海の初物

第30話:グダヌスクの奇襲【戦闘回】

 聖歴1941年5月30日

 リヴァイ軍港海軍総司令部

 帝都防衛指揮官ゲオルク・ジュコ-フ大将



「大将。卿の軍は帝都を守るために、あまりある戦力を預かっているはず。たかが一個大隊を引き抜かれたといって、いちいち文句を言う筋合いではあるまい」


 目の前で高級葉巻をふかしているガリガリのっぽのナマズひげ野郎。

 海軍の重鎮、ナヒモヌフ元帥。


 こいつが陸軍と共謀して、わが帝都守備隊の精鋭、ザイツェフ少佐率いる独立魔道大隊を引き抜いた。


 空軍の組織に干渉して、三軍のトップが必要とするときに、必要な場所に出張っていけるようにと。


 空軍のバリモント少将が指揮する機動部隊を編成。その中核戦力としてザイツェフ大隊を据えたのだ。指揮を執るのが面識のあるバリモント卿なのが幸いだが。


「しかしザイツェフ少佐は少なく見積もっても彼一人だけで魔道兵一個連隊の戦力。その彼が率いる精鋭もただの大隊ではありません。これを引きぬかれますと、帝都防空にもほころびが」


 ガリガリのっぽの口から高級葉巻の煙が上がった。

 その中からイライラした声が聞こえる。


「もうすぐ夏が来る。西部戦線にもだ。明るい時間も長いから一気にたたける。わが陸軍は予備役と招集兵の編成が終わった。今まで遅滞戦闘を繰り返して、東プロシアンの奥まで敵を引きずりこんだのだ。これから大攻勢に出る」


 その時までにプロシアンの北にある内海の制海権を取りたいと。


 無茶を言う。


 敵は世界の海を支配している連合王国海軍。その艦隊は世界中に散らばっているが、主力艦隊は連合王国周辺にいる。


 主力戦艦三十隻以上。

 航空母艦十隻以上。

 魔道兵母艦兼用巡洋艦五十隻以上。

 その他補助艦艇は、それこそ星の数よりも多い。


 わがルーシア海軍は数こそ、その半数に届きつつあるが練度と攻撃力に劣る。


 防御力に重きをおいた艦体設計が主流の偏った艦隊だ。


 これでは勝てるはずがない。

 ずっとこの軍港に閉じこもっているしかない。


「そこでだ。わが海軍も一大攻勢に出る。現在唯一の不凍港であるグダヌスクを封鎖している連合王国の一艦隊を追い払う。あそこが封鎖されていると戦略物資が全く届かない」


 また葉巻の煙を吐く。


「ゆえに制空権をとりたい。そのために内地の魔道兵は遊ばせてはおけぬ。陸軍も空軍も納得している」


 ツポレノフ元帥は二対一で押し切られた。

 だから直接抗議をしに来たのだが、まったく相手にされないな。


 上級貴族相手に成り上がり男爵が何を言っても無駄。せめてなにか言質を取っておこう。


「この攻勢作戦が終局に向かったのちには、帝都防衛に返していただきたい。それなくば皇帝陛下の御身を危険にさらすことになりかねません」


 ここは陛下を出汁ダシにさせていただく。


 陛下は最近ご病気気味。

 安静が大事だ。

 少しは効き目があるだろう。


「仕方あるまい。だが必要な時は遠慮なく引き抜くぞ。その準備は怠らせぬように指示しておけ」


 また葉巻の煙か。


「ご苦労、さがってよい。……ああ、土産だ。ツポレヌフの奴に持って行ってやれ。ハハマ産の高級葉巻だ。このところの厳重な港湾封鎖で、全く手に入らなくなった。封鎖を解くためにも協力してもらいたいと伝えよ」


 まさかとは思うが。


 このナマズ男。

 葉巻欲しさで大攻勢をかけると言っているのではあるまいな?


 横を向いてうまそうに高級葉巻をふかしている侯爵に対するむかつきが抑えられなかった。


 ◇◇◇◇


 グダヌスク軍港北百五十キロ

 帝国潜水艦キロ201号

 海兵魔道兵中隊長

 ウルス・ヤルコンスキー大尉



「用意はいいか。第一第二小隊は三号爆弾の安全装置のロック確認。第三小隊はデコイ用増幅器を準備」


 暗闇で浮上した潜水艦の狭い甲板で十二名の魔道兵がひしめく。


 周りにも同じような潜水艦が配置についているはずだ。

 これから連合王国の封鎖艦隊を夜襲する。


 一個中隊で八個の磁気吸着型爆弾を持って近づき、敵艦船の艦底に仕掛けてから飛行開始。戦場を離脱する。


 行きは小型ゴムボートで接近する。

 見つかったらゴムボートのデコイを数十個出現させて、一気に近づき魔道兵による迎撃を惑わせる。


 どこまでうまくいくかはわからない。

 普通の兵だったらほぼ水死する。五月になったからといってもこの北国の内海の水温は一時間と入っていられない。


 ゴム製のスーツを確認してから、俺は号令を下した。


「帝国の敵に死を。皇帝陛下に栄光あれ」


 小さく、ウラァと声。


 隠密行動でなくてもその声は小さかっただろう。


 これは無謀すぎる作戦だ。

 それに貴重な魔道兵を使い捨ての道具としか思っていない腐った上層部の無能貴族どものいけにえ。


 俺も貴族のはしくれだが、あいつらと違って軍に長くいると平民の気持ちが痛いほどよくわかるようになった。


 奴らもこの決死作戦に参加させるべきだ。

 戦場の怖さをそのぶよぶよな身をもって知るがいい!




 敵巡洋艦まであと百メートル。

 このまま見つからずにいけ。


 いける。


 そう思った。


 パパーーーン

 パパパパーーーン


 シュウウッ

 シュウウウッ


「クソッ、照明弾だ」


 見つかったか。


「全員。魔道飛行。敵の横腹に大穴を開けてやれ!」


 これでもう艦底には爆薬は装着できない。


「敵魔道兵離陸。迎撃が来ます!」


「第三小隊。直掩に回れ。残りは敵艦側面にたどり着き、爆弾装着後低空を飛んでブレイク。ロッテは崩すな。やられるぞ。幸運を!」


 さて何人が母艦に帰れるか。

 帰ったら海軍司令部に乗り込んで、元帥のケツにしこたま蹴りをくれてやろう。


 帰れたらだがな。


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