お仲間ができました

第21話:子爵令嬢は、おとこの娘でしたわ

 嵐のようなツェツィーリアさまとのお茶会の後。


 今度は静かすぎるお茶会が待っていました。


「このお花は低地諸国の特産品であるチューリップです。最近は改良されて色とりどりの花を咲かせます」


 花よりもたおやかで静かなお顔立ちと立ち居振る舞いの令嬢が温室の鉢植えを見やっておいでです。


 彼女の淡い金髪が温室中を柔らかな光で満たしながら、肩をなでていきます。


 ツポレヌフ空軍元帥の紹介でお茶会を開いている、バリモント子爵令嬢イリーナさま。


 子爵家は帝国でも指折り数えられるほど見事な温室をお持ちです。それを維持できるほどの財力があるとか。


 子爵の地位としては考えられないほどの土地と産業を持っていとお父さまが教えてくださいました。


 そんな有力貴族の長女がなぜ貴族籍を持たない少年に嫁ぐことに賛同したのかしら。


「ボク、いえ私は強くならないといけないんです。だから勇名をはせるミハイルさまに鍛えていただくために、お友達になりたくて」


 意味が分かりませんわ。


「わたくしたち貴族令嬢は強くなる必要がございますの?」


 自分で言っていて矛盾を感じた気がしますが、それは一瞬のこと。

 きっと気のせいですわ。


「理由ですか。ボク、私。ミハイルさまだったら打ち明けられるかもしれない。私の秘密を」


 しとやかなしぐさのイリーナさまの目は真剣です。きっとなにか深い事情がおありなのでしょう。


 見るに見かねて決心をいたしました。


「わかりましたわ。これから呼んでみます。二人でお話してご覧になって」


 ナタリーとダリア様が静止する中、マリアに通信機を出させて通信する真似をいたします。


「よかった。ちょうど休憩時間になったようですわ。十分くらいならこちらへ来れると申しております」


 その間はわたくしがお花を摘んでいましょう。

 マリアに付き添ってもらい室内のお手洗いに。


 一瞬にして正式装備に着替え。窓をすり抜け、塀を飛び越えて表の玄関から入っていきます。


「あ、いらっしゃいませ。ボク……私、イリーナといいます」


 真っ赤になって初対面の挨拶をする花のように可憐なイリーナさま。


 挨拶もそこそこ、個室へ案内されます。部屋にはナタリーとイリーナさまのおつきのメイドさま。


 秘密のお話でも、男女同じ部屋に二人きりということはさすがにできません。


「私になにか聞かせたいことがあるとスターシャから聞いた。五分だけ話を聞く時間がある。返答に五分。それ以上は持ち場を離れることは許されない」


 冷たく言い放ちますが、あまりここにいるとボロが出そうなので仕方ありません。


「は、はい、わかりました。では」


 イリーナさまは真剣な面持ちで深呼吸をして一気に秘密を打ち明けてきました。


「ボク……男の子なんです!」


 はああ?


 わたくしよりも女性っぽいイリーナさま。

 なぜゆえに?


 いくら社交界デビュー前であろうとも、性別が隠せるはずがございません。


「バリモントの家の子はボクと弟のアダムしかいないんです。ボクは別居中のお母さまの下で育ててもらいました。跡目争いに巻き込まれないようにと女の子として育てられたんです。でも……」


 今にも泣きそうなイリーナさま。


「アダム。父さまの厳しいしつけで、人が怖くなってしまってお部屋に閉じ困ってしまったのです。だから……ボクが代わりに強くならないといけないんです!」


 イリーナさまはわたくしと同じ十五歳。


 十五年間女の子として育てられたおとこの娘が、これから強くなるという気持ち。大変な勇気ある行動でしょう。


 何が何だかよくわかりませんが。

 こういう時はナタリー参謀長に聞きます。見つからないように小さなメモをもらいました。中指でモノクルをクイッと持ち上げ得意そう。


『こんな時こそケルテン伯爵の出番。戸籍、軍歴。一時間で偽造可能。戦果を上げて叙勲、社交界デビュー!』


 冷徹な文字の割にはニヘラという笑い顔がギャップ萌えです。


 なるほど。

 わたくしと全く逆なわけですわね。


 謎のミハイルは戦果を上げてもスターシャはおしとやかな令嬢。


 今まで女の子として存在したイリーナさまは、少年兵として大戦果を上げ、社交界で人気の男性になるのですわね。


「どうか戦場で鍛えてください、ミハイルさま。お願いです」


 その涙、強力な武器になりますわ。

 男性相手ならば最終兵器となるかと。


 もったいない。

 この女性らしさを軍隊式に鍛えて荒々しい武人にするなんて。


 でもおなじ空軍の元帥の顔をつぶすのは、これから自由に動けないかも。どこまで元帥と子爵さまが真実を知っているか、お父さまにお伺いしないと。


 とりあえずそれからお返事をしましょう。


「了解した。上官に指示を仰ぎ、追って通知する。それまで筋トレなどをしておくんだな。スターシャのメイドからトレーニング施設一式を貸与してもらえ」


 マリアに目配せしてからわざとらしく敬礼。


「では、急ぐのでこれにて」


 わたくしは垂直急上昇バーティカルライズで雲の上に消えてから完全不可視化光学迷彩を張り、お手洗いへ戻りました。



 う~ん。


 あのたおやかなオトコの娘をどのように大戦果を上げられる空の狼に鍛え上げるか、難題ですわ。


 お手洗いのオマルの上で、うんうんうなりながら彼女の戦闘方法を考えていたら、お尻が痛くなってしまいました。


 帰ったらあのお薬をぬりましょう。




 ◇◇◇◇


 聖歴1941年4月26日の空戦日記


 お母さま。


 お母さまのお部屋で『コスプレ衣装』や『おとこの娘』という存在を知っておりましたが、まさか実在するとは。


 普通ならば、『女性だけど男装する』ことでお家を存続するという手を使う事はありますわ。

 でも逆の話は聞いたことがございません。


 今、スターシャは難題に向き合っています。


 イリーナさまに『どのような服を着させるか』。


 これは非常に重要ですわ。


 あのような美少女が戦士になるときは、必ず素敵なピラピラ衣装でないといけないとお母さまのご本に書かれていました。


 魔法は使えないので魔道少女でよろしいでしょうか?

 変身に時間がかかっても戦う前に、敵が見惚みとれるくらい素敵なポーズの取れる術式を開発いたします。


 ああ、着替えは一瞬ではなくて数秒必要にするのが重要と、お子様図解集に書かれていましたわ。どういたしましょう。その間に敵の攻撃を防ぐシステムも開発しなくては。


 工夫の大好きなスターシャより愛をこめて。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る