第16話:音速を超えた、だと?【戦闘回】

 1941年4月17日

 東西プロシアン国境、フルダ要塞西方

 西プロシアン陸軍南部方面軍 独立第四〇一突撃砲大隊

 ヨーヘン・シュミット少佐



 目の前で魔女の大釜がかき回されている。


 ありとあらゆるものがごった煮になっていく。


 鉄も

 血も

 人肉も。

 溶けた雪で泥沼状態の地面もスープの素にしていく。


 集成砲兵集団、重砲二百五十五門の斉射。

 二百機以上の急降下爆撃機。


 これらがすべてをミンチにしていく。

 分厚い鉄筋コンクリートと鋼板で覆われた堅固なトーチカすら耕された。


 だが、いまだ魔女の洗礼を受けていないトーチカも半数は残っているだろう。そのトーチカをつぶすのが俺たち突撃砲大隊の任務だ。


 突撃砲は古くなった三号戦車の砲塔を撤去したもの。


 第一中隊は、機動性を残すため二十四口径七十五ミリ野砲を固定マウントに装備したⅠ型十二両。


 第二中隊は十八口径百五ミリカノン砲を搭載しているⅡ型十二両。


 第三中隊は火炎放射器を使い、潰しにくいハードポイントを焼き尽くすためのⅢ型が十二両。


 第四中隊のハーフトラックに積んだ四連装十二.七ミリ、魔導兵キラーのミート・チョッパーが八台。


 一秒間に四十発。八台で三百二十発の弾幕。

 一分間で四万発近くの十二.七ミリ弾をばらまく対空機銃の化け物たちは今回出番なしだ。


「要塞正面、主要堡塁の側壁。爆破準備完了」


 戦闘工兵が炸薬を至る所に仕掛けたようだ。


「爆破。三、二、一。……今!」


 爆破光景に遅れること三秒。

 天が裂けるような巨大な爆発音。


「大隊、歩兵を流し込むための突入口を確保。各梯団、首都ベルリーまでの道をこじ開けろ」


 同民族同士の争い。


 一刻も早く終わらせたい。大国の狭間でいいようにされるのはもうごめんだ。


 国家を常に分割される悲しいポーラード人の気持ちがわかったことだけがドーイチェ民族の勉強だ。


 高い授業料だがな。


 ◇◇◇◇


 要塞東方

 ルーシア増援軍阻止任務、第二〇一航空魔道大隊

 第四中隊隊長、ヘルマン・シュナイダー中尉



「馬鹿な。たった一撃で? たった一撃で三個中隊が壊滅? それもみんなカテゴリAクラスの魔道兵だぞ。瞬時に防御障壁を張ったはず。それを貫通する魔道弾があんな長距離から飛んでくるとは」


 眼前で繰り広げられた攻撃、いや殲滅戦、虐殺だ。


 第一第二第三中隊が一瞬で溶けた。チョコレートのようにだ。

 三十六人が全員戦闘不能。


 合計数十発もあろうか。

 東から真っ赤な光跡を残して飛んできた魔道弾。


 間隔は数メートルあるから、そうそう当たるものではない。


 しかし!


 なぜ。

 なぜ味方を追尾してくるのだ?


 追尾能力のある魔道弾など見たことも聞いたこともない。


 いや想像すらつかない。


 同じ魔道兵ならばわかるはずだ。


 魔道弾を撃つ際の術式だけでも操作は難しい。なぜなら飛行中、ほかの術式を多数並列で使っているからだ。カテゴリーAの熟練魔道兵でも飛行と迷彩、デコイ以外に使用できる術式スロットは十個もない。


 魔道弾に初速を与え、爆発力を維持し、照準を安定させる。これを同時に行える、つまり連射できる弾はせいぜい三発。


 その限られたリソースで、なぜ追尾できるために使うであろうべらぼうな術式の演算を行えるのだ?


「敵、魔道兵編隊確認。光学迷彩にて視認は困難。推定兵力一個大隊」


 上空を旋回している航空管制用飛行船から通信。


 あれを敵の三十六人全員で撃ったのか?

 そんな部隊を相手にしては生き残る自信など、一ミリもわいてこない。


 三個中隊が壊滅した中、せっかく我が中隊だけ生き残ったんだ。


 逃げ延びたい。

 故郷へ帰ったら幼馴染のメアリーに結婚を申し込むんだ。


「緊急。敵編隊より一機。急加速して突出。 くっ! メーデー、管制飛行船を狙っている。インターセプト要請。第四中隊頼む!」


 上空から衝撃波。

 爆発音ではない。


 まさか、音速衝撃波ソニックブーム

 音があとから来たぞ。

 奴は音速を超えているのか?


 奴が飛行船にとりついた。

 自動小銃を連射、グレネードを放り込むのが見えた。


 次第にヘリウムガスが抜けていく


「い、いくぞ。第四中隊、奴を止めねばほかの魔導兵も危ない」


「お、お言葉ですが隊長。奴、あれを止められますか? それよりも後続の敵を叩いた方が……」


 ……それもそうだ。

 三十六機がやられたんだ。

 もう十二機しかいない。


 あいつに向かって兵を溶かすよりも、一個大隊の方がまだ生き残れる気がする。


「連隊司令部に直接コール。第四中隊は東方帝国軍増援部隊を迎撃する」


 三対一でも、なんだか生き残れそうな気がするとは。さっきのショックはそんな異常な戦闘行動を俺にとらせた。


 ◇◇◇◇


 <スターシャ視点>


 拡散追尾魔道弾。初めて使ったけど殲滅するのにはうってつけね。トロツキーグラードの時もあれば楽だったのですけれど。


 これからチョコレートで世界征服をする計画を、仲良し三人組で立てていく楽しくて素敵な作業が始まるというときに攻めてくるなんて、マナーの悪いお方!


 と思って、使ったのですけれど。


 ……これは失敗作よ。


 ダンスのお相手がいなくなってしまいましたわ。どうすればお相手を見つけられるかしら。


 ああ、そうだわ。

 敵の偉い方に聞けばいいわよね。


 指揮官様は管制機に乗っていらっしゃる?


 西プロシアン軍は飛行船を使っているのでしたわ。でしたらお伺いに上がりましょう。


「中隊全機。このまま敵包囲網を突破。要塞内部に突入している地上部隊を攻撃せよ。殲滅する必要はない。かき回すだけでよい。一人三体、デコイを出すのを忘れるな」


「了解であります。メインディッシュは大尉殿にとっておきます」


 副指揮官のコーネフ中尉から返信。


「では私は上空でのパーティを楽しんでくる。あとは適当にやっていてくれ。魔力補充のため強化チョコレートは忘れずに口に放り込んで置け」


 指揮を下し終わる前に加速を始めます。


 だって楽しいのですもの。

 やっと空戦ができる。


 帝都には全然敵は飛んできませんので、体がなまりきっていて。


 あ。

 ちょっと速度出しすぎました?

 外殻前方に張っていた風防障壁が吹き飛びました。


 衝撃で外殻全体が震えました。

 どうやら音速超えちゃったらしいわ。


 これでは簡単に目標を超えて飛び去ってしまいますから、ちょっと減速。


 飛行船のゴンドラ部分にとりつく。もちろん対空機銃なんか追いつけない速さで。分厚い防弾ガラスを愛用の魔道スコップの一撃で破壊。


「ずどらーすどびぃちぇ、ぐーてんもるげん。お客様。今日は墓場を立てる場所の見学に来たのかな? いい物件を紹介するぜ」


「こ、こいつ!」


 一人の士官様が腰の拳銃を引き抜きます。


 やあね。

 拳銃ごときで魔道兵を倒せるとでも?


 完全に無視して、航空管制官にゆっくりと歩いていきます。指揮官よりもこっちの方に言うことをきかせましょう。


 おや、周りに防御障壁が自動展開されました。盛大に射撃していますわね。


「貴様の所属と姓名階級を言え。頭に風穴があく前にな」


 トカチョフ自動拳銃で後頭部を支えてさしあげます。


「あ、アルバート・トンプソン少尉。連合王国大陸派遣軍所属……」


 わかりましたわ。

 ではちょっと長距離電話をいたしますので周りに防音幕を展開しました。


(カール、調べていただきたいことがあるの)




「そうか、いいことを聞いた。

 ふふん、貴様の恋人リリィ・リンドバーグちゃんは、かわいい子犬を飼っているのか。どうやら先月、ドッグフードが腐っていて腹を下して下痢が三日間止まらなかったと。手紙が届いてるな」


「な、なんでそれを!」


 わたくしは耳のレシーバーを押さえて、カールからの情報を聞きます。


「その缶詰は隣町のマーケットで買ったらしい。おや、どうやらそこの店員にぞっこんだな。リリィさんは」


「そ、そんなはずはない。だいたいそんなことでたらめだ!」


 わたくしは拡声術式を少しだけ発動。


「嘘だったら、この情報を戦場全体に流してもいいよな。『リリィさんは隣町の○○としけこんでいる。恋人であるトンプソン少尉の夜のテクに飽き足りないそうで……』」


「やめてくれ! 何でもします。このとおりだ」


 最初から素直に問いに応えればよろしいのに。


 あ。

 まだお願いをしておりませんでしたわ。これはスターシャ、おバカさんでしたわ。

 反省。


「では、この付近に一個連隊ほど、魔道兵を集結させろ。もっと多くてもいいぞ」


 指示を終えてからわたくしは周囲を警戒して飛行船のブリッジ内を見渡してみました。


 ですがなぜなのでしょう。


 みなさま、被弾してお亡くなりに。


 あ。

 自動防御術式が完全反射になっておりました。みなさま、わたくしを攻撃した弾に当たられたのですね。


 自分の弾の処理をなさるなんて紳士的で素敵な方ばかりだったのね。

 残念だわ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る