皇帝陛下暗殺未遂

第33話:勲章よりもスイーツが欲しいですわ

「ミハイル・ザイツェフ空軍少佐。同じくイリーナ・バリモント中尉。入場」


 わたくしの前にそびえる両開きの素敵にバカでかい……げふん。大きくて荘厳な扉が音もたてずに開きました。


 中には赤いジュータンが敷いてあり、左右には最近では珍しい胸甲騎兵の装備を身に着けた儀仗兵がずらりと並んでいます。


 一歩前に踏み出すと、右肩に添えていたサーベルを斜めに振り上げ、わたくしたちの通路にトンネルみたいな空間を作り上げます。


 ああ、お菓子の兵隊さんならどんなにうれしいことか。最近、ダリアちゃん自身が経営しているお菓子のチェーン店で売り出されました。


 ダリアちゃんったら、なんて働き者なのかしら。

 発明だけでなく試作品のコピーもご自身でやられて、疲れたら強化チョコレートを食べるのを繰り返し。


 あまりやりますとお腹が悲しいことになりません事?

 すこしご一緒に空でもお散歩いたしましょう。通りがかった連合王国の紳士の皆さま。ぜひお菓子の弾丸を撃ち込んでくださいませ。



 ジュータンの奥の玉座には、ルーシア帝国皇帝のパーヴェル・アレクサンドロフ二世が据わっています。


 たしか五十歳を過ぎていて最近はご病気だとか。


 若いときはとっても有能でいらっしゃり、混乱と分裂を繰り返していたこの国を粛清に次ぐ粛清で、中央集権的な安定した帝国にした実力者。民にも優しく無茶な増税や兵役、使役はなされません。


 それを上回るくらいの上級貴族の暴虐が陛下への圧政との誤解を生んでいるのが現状ですが。


 その昔からの権力をもつ貴族を押さえつけての帝国の安定化という偉業にお父さまも貢献されたとか。

 やっぱりお父さまは帝国になくてはならない存在。改めて尊敬いたします。


「ザイツェフ少佐。これへ」


 皇帝の玉座の前、階段のすぐ下に片膝をつきます。

 臣下の礼。

 片袖だけ通した、しゃれた空軍魔道兵の制服がふわりと舞います。


「そなたを帝国騎士に任ずる」


「はっ。ありがたく」


 肩に剣を当てられました。

 ということで、なぜかわたくし伯爵令嬢スターシャは帝国騎士爵をいただいちゃいました。


「引き続き、聖ゲオルグ一等勲章を授ける」


 なんだか大盤振る舞いですわ。

 この勲章って、たしか軍事勲章のなかでも最高位のものだとか。べらぼうな年金が生涯出るというもの。


 そうですわ。

 きっと皇帝陛下は

「これをつかって幼馴染を助けなさい」

 という、お心遣い。


 下町の凍えるような寒さに目をやるなど、さすがは名君。惚れてしまいそうです。


 でも年金よりもスイーツ一年分とかでしたらもっとよかったのに。無いものねだりはよくありません。気を付けます。


「イリーナ・バリモント中尉。聖ウラジミル勲章を授ける。敵戦艦部隊の撃退、見事であった」


 これも二番目だけど、めったにない軍事勲章。文官用もあるとか。これがあればイリーナちゃんナイスガイ作戦の第一歩が踏み出せた?


 その時、皇帝陛下が一歩あゆみより、クイクイと「近う寄れ」的なしぐさ。皆さまに聞こえない程度の小声が聞こえる近さに。


「二人とも面白い組あわせじゃな。アンドレイから聞いている」


 な、なにを知っているのです?


「イリーナはデビュタントをするのか? 貴族の嫡男のお披露目ではないのか?」


 陛下、イリーナちゃん、立ったまま白目むいていますわ。


「へ、陛下。その件は父ケルテン伯と相談をされているとか」


 わたくし、焦ってしまい、変なことを口走ってしまいました。


「そうか。スターシャもデビュタントがもうすぐであったな。楽しみにしていると


 どひぃいい~


 これ、絶対知っていますわ。


「は、はい。ではハトコにはしっかりと陛下のお言葉をお伝えいたします」


 陛下が再び玉座についてからイリーナちゃんを小突いて起こし、一緒に五歩後ずさる。


 方向転換して外に出たときは、光学迷彩が解ける寸前まで動揺してしまいました。


 恐るべし、皇帝陛下。

 戦場では一度も奇襲攻撃を受けなかったわたくし。


 極大な被害をもたらす一言。

 それをあの柔らかな口調で放つとは。やっぱり生まれながらの偉大な皇帝でしたわ。


 でも、スイーツでできた勲章ならばもっと被害を与えられましてよ。そこはまだまだ甘いわ。皇帝陛下。


 ◇◇◇◇


 家に帰るとお父さまの抱き着き攻撃が待っておりました。今回は顔面に三重の防御障壁を張りました。


 痛くありませんでした。

 戦艦の大爆発にさらされたときの方が被害が少ないですわ。


「黙っていて、ごめんよ~スターシャ。陛下にはどうしても伝えておかないといけなくて。スターシャをびっくりさせたいとのご下命。ごまかせなかったのだよ」


 まあ、おちゃめな方ですわ、皇帝陛下。

 いろいろな顔をお持ちなのですね。


「政治向きの事はさておき。デビュタントまで一か月を切ってしまった。準備は半年前からやっておいたのだが、何分西部戦線ができてしまったので何かと忙しくてな。五月十五日になってしまった。社交界シーズンではなくなってしまったよ。それでも強引に参加者は連れてくるが」


 そうですわ。

 イリーナちゃんやダリアちゃん、ナタリーと一緒に遊んでいたらもうそんな時期に。


 まずいです。

 ダンスの練習などしておりません。


「わたくし。ダンスのステップなど踏めません、やっぱり。専属の家庭教師にもサジを投げられてしまわれました」


 もう嫌ですわ。

 あのような緩いダンス。


 もっとこう横Gがかかり、きりもみするようなスパイラル運動があればよいのに。それを実践しましたら、家庭教師の方ったら目を回してしまいました。


 それ以来、練習をしておりません。


「いや。スターシャは何も心配をしなくてもいいんだよ」


「でもお父さま。最初の一曲目はわたくしが踊らなくてはいけないと伺いました。みんなの前で転んだり急上昇したりするのは嫌です」


 そうです。

 転びそうになると、つい身についた習慣で上昇運動を行ってしまいます。


「父さんに名案があるのだよ」


 そうなのですか?

 さすがはお父さま。

 きっと素敵な作戦がおありなのでしょう。


 わたくしは口ひげに注意しながら、お父さまの口元に耳を近づけました。





 ◇◇◇◇


 聖歴1941年5月29日の空戦日記


 お母さま。お父さまったら、ひどいのよ。


 わたくしがザイツェフ少佐だと、お父さまが皇帝陛下に漏らしてしまわれたの。これでデビュタントがとんでもないことになりそうな予感がいたします。


 イリーナちゃんのデビュタントを装った嫡男宣言も先に控えておりますし。


 これをどう裁くか、興味津々できっと執務室でニマニマしているのですよ。

 いやな皇帝ですわ!


 許してもらいたかったら、スイーツ十年分下賜してくださいませ!

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