第22話:令嬢部隊結成
聖歴1941年5月2日
帝都某高級レストラン
ケルテン伯爵アンドレイ
「ほう。年間十万ルーブラ。大した収入ではないか。辺境都市の年間予算と同レベル。これをその転写とやらで稼ぐというのか?」
超高級料理のスーキヤキの取り皿を置いて、皇国から密輸したコーシュ産二十年物の赤ワインのグラスを手元で転がしつつ、空軍卿ツポレヌフ侯爵が独り言のように聞いてくる。
「ええ。ここに参集したものだけの秘密計画です」
「ふむ。卿らは、この生産が帝国、いや世界に与える影響は考えているのであろうな」
この席には私とツポレヌフ侯爵、
侯爵の寄子でイリーナ嬢の父上バリモント子爵、
ナタリー嬢の父であるクリニコフ子爵
ダリア嬢の父上、ゼレノア男爵
五人の貴族が集まっている。
「はい。ゼレノア卿のゼレノイ商会によって、さまざまな商品を製造。販売に障害となるものは秘密警察の長官であるクリニコフ子爵が排除。統括指揮を不肖、わたくしが努めます」
「そうか。すでに組織ができていると。ではバリモント卿はどのような役割を担当するのだね」
そうだな。
それが今回問題になったこと。
取引材料だ。
「侯爵のご紹介で子爵令嬢イリーナさまと、我が血縁であるミハイル・ザイツェフおよび娘のスターシャがお茶会で友人となりました」
ワイングラスに向けられていた目が、チラッとバリモント子爵に向けられた。
どうせ「貴様、あのことをしゃべったのではないな」とか目で合図したのだろう。
「それで?」
「イリーナ嬢がご自身の秘密を明かして意気投合。一緒に軍隊ごっこをしましょう、と約束したと聞いております」
「なんだと? イリーナ嬢はか弱い十五歳の少女。デビュタントもまだではないか。それが軍隊ごっことは」
ワイングラスを置いた侯爵が私と子爵をその鋭い目で交互ににらんでくる。
「バリモント卿。どういうことかね。彼女がザイツェフ大尉に嫁ぐ代わりに卿の願いをかなえてやる約束であったろう」
先ほどまで下を向いてびくびくしていたバリモント子爵は意を決したのか、本来の豪胆な軍人貴族の姿を取り戻した。
「侯爵閣下。イリーナがザイツェフ大尉に『私は男です』と告白したのです。もう計画通りには参りません。それにすべてはケルテン伯爵に知られておりました」
「馬鹿な。なぜ伝えた。どこまでケルテン卿は知っているのだ」
この侯爵殿は、帝国情報局を甘く見ているな。帝国内のほとんどすべてを掌握している私を甘く見るとは。おろかな。
バリモントは寄り親の侯爵に常日ごろから、その膨大な収入をさく取されていた。
その見返りに空軍での栄達と、貴族の間で優位な地位を保っていたのだ。しかし長女のイリーナが実は男だと見抜かれてしまった。
そこで侯爵のゆすりが始まったのだ。
イリーナを貴族の夫人として社交界を渡っていけるようにしてやる代わりに、もっと貢物をよこせと。
その計画はこうだ。
配下の貴族の血筋で、戦果を上げれば男爵位くらいには昇爵できる軍人を探す。イリーナを嫁がせたのち、空軍元帥の権力でそいつに大戦果を上げさせて男爵位に。
その後、何かの拍子に戦死する男爵。
イリーナはめでたく男爵夫人の称号を得て、社交界で貴族として扱われる。
こんな感じだな。
「ううむ。さすが影の支配者ともいわれるケルテン伯。儂の計画をすべて見抜かれていたか。それで? ここに呼びつけて、わしに何をせよと?」
「はい。先の生産に関与していただき、純益の二割をお納めください。その代わり……」
私もワインでのどを潤してから話の中核に触れた。
「ザイツェフ大尉を少佐に昇進させ、独立魔道大隊を編成。バリモント空軍少将直属の機動部隊に。その中核となる特殊攻撃部隊にイリーナ嬢とダリア嬢、それからナタリー嬢を所属させます」
侯爵は目がまん丸になっているな。
「な、なんだその令嬢ばかりの魔導兵部隊は。大体魔道師としての能力はあるのかね」
「はい。ザイツェフ大尉が特殊な訓練を開始しております。始めてから三週間。大変な攻撃力を誇る部隊になりつつあるとのこと」
スターシャ、お前はなんでもできるのだね。
先生にも向いているとは。
「その少数精鋭部隊を元帥閣下の指令の元、どのような戦地でも赴く体制を」
「それは願ってもないことだが。そんなにすごいのかね。……ああ、ザイツェフ大尉だけでも数個連隊分の戦力はあるか」
呆れたような顔でポロリと吐き出す軽蔑の言葉。しっけいな。人の娘を化け物扱いするとは。
「その戦果ですが、すべてイリーナ嬢のものとしていただきたいのです。その戦果を持って社交界に押しも押されぬ男としてデビューさせるのです」
これですべてがまとまるはず。
収入も侯爵が二割。
バリモント子爵が一割。
クリニコフ子爵が一割。
ゼレノア男爵が一割。
そしてスターシャが五割!
少ないが私はマネージメントと情報組織を動かす経費で四割はピンハネする。これでスターシャのデビュタントを、ますます盛大にできるぞ。そしてレイカの野望への下準備にまい進するための資金だ。
侯爵は莫大な不労所得を。
バリモント少将は大戦果を自分と娘、いや息子に。
クリニコフ子爵は元帥人脈から空軍を裏から支配。秘密警察だけでなく、内務省そのものを完全に掌握できるだろう。
ゼレノア男爵はさらなる商売繁盛。
情報局としてもツポレヌフ元帥派を味方につけることができる。
そして私は、スターシャにもっともっと幸せになってもらいたい。
空戦を楽しみながら、伯爵令嬢としても華やかに生活。
レイカの願いである、悪役令嬢になるのはまだまだ無理かもしれないが、きっとよい縁談もあるだろう。
それまでには夜会などでもぼろが出ないようにきちんと練習を。
いや。そんなことはスターシャの重荷にしかならないな。
どうせなら取り巻きをどんどん増やして、どんな失敗をしても恥ずかしくないような勢力を作ってしまえば問題はもみ消せる!
おお、スターシャ。
おまえがどんな失敗をしても父が守ってやるから安心して踊りなさい。
舞踏会でも。
戦場でも。
私が席を立って立ち去ろうとしたとき、大事な取り決めを忘れていたことに気づいた。これを忘れていたとは私としたことが何たる失態。
「それからもう一つお約束を。元帥閣下、私との会見の際にはその葉巻、お控えください。この約束を反故にされた場合は、すべての約定はご破算でございます」
スターシャに嫌われるなど死んでも嫌だ!
◇◇◇◇
聖歴1941年5月4日の空戦日記
正義と優しさを教えてくれた敬愛するお母さま
今日、お父さまが玄関を開けた途端、叫ばれました。
「スターシャ。ごめんよ。父さんの力が及ばず、まだ伯爵のままだ」
何のことなのでしょう。
そうお伺いしましたところ、お母さまの昔のお願いがまだ達成できていないとか。
「娘ができたら悪役令嬢にさせたいわ。そのためには公爵でないと格好がつきません」
お父さまはその時のことをいつか達成しようといろいろと策を練っているとか。最近大分準備が整ってきたので、せめて侯爵令嬢にしてあげたいと。
「今年の九月には貴族学園ができる予定だから、そこで思いっきり悪役令嬢というものを勉強しなさい」
とおっしゃっていました。
ですがまだお母さまから教えていただいた貴族的ないじめができる気がいたしません。どうしてもいじめには魔道スコップを使ってしまいそうで。
特待生の中からピンクブロンドの男爵令嬢を見つけるのも難しい課題です。
いつになったらお母さまの読み聞かせにあった、『異世界行ったら本音出す』とか『剣と権力をモットーに生きております!』の主人公やヒロインのような素晴らしい人間になれるのかしら。
悩ましい毎日を送るスターシャより
◇◇◇◇
スターシャが悪役令嬢になることを望む方は★とフォローで応援してくださいませ。きっとパソコンのキーボードをたたいている作者なるお調子者が続きを書きたくなりますわ。
「ひでぇ。もう書けまっしぇん」
「何を言うのだ。天野二等兵。死ぬまでPCを離しませんでした、と修身の教科書に載るまで頑張りたまえ」
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