第19話:正統伯爵令嬢vs邪道伯爵令嬢
フルダ防衛戦に参戦することになって、ベッカー伯爵家の五女ツェツィーリアさまからのお誘いがお流れになってしまいました。
キャンセルをすることとなり、大分怒っていらっしゃるとのこと。
誠に申し訳ございませんでした。
ですから誠心誠意の手土産を持参しなくては。
「マリア。本日はよろしくお願いいたしますわ」
最近、カールが専属から外れて、マリアが私の専属使用人になりました。マリアは目が悪いそうで分厚い丸メガネをかけています。
細かい作業は苦手だということですが、カールに聞きましたらルーシア軍特殊部隊で訓練を受けていたとか。
百八十センチ近くあるメイドにしては大きな体をしております。
着痩せするタイプでメイド服に隠れていますが、腕が筋肉の塊のようです。カールの持っていたマジックボックスを、さらに大きくした車輪の付いた携帯タンスを持ってくれます。
「はい。かしこまりました。たとえ歩兵一個師団が襲って来ようともお嬢さまを無事お逃がしすること、伯爵さまより厳命されております」
やはりお父さまはお優しいお方。こんなに頼りがいのあるメイドをつけてくださるなんて。
マリアはきれいな薄い金髪を、わざわざ黒髪に染めひっつめ三つ編みにした頭を優雅なしぐさで傾けます。
「では参りましょう。いざ、地獄の戦場、お茶会決戦ですわ」
◇◇◇◇
「お招きにあずかり誠に恐縮ですわ。ベッカー卿はお元気でしょうか。父も心配しておりました」
ツェツィーリアさまにご挨拶をいたします。
ツェツィーリアさまは、いわゆる行かず後家。
噂によれば、相当な
三十を過ぎてもだれも貰い手がないと社交界で陰口を言われています。
「今度は逃げずにお越しくださったのね。年上の者の好意はきちんと受け止めるのが貴族の礼儀。まったくケルテン伯爵はどんなしつけをなさったのやら」
おおっと。
いきなり宣戦布告なき攻撃。
取り巻き2名を連れてきてよいとのことで、ナタリーとダリア様とご一緒に伺ったのですが、ナタリーがセコンドをしてくれるので安心ですわ。
『この状況への対策。やんわりと会釈で無視モード。そしてさっきのベッカー伯爵の病気に話を持っていくのが最適解』
ベッカー伯爵は病にかかっておいでです。その治療薬がお母さまの持病と同じものらしく。お母さまのあの素敵なお部屋の押し入れに、ひと箱手つかずのまま置かれていたお薬。
これをマリアがツェツィーリアさまのメイドにお渡しします。
「ツェツィーリアさま。急な用事ができましてのお茶会欠席、誠に申し訳ございません。そのお詫びには到底ならないと思いませんが、どうぞこれをお納めくださいませ」
「お薬? お父さまにですって? まさかライバル関係にあるベッカー伯爵家に嫌がらせのために平民の民間薬を持ってきたとでも?」
はい。
お母さまは
「一般で入手できる薬なのにここでは売ってないのよね。部屋から持ってくるんだったわ」
とお嘆きでした。
でも、とても民間薬には思えませんでした。
同じ持病をもつカールに使わせたところ、無表情に感謝感激しておりましたわ。
「お気が変わりましたら、お使いくださいませ。あの病気は大変な苦痛をともないますから、伯爵さまのお耳に入れてくださいませ。きっと使いたくなると思いますわ」
さて、本来のお話に戻りましょうか。
「まったく。海軍卿のナヒモヌフ元帥さまのお願いでなければ、会う気は全くありませんでしたのに。その社交界にも出られない貴族籍を失った少年はどこにいますの?」
ミハイルは、お父さまの血縁ということになっています。
一応、家系的には貴族。
ですが廃嫡され身分をはく奪された貴族である、はとこの子供ということになっています。
これでは伯爵令嬢が嫌がるわけですわ。
それでも、もう貰い手がいないからと、伯爵さまが縁談を受けたらしいのです。
「今日は勤務中だとかで。後ほど。まずはわたくしがお話をしてどのような方なのかを聞かせてほしいとのこと」
「偉そうに。若いって本当に無礼なことを平気でなさいますわね」
ぶつくさ言っているのをはた目に、マリアに合図を送ります。
ここからが重要です。
そしてわたくしの至福の時ですわ。
◇◇◇◇
親愛なるお母さま。
忘れないうちに日記に書き留めねばならないことが。
ですのでお茶会でお花を摘みに行った隙に日記を書きます。
あのお薬。
チューブに入った軟膏。
お母さまがお手洗いにこもると、いつもつけていたお薬。あれが伯爵さまのお尻にも効けばよろしいのですが。
ヤマモトキヨシのシールが貼ってあった箱に入っていた、ボルギノールという秘薬。このコピーを作れば多くの方の幸せを取り戻せると思います。
天国でもお体に気を付けて長生きしてくださいませ。
聖歴1941年4月23日
◇◇◇◇
あの苦しみを体験した人は必ず★評価をつけてくれると確信いたしますわ!
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