうな顔をして、説明をしてくれました。


「わたくし共も、本当は貴族様だけでなく多くの方に食べていただこうと思うのですが、何分カカオが高すぎてどうしてもお値段が高くなります」


 そうですの。

 残念です。


「さらに悪いことに、お向かいに貴族さまにコネのあるスイーツ店ができてしまい。そこが当店のパティシエを引き抜いてしまいました。その人が高級なチョコレートをふんだんに使ったフォンダンショコラを売っているんです」


「な、なんと汚い貴族のやり口。人様の血のにじむような作品をコピーするなど、あってはなりませんことよ」


 そんなわたくしに向けられるイリーナちゃんとナタリーの視線が痛いのはなぜかしら。



「スターシャちゃん。このおいしいスイーツ。絶対に一般の方に食べていただきたいです。ボク、いえ私はあの工場が生産するチョコレートは軍事だけでなくこのような場所で使うべきだと思います」


 イリーナちゃんのおっしゃる通りですわ。ここで使わなくて何のための工場ですか。


「ナタリー、一般市場に流すときの採算ベースを計算して。できるだけ安くお願い」


『八十パーセント以下にすると値崩れが想定される。調整は可能。だがこれが強力な兵器になる』


 ナタリーの片眼鏡がキラリと光り、サムズアップをしてくる。


 あんなにゴールドはいりませんもの。

 値崩れ、どんとこいですわ。




 ◇◇◇◇


 聖歴1941年5月23日の空戦日記


 お母さま、聞いてください!


 スターシャ、頭に来ましたわ。


 貴族という物はどうして平民の事を考えずに自分のことを最優先に考えるのかしら。


 あんなにおいしいスイーツを自分たちだけで食べるなんて許せません。


 スターシャが天罰を与えてもよろしいでしょうか。幸いにもチョコレート工場が動き出しましたので、チョコレートの価格を暴落させますわ。


 そのあとの作戦は明日から考えます。


 天国で楽しんでご覧になってくださいませ。


 きっと★を3個つけてくれると思う、天界の皆さまにもよろしくお伝えくださいませ。


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