第35話:デビュタントは戦場ですわ【戦闘回】
聖歴1941年6月15日
ケルテン伯本邸大広間舞台そで口
どきどきどきどき。
ついでに、もいちど
どきどきどき。
皆さまこんばんは。
トロツキーグラード包囲網を打通する作戦前の緊張、その数千倍緊張しているスターシャ十五歳です。
これから一世一代とはいかないまでも大芝居をしなくてはなりません。
イリーナちゃんの男の子カミングアウト。
「いっそのことわたくしのデビュタントと同時におこないません?」
と提案したのですが皆さまに怒られました。
お父さまは怒りに我を忘れて、「こんな難題を言ってきた皇帝を暗殺する!」とか言い出して。
盗聴器が仕掛けられていなくてほっと致しましたわ。
「皇帝陛下、並びに皇太子が参られました。一同起立。最敬礼!」
前もって警備にあたっていた皇帝直属の近衛兵の隊長様が、大声で陛下の御出座を宣言します。
何を思ったか皇太子アレクセイ様まで参られています。なにか思惑があるのでしょうか。お父さま。
荘厳な帝国国歌が流れる中、陛下が臨時の玉座に座られました。
え?
オーケストラでもあるのか、ですって?
そんなものはさすがにわが伯爵邸にもございません。
独立魔道大隊の皆さまに中でも演算スロットの多い方に、それぞれの楽器のパートを受け持っていただき、録音した音を再生していただいております。
あ、一人倒れました。
魔力切れかしら。
隣の隊員が強引にスロットルVを飲ませています。
だらしないですわね。
今度もっと魔力量を増やせるように猛特訓をしましょう。
「本日は我が子、イリーナのために遠路はるばるお越しくださり、誠にありがたく思います。イリーナも今日で十六。今後、社交界でよろしく引き回しのほどをお願い申し上げます」
バリモント子爵が
そう、社交シーズンでもない五月に自分の領地から強引に呼び寄せられたのです。皆さま、内心では怒りでぐつぐつと煮えたぎっていると思います。
その矛先をお父さまに向けさせるためにも、ケルテン伯爵本邸を会場にいたしました。もっと深い意味もあるとかですが。
『敵勢力八七パーセント集結完了。いつでも攻撃可能』
ナタリーが最近開発した小型ホワイトボードに書いた小さな文字で知らせてくれます。
では決戦場へ参りますか。
どごっ!
ずがががーーん!
「戦場のオーケストラの中、一人取り残された美少女一人。デビュタントもまだ済んでいない深窓の姫が今、地獄の東部戦線で包囲された地方都市で途方に暮れている!」
大隊の皆さまの拡声術式で拡大されたナレーションが特設舞台の周りに響きます。
特設舞台も隊員の皆様が作っていただきました。イリーナ中尉のデビュタントですもの、皆さま張り切って作ってくださいましたわ。
なぜか私の方を見ておびえた表情をしていたのですが、ちょっと真剣になりすぎましたかしら。
でも仕方ないですわ。
親友、マブダチの晴れの舞台ですから、張り切ります。
「ついに皇国兵が目の前に迫る! サムライソードを振り上げて威嚇してきます」
隊員さんの中で一番背が低く、不格好で平たい顔、がに股の方を配役いたしました。サムライソードがとってもお似合いです。
「危ない! 美少女はここで可憐な命を散らせるのか? だれか勇ましい帝国貴族が救いの手を差し伸べ、ロマンチックな物語の華を咲かせることができるのか?」
何人か、余興で舞台に近寄っていきますが、その鼻先を魔道弾の光跡が遮ります。さすが貴族さまはへっぴり腰。すぐ諦めました。
しかし当てないように訓練した甲斐がありますわ。
皆さま、なぜか貴族相手ですと手抜きができないとか言って当てようとするのです。
「こんな時くらいしか貴族相手に遊べないんです!」
だとかおっしゃっていましたが、毎日わたくしと遊んでいるのに何を言っておいでなのかしら。明日からもっと遊びましょうよ。
「と、そこに。空で激戦を繰り広げ、敵の包囲網を突破してきた勇敢な少年兵が彼女の前に降り立つ」
さてわたくしの出番です。
六十四ある術式スロットのほとんどすべてを使い、完全自動デコイ、ミハイルッ子一号を起動します。
「お嬢さん、手助けが必要かな?」
術式を切った魔道スコップの一撃で沈む皇国兵役の隊員様。きちんと防御障壁を張っていましたかしら? あれ。目がナルトになっていますが。
「あ、ありがとうございます。でも大丈夫。今日から私は……男になります! い、一緒に帝国のために戦わせてください!」
「そうか。それは心強い。では一緒にこの野蛮な皇国軍を撃退して帝都に帰還するか」
「は、はい。今日から小官は航空魔道兵として、そして子爵令嬢ではなくバリモント子爵家嫡男としてデビューします!」
そしてイリーナちゃんは空砲の込められたPPSS-41サブマシンガンを天井へ向けてぶっぱなします。
そこにバリモント子爵の宣言。
「これからはイリーナではなく、イリーネフ中尉。バリモント家嫡男イリーネフとお呼びください」
ほとんどの方がびっくりしています。
びっくりしていないのは、既にこのことを知っている方。つまり第二皇子派の主だったメンバー。
『メンバー確認。記録中』
ナタリーはもちろん。秘密警察と情報局の方々も観察しております。
「陛下。恐れながらこの茶番、由々しきことですぞ。仮にも帝国子爵が嫡子を隠し子だけならまだしも、性別を偽り軍籍を偽造。はては未来の子爵などと。どこまでこの帝国の格式を愚弄、気品を貶めるつもりか」
海軍卿の右腕であるベッカ-伯爵が第一声を上げます。
みなさま、「そうだそうだ」とおっしゃっています。
それはそうです。
ここには第二皇子派と目されている方々と、そのご家族しか招待されておりません。その方たちだけに招待状をお出しいたしました。
「なるほど。皆さまのお怒りはごもっとも。帝国、並びに皇帝陛下の御代を汚すなど言語道断。そんなものは処断されても文句は言えませんな。では例のものをこれへ」
バリモント子爵に代わり、寄り親であるお父さまが堂々と受けて立ちます。
「ご苦労。ではこの汚らわしき書物その他を帝国にまき散らしているものなど、断頭台へ送っても構いませんな」
お父さまの部下が押してきたキャスターの上にうずたかく積まれているもの。
黒い表紙に邪悪さを醸しだす真っ赤な文字で、ひ猥な単語が印字されています。
【三十歳まで童貞だと賢者になれるらしい】
【海辺のエイリアン】
【窮鼠はレアチーズケーキの白日夢を見る】
【きょう何飲んだ】
【同学年生】
ぐぇっぷ。
は、はしたない声を上げてしまいましたわ。
「これらは最近、貴族子女の間でひそかに出回っている本。すぐさま禁書指定にするべき品物。だがその子女の親である貴族どもにも責任はあろう。陛下の御前である。今なら穏便に済ませる。自分の娘が所持していると思われる者はそこに膝まずけ」
お父さま。
ご自分の言葉で、自分の首をお締めにならないで。
あのお部屋はもう一度、頑丈な封印をしなくては。
「ベッカー伯爵。陛下の御前である。正直に申せ。そなたの娘、ツェツィーリアはどこにいる? 海外へ逃したな。この禁忌を帝国にまき散らした罪は重い。責任を取ってもらう」
「なんのことだ、ケルテン伯。あやつは単に海外へ留学……」
「隠しても無駄だ。行く先は皇国。お前は敵国に通じたのだ。神妙にしろ」
どうやらツェツィーリアさまはご自身の書かれた書物にサインをして配ったようです。すべてのご本にB.L.B.L.というご自身のサインと共に「親愛なる○○さまへ」と書いていたようです。
その名簿が秘密警察を通してお父さまの手に渡ったとのこと。
「ええい。こうなったら! 者ども出会え、出会えぃ! 幸いにも皇太子もいる。一気にことを起こすぞ」
キレた伯爵の合図とともに、海軍の査察部配下のエージェントがお父さまに向けて拳銃を発射。海軍卿ナヒモヌフ侯爵はその陰でクククと笑っています。
なんということでしょう。ここで陛下か皇太子殿下を亡き者にする予定だったの?
かきん。
かきん。
かきん。
危ないところでしたわ。
ミハイルッ子一号が間に割って入り、拳銃弾を阻止。
まったくわたくしの部下たちは何をしているのかしら。
「陛下をご動座させよ! 急げ!」
近衛兵が動きます。
胸甲兵ですので少しは肉壁の役目ができるでしょう。
どががががーーーん!
きーーーん。
爆発音。
耳がしびれる。
陛下の周りで爆発?
なぜ?
そこまで海軍一派は反逆の準備をしていたの?
「独裁者、死ねぃ!」
近衛の制服を着たものが爆弾を投げる。
あぶない。
陛下をお守りせねば帝国は崩壊。
これからスイーツが食べれなくなってしまう。
何とかしなませんと。
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