第15話:フルダ要塞を救援です【戦闘回】
聖歴1941年4月17日
フルダ要塞司令部
東プロシアン王国軍要塞守備旅団
エルリッヒ・シュターデン中将
ズズズーーン!
ギシギシ
ぱらぱらぱら
敵、西プロシアンと連合王国の重砲による砲撃で、要塞の天蓋を固める厚さ三メートルのコンクリートが身震いをしている。
つい先ほど、連合王国と西プロシアン共和国がルーシア帝国と東プロシアン王国に正式に宣戦布告をしてきた。
すでに大攻勢の準備が万全に整っていた敵は、まず邪魔になるこの要塞に総攻撃をかけてきた。
二百三ミリばかりか三百八十ミリまで持ち出しての盛大な花火。
だがそのくらいでは本防御陣地は抜けない。
一トン爆弾の精密爆撃だったら危ないかもしれないが、重要施設がどこにあるかもわからないだろう。
それでは当たるはずもない。
しかし外縁の小堡塁は危険だ。
既に連絡を絶っているトーチカは半数を超えた。
そのほとんどが急降下爆撃機の仕業。
「友軍の迎撃魔導兵部隊はまだか」
通信兵に聞く。
「南部と北部に敵の魔導兵部隊が多数配備されており、援軍は出せないとのことです」
「首都ベルリーの総司令部、いやルーシの帝国軍総司令部につなげ」
防衛の総指揮権はルーシア帝国軍の司令官が握っている。
トップは公爵だというからお飾りだろう。
どの国も貴族は弊害でしかない。貴族のいない国は合州連合くらいのもの。共和国になったフランセも実権を握っている一握りの一族が貴族化している。
「つながりました」
俺は時たま鳴り響く着弾音に負けないように、レシーバーを押さえながら手に握ったマイクに怒鳴った。
「ルーシア司令部。こちらフルダ要塞。再度援軍を要請する」
スピーカーの声が将軍らしき人物に代わる。
「中将。いくら要請しても予備兵力はない。現在予備役を招集中だ。これが使えるようになるまで持たせてくれ」
「お言葉を返すようですが、フルダ要塞は半包囲されつつあります。一年でも二年でも攻撃に耐えられるようにという設計は、まだ増築過程。実際は士気の低下とともに戦力が低下、防衛能力が弱まり……」
ずどどどどどどーーーーん!!
さっきとは、けた違いの振動が起きた。
「何事だ?」
パラパラとコンクリートの破片が落ちてくる。
みなの姿が埃で真っ白になった。
目に入らないように手のひらで防ぎながら、電話機を持っている要塞内通信兵にがなりたてる。
「しゅ、主要堡塁三つのうち、二つが爆破されました! 中央街道沿いの堡塁全損。敵機甲部隊がなだれ込んできます! ああっ。右翼の第二線防御線の下にトンネル開通。敵の戦闘工兵が防衛ラインを突破」
敵の主力戦車は戦線南北の平地での電撃戦に回されている。北部平野は戦車の墓場と化しているに違いない。
ここには旧式戦車の三十七ミリ砲を短砲身の七十五ミリ、百五ミリカノン砲に換装した要塞つぶしが配備されている。火炎放射戦車も来ているはずだ。要塞にとっては主力戦車よりも厄介な相手。
第二防衛線のトーチカはもうダメだろう。戦闘工兵が侵入した区画のトーチカはすぐに破壊される。
「第一防衛線が破られた。援軍がなければあと半日でおちるかもしれない。再度救援を!」
「ザザザ……無い袖は振れない。要塞を死守せよ」
死守だと?
今どき貴族制度を守るために、王様守るために死ぬまで戦うとかするかよ。
ああ、皇国軍は別だな。
あいつらはブシだ。
ほかの生き物。人間ではない。
「……いまさら援軍を出しても遅い。ベルリー周辺の戦略予備を送ってやりたいが、空襲で鉄道をやられている。フルダまでは機動師団でも一週間はかかる」
なんということだ。
戦略機動が本分だった旧プロシアン陸軍の面影は全くない。
「わかった。死守する。だが最初に逃げ出すのはルーシアの督戦部隊だろうな」
嫌味くらいは言っていいだろう。
「すまない。再度命令する。死守せよ……ザザッ。なに? 援軍だと? どこの部隊だ。魔道兵の部隊だと?」
魔道兵が来てくれるのか?
少しは楽になる!
「帝都防空隊の魔道兵中隊を派遣するそうだ」
たった一個中隊だと?
「喜べ、指揮官はネームドだ。殲滅の熾天使。聞いたことがあるだろう」
あれか!
「トロツキーグラードの死神? あいつは死んだんじゃ」
「そうだ。死んだはずだ。だがそっくりな奴が現れたそうだ。一人で重爆撃機中隊をほぼ全滅させた。ほかにもいろいろとやらかしているらしい。背格好も顔も似ているそうだ」
別人ではないのか?
だが誰でもいい。
一個中隊でもいい。
早く来てくれ!
「航空管制に代わります」
再びスピーカーから盛大な雑音が流れた。
「フルダコマンド、こちら中央管制アドラー03。増援部隊のコールサインはスイーツ。四時間前ルーシ近郊スモレンス基地より離陸。到着までおよそ三十分」
三十分か。
ありがたいが、ここまで二千二百キロの道のり。八時間も飛んできたら戦闘ができないほど消耗しているだろう。
すぐには役に立つまい。だいたいこの要塞の上空には魔道兵二個連隊が貼りついている。
一個中隊など、鉄板に卵をぶつけるようなものだ。
かえってもったいない。
「東部対空陣地に伝えろ。味方援軍の航空魔道兵が来る。間違えて撃つな」
そう東部区画に指令を出した。
だがその返答が予想したものとは全く違っていた。
「司令! 東から魔道弾。でかい! なんだあれは。発射点には何もいない。いや、はるか彼方から流星群のような魔道弾の軌跡がこちらへ。上空にいた敵制空部隊……壊滅……」
ばかな。
あの方面には敵の増強された航空魔道兵大隊が常に制圧していたはずだ。こちらの援軍を阻止迎撃する任務にあたっていた。
「援軍からの通信です」
まだ百五十キロ以上離れているんだぞ。通信がなぜ届く?
「……こちらスイーツ01。フルダ東方の雑魚は先ほど始末した。要塞上空の飛行許可を。緊急な旅行のため貴国のビザを取り忘れた。観光ビザでよいので至急発行を願うのだが。不法入国で捕まえるのなら事前に保釈金は帝国に請求したまえ。手続きが省略できる」
この人を馬鹿にした口調。
悪ガキのようなセリフ。
これはまさしくトロツキーグラードの死神。
いや。
明日からはフルダの女神とか言われているに違いない。
俺は泥水のようになっているはずの額の汗を手の甲でぬぐった。
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