第31話:戦艦が撃沈される……だと?【戦闘回】
1941年5月30日
グダヌスク沖四十キロ
連合王国海軍、本国艦隊所属、第二十一高速戦艦戦隊
艦隊司令ダドリー・ベアリング中将
五十二水雷戦隊の巡洋艦が攻撃された。
敵の魔道兵による小型艇での奇襲。
まさかこんなばくちが通用すると本気で思っていたのか? つくづくルーシアの連中は田舎者だと思う。
この歴戦の連合王国海軍をなめてもらっては困る。二十四時間訓練を怠らず、つねに完璧な防衛がなされているのだ。どんな敵が来ようとも全部撃破してくれる。
「味方被害知らせ」
「巡洋艦二隻小破。すぐに戦列に復帰できるとのこと」
軽微ながら損傷を受けたか。その対価として敵は大分多くの魔道兵を失ったようだ。
次はどう出る?
まさかとは思うが、敵の主力バルティー艦隊が出撃とかあるまいな。
一応、確認、対処しておくか。
「偵察機はどうか」
「は。北方に向かった偵察機が四機先ほどから通信途絶。第三と第四索敵ラインです」
リヴァイ軍港の近くか。
これはひょっとしてだな。
「偵察機の追加。さらに近距離は魔道兵一個中隊を割いて哨戒任務を厳にせよ」
戦艦部隊は弾薬庫から徹甲弾をすぐに出せるように指示するか。
巡洋艦と駆逐艦は水雷攻撃。
航空巡洋艦は魔道兵の臨戦体制を強化。
もしかしたら今日明日なのかもしれない。
ルーシア海軍の最後の日は。
我が艦隊の任務は敵本隊を引きずり出して本国艦隊の目の前まで接近させるのが本来の任務。いわゆる囮だ。本国艦隊はここから一日のところに
「本国艦隊に通信。敵、主力艦隊出港の可能性あり」
制空権を取れればこの艦隊だけでも抑えることはできる。
乗船している海兵魔導師四個連隊。
歴戦の腕並みを見せてもらおうか。
「第一次攻撃部隊から入電。敵艦隊、戦艦二十八隻、空母十隻、巡洋艦二十八隻。その他艦艇五十隻以上」
隻数からするとバルティー艦隊全力出撃だな。
この封鎖艦隊の四倍はいる。
だが制空権さえ取れれば大したことはない。観測機を飛ばせることで精度の差が出る。その有利さを生かした遠距離砲戦でほぼ一方的に勝てるはず。
ダメなら高速を生かして逃げる。敵戦艦は鈍重だ。
となると空母十隻が邪魔だ。
こいつから沈める。
「攻撃開始。敵直掩戦闘機ほぼ排除。魔導兵の戦闘は五分」
これなら第二次攻撃隊で空母は黙らせることができる。
あとは陸からの航空攻撃か。
「味方の空中待機中の直掩機はどこにいる」
「上空直掩に魔道兵一個大隊。敵艦隊方面に戦闘機二十四機。グダヌスク方面に三十六機」
「魔道兵をあと二個大隊上げろ。特に陸地側を警戒せよ」
魔道兵一個連隊が直掩。
これを崩せる部隊はそうそう集結できまい。
機動力。
これが海軍の優位をゆるぎないものとしている。
グダヌスク軍港にとらわれる必要はない。
必要な時にまた封鎖すればいいだけの事。
危険だったらすぐ撤退だ。
そう思った。
しかし、奴らが来た。
◇◇◇◇
封鎖艦隊輪形陣外縁部、防空ピケット駆逐艦シドン
ハリー・ジョブソン中佐
「上空の空中警戒機から報告。二個大隊相当のルーシア航空魔道兵が北上。直掩の海兵魔道大隊二個が迎撃に向かう」
二個大隊も? もったいないだろう。一個大隊で十分だ。
墜とす必要はない。消耗させればいいだけだ。
そのあとからくる攻撃機をやれば目的は達せられる。
「近接信管の準備。艦隊に近づく敵機は全機撃墜せよ」
最近配備された近接信管は、それまでの高射砲とは、けた違いな威力を発揮する。
特に生身の魔道兵に大ダメージを与えられる。
この駆逐艦には八連装の四十ミリ高射機関砲が八基搭載されている。
上空を通過する攻撃機、魔道兵は一瞬にして墜落するだろう。
その鉄壁の防空能力を持っているからこそ、こんなに陸地に近いところで
「魔道兵が交戦開始。戦況、味方の有利。敵は撤退中」
「ほかに敵編隊は?」
「いませ……。いえ、新たな敵です。南東三十キロ、規模増強大隊。魔導兵です」
横やりか?
いや、こっちが本命か。
「航空管制へ伝達。残り魔道兵を全力出撃要請。新たに出現した増強大隊の脅威大」
命令を下そうとした。
それと同時に爆発的な高周波音があたり一面に響き渡る。
きいいいいいいいいん!
「なんだ。聞こえないぞ。状況知らせ」
艦橋にいる兵の口は動いているが全く聞こえない。
外を見る。
艦隊南東に爆炎。
巨大な爆炎。
あれか、あれなのか。
艦の通信施設や電子機器、その他いろいろな装置のメーターがダンスを踊っている。
超強力な電磁波、いや魔力暴走か?
外では味方魔導兵がハエのように落ちていく。
その中を来た。
全身黒一色の帝国魔道大隊。
高速機動、そのさらに前を行く一人の小柄な魔道兵。
まっすぐこちらに近づくそれは狂気に満ち溢れた笑顔。
ガチャアアアーーン!!
三日月を描いている口元。舌なめずりをしつつ艦橋に突入。
スコップで兵をなで斬りにしていく。
私が腰の拳銃ホルスターからリボルバーを抜こうとするが、その前に奴の左手に握られた銃口がこちらを向いた。
「ヤッホー。オチャニ オヨバレシニ キマシタワ。スイーツハ ドコカシラ」
狂っていやがる。
銃声とともに目に前が真っ赤になり、そして暗くなった……。
◇◇◇◇
再び、第二十一戦艦戦隊
ダドリー・ベアリング中将
「後方、防空駆逐艦シドン操舵不能。左旋回始めます」
「同じく、航空巡洋艦ティルス炎上中」
この被害が魔道兵一人によるものなのか?
魔道兵が装備できるものなど、たかだか十キロ程度のグレネードくらいなものだ。魔道術式を刻んでいても、そこに自分の魔力を流し込まねば大した威力ならない。
それがこの惨状。
少なくとも五百キロ爆弾を使わねばこの被害は与えられないはず。その攻撃力を四十八人全員が持っているのか。
こいつら、何者だ?
「魔道反応のデータ。ネームドリストと照合せよ」
「了解……。うっ、これは。殲滅の……ミハイルです! 奴が来たんだ。おお神よ。なぜ天使の名前の死神をおつくりなされた!?」
ネームド中のネームド。
この戦争を根底からひっくり返した奴がこの艦隊を襲っているだと?
「て、撤退せよ。艦長、全速で退避。防空陣形を乱さず西へ向かう」
間に合えばだが。
バリバリバリ!
突如、二十センチ砲弾にも耐えうる艦橋の防弾ガラスが割れて、一人の少年が突っ込んできた。
「シンシノ ミナサマ。オドリマショウ」
ガラスを破壊したスコップを背中にしまいながら、自動小銃を乱射し始める少年兵。
「ヒャァハハハ! オオモノデスワ。ハツノセンカンヨ。シズンデ シマイナサイ!」
あらかた艦橋に立っているものがいなくなると、生存者を無視して装備をチェンジする少年。
「百二十七ミリ、テッコウリュウダン。ヒサビサニ ツカウワ」
彼が床に向かって小型バズーカのようなものを向ける。
「ハッシャ!」
ずどどどどーーーん!
閃光とともに床に大穴が空き、艦底付近で響いてくる爆発音。
「デハ ゴキゲンヨウ。コンドハ スイーツヲ、ヨウイシテネ。オオモノグライハ カイッカン デスワ」
そううそぶき彼は外へ消えた。
艦底付近で砲弾の誘爆が始まった。
もう駄目だ。
旗艦の戦艦が沈む。
艦長が叫ぶ。
「キングストンバルブを開けろ! 弾薬庫に緊急注水。総員退艦せよ!」
こうして連合王国海軍、この戦争での初の敗戦が終わる。
彼らは戦艦一隻喪失しての敗退を喫した。
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